第9話 日本デビュー 2

 鷺北と浦西の試合は、鷺北の勝利に終わった。

 最初はしっかりと解説を聞いていた昇馬であったが、途中からは観戦だけに集中しだしたようである。

 今日の浦西との対戦は、あちらが二番手ピッチャーを使ってくる。

 そして昇馬は先発で、球数次第だが完封を視野に入れている。


 鶴橋はゆったりと構えているが、コーチの鬼塚は心配である。 

 昇馬は素材的には、確かに超一級品であると言えるだろう。

 だが野球経歴は長いが、太いわけではない。

 本人から聞いたところ、確かにピッチングもバッティングもしっかりとやっている。

 だが野球自体に費やした時間が、圧倒的に少ないのだ。


 アメリカの練習というのは、実戦練習が何よりも多いらしい。

 基礎技術を磨くなら、自分である程度は工夫しなければいけない。

 その点で昇馬は、両親のどちらからも、野球を教えてもらうことが出来た。

 彼に足りていないのは、実戦での守備連携だろう。

 カバーの判断などが、瞬間的には出来ていない。

 そもそも慣れていれば、判断ではなく反射で出来るのだ。

 だがそれよりも基礎のキャッチボールなどは、しっかりとしている。

 とんでもなく強固な土台の上に、巨大な骨組みが建っている。

 鬼塚としてはそれは、昇馬の将来を、野球だけに限っていない、あの双子の想定の結果だと思う。

 別に息子が、父親と同じ道を歩く必要はないのだ。

 実際に鬼塚の息子も、上の二人は野球などしていない。


 時代はフットボールであるらしい。

 サッカーじゃないのか、と鬼塚は思うのだが、そもそもサッカーという言葉を使っている国の方が少ないのだとか。

 アメフトとこんがらがりそうだな、と思うのだが、どうでもいい話である。

「何人か残ってますね」

 鬼塚がそう言ったのは、フェンスの外からグラウンドの試合を見つめる人物たち。

 ほとんど有力私学のスカウトたちであろう。見知った顔が何人もいる。

「いまだによ~、選手を囲い込むのかよ~」

 鶴橋は億劫そうにそう言うが、彼は選手のスカウトなどせず、公立で甲子園の土を踏んだのだ。

「浦西はあの二番手ピッチャー、急に評価を伸ばしてきたらしいですしね」

「身長で足きりするような学校は潰れればいいんだよ~」

 高校野球は広告塔で、巨大なビジネスである。

 だが鶴橋は三橋シニアから、そんな有力校へ選手を送り込むことはしていない。

 甲子園には行けなかったが、プロに行った選手はいるが。

 鬼塚のシニアとしては後輩になる。


 ともあれ、三橋の先攻で、試合は始まる。

 浦西としては七回の表までにさっさと終わらせて、帰ろうという意図があるのだろう。

 数人を除いて選手が変わっているので、おそらくこれはBチームのはずだ。

 もっともキャッチャーは交代していないが。


 それにしても、三橋のスタメンも、大胆なものである。

 一番がピッチャーの昇馬。

 四番でエースなわけでもなく、ピッチャーが一番。

 そんな打順、見たことも聞いたこともないではないか。

「ラストイニングでやってたよね」

 真琴さん、なんだか古い作品を読んでるみたいですね。


 


