第6話 狩人

 アメリカにおける銃規制は、近年とても厳しくなってきている。

 だがそれでも自衛のためには、必要なものだという認識が強い。

 野生の猛獣がいる地域では、絶対に必要なのが銃である。普通に地平線の見える荒野の道を走っていれば、コヨーテなどがいるのだ。あちらも人間には、警戒しているが。

 特に日本であれば、猟銃を持ってからでも10年間の期間を得てからではないと持てないライフルが、ほとんど必須となっている場所もある。千葉県では全面的に禁止になっているが。

 500kgもあるような野生動物を相手に、いくら昇馬が石を投げようと致命傷になるはずもない。

 そんなわけでキャンプをする時などは、特定の州を除いては、銃は必須であった。

 免許? それより人命でしょう。


 日本に戻ってきた昇馬は、自分の認識としては、日本にやってきたということになる。

 確かに生まれたのは日本であったし、日本式の育て方をされたし、思考法も日本人っぽくなっている。

 だが物心ついたころにはアメリカにいて、育った期間は向こうの方が長いのだ。

 文化が違う。

 アメリカでは自衛の文化であったが、日本では性善説を元に、一般人は銃はおろか、刃物ですらも規制されている。

 民衆の蜂起などを警戒しているのか、とさえ思ったが、日本人は自衛の権利を与えられていないというか、犯罪者の手段を没収するための法律らしい。

 実際は普通に、包丁やナイフなどを持っている、危険な犯罪者はそこそこいそうな気もするが。


 昇馬もまた便利なので、法律の範囲内の刃渡りのナイフは持っている。

 そして家の裏手の山を、一人で切り開いたりしていた。

 学校はどうしたという話になるが、実はアメリカの過程で昇馬は、中学三年生までの勉強は終えている。

 なので今は受験用に、塾に通って学力の不備を補っているだけだ。

 そして他の時間は、母の実家の山を開拓しているわけだ。

 正確には再開拓だが。

 獣道であるとその獣の頭の高さまでは、植物が空間を空けている。


 佐藤家の田舎の周辺は、農家がそれなりにいる。

 法人化しているため、家族労働を上手いことやりくりし、そこそこ楽に農業を回しているらしい。

 そんな農家の困りごとは、今も昔も害獣被害。

 ただし昔は山林の管理もしっかりとしていて、ここまで鹿や猪がやってくることはなかったと言う。

 それに加えて猟師の減少が、害獣駆除が難しいものとしている。

 現在では電流を流した柵などを使っているが、知らない人間が事故に