 鷺北の選手たちは、話には聞いていた。

 甲子園レベルのストレートを投げる、怪物が三橋シニアに入ったと。

 三年の今、鷺北に入ったとする。

 もしも本当に怪物級のピッチャーであるなら、全日本に優勝出来る可能性が出てきたはずだ。

 もちろんずっと共にやってきた、二番手以降のピッチャーが出来る選手が一人、ベンチに入れなくなるわけではある。

 しかしシニアの世界というのは、別に学校の延長の部活ではない。

 極端な話強いシニアを選ぶような中学生は、その時点で既に甲子園を目指しているのである。

 もちろん例外もいるが。


 そんな事情を知らない高校のスカウトは、浦西の二番手ピッチャーに注目していた。

 中学三年生の時点で、既に130km/hを超えるストレートを投げる新田。

 野球経験自体は、なんと中学に入ってからである。

 普通シニアに入るような選手は、小学校の頃からクラブチームでやっていたり、せめて学童野球をやっていたりするものだ。 

 そういった前提がなく、中学校からシニアのチームに入って、そしてこの三年生には頭角を現してきた。

 身長は180cm近くあり、まだまだ成長期。

 完成度は低いものであるが、これからの素材としては一級品。

 目のあるスカウトであるなら、注目していて当然であるのだ。


「しかし相手の先頭打者の子も、大きいな」

 東京の高校から、わざわざこの試合を見に来たスカウト。

 本命は浦西と鷺北の試合であったが、浦西の二番手ピッチャーは、素材型でむしろ高校で伸びそうなのだ。

 それに対する三橋シニアは、見たことのない選手が一番打者。

 元々鶴橋監督と鬼塚コーチの名前は有名であるが、基本的にがっつりとやるチームではない。

 あの佐藤直史の子供がいるが、それも娘である。

 女子としては体格がいいが、甲子園に出るようなチームは、もっと体格で選手を選んでいる。


「名前が白石となると、ちょっと気になるけどね」

「そういえば千葉出身ですよね」

 自分たちには関係のない世界だが、同じ野球だ。

 なお大介の正確な出身は東京である。


 もう少し調べるべきであったろうか。

 だが現在の大介は、大阪に住んでいる。

 親戚関係をたどれば、普通に千葉にも縁があるとは分かるはずなのだが。

 その意味では正しく昇馬を意識していたのは、観衆の中では二人。

 昇馬について詳しく知っている者と、そして情報を教えてもらった者。

 その二人は帽子を被ってマスクまでして、離れたところからこっそりと、この試合を見物していた。

「父親には似てないなあ」

「そういや監督は同じチームだったんですよね」

「お前の親父ともな。しかしピッチャーか。大介も最終的には球速は150km/h超えてたし、ありえなくはないんだけど」

 帝都一からやってきた、正体バレバレな二人。

 しかしその本領はまだ見ていない。

「間違いなく140km/hオーバーとか言っても、多分お前の親父と同じで、ホップするようなボールなんじゃないかな。キレが凄いからそう見えるだけで」

「父さんって中三ぐらいの時はどんなボール投げてたんですかね」

「中三の頃のあいつは、バスケットボール投げてたよ」

 小学生にまで遡れば、どうであったのかは知らないが。


 しかし一番バッターであるのか。

 体格から見て当たれば飛びそうだ。

 鶴橋であれば四番で運用しそうなものだが。

「相手の新田も素質充分だし、あっちを見るべきなんだろうけどな」

 球か少し散っているが、もし自分のところに来れば、上手く育成してやりたい。

 ただ入学早々の一年ながらにして、名門の主砲となった彼から話しを聞けば、どうしても見たくなったのだ。

 かつて青春時代を共に過ごした、戦友の息子を。

「マコちゃんも今年が最後だし、神宮には来たいんだろうなあ」

「叔母並の理不尽さを持ってれば、高校野球でも通用するけどな」

 見ていた感じ、肉体の出力はともかく、それをも上回る何かは、さすがに持っていないと思うが。

 そして試合が始まる。




 制御し切れていないストレートが、高めに決まる。

 ストライクの判定がされて、昇馬は軽く頷いた。

 試合は久しぶりであるし、日本とアメリカでは色々違うところもあるだろう。

 ただ実は中学生レベルまでであると、日本のほうがむしろ、アメリカよりも強いと言われている。


 高校生になると人種による体格差が大きくなる。

 そうは言われていたが、実際には世界大会、ワールドカップの開催時期に、日本がなかなか勝ちにくい問題はあるそうだ。

(確かに速いことは速いかな)

 ただ父の投げる球よりは、ずっと遅い。


 一つ外に外れて、その次は外いっぱいに入る。

 そう思ったのだが、外角のコースはボール判定された。

(そういや日本はストライクゾーンが違うのか)

 内角を厳しく取ってくるのが、日本の野球であったはずだ。

 だがこのコントロールの微妙なピッチャーが、胸元を突くような球を投げてこれるのか。


 真ん中から外、そのあたりのコースだろう。

(一応スライダーは投げてくるらしいけど)

 ほとんどはストレートで押してくる、経験のまだ浅いピッチングスタイル。

 昇馬としてもまだ、変化球はあまり投げないのだが。

 投げられないのと、投げる必要がないのとは違う。


 ツーボールワンストライクから、低めにコントロールされたストレート。

 しっかりと抑え込まれたいいストレートであったが、昇馬は上手く合わせた。

 打球は低い弾道から、沈むことなくフェンスの上へ。

 ネットの上端に近い部分に当たり、どうにかそこで止まった。

(ちょっと力をセーブしないと、これは危ないかな?)

 ガッツポーズもせずにベースを一周する昇馬を見て、観衆たちは顎が外れたような顔をしていた。

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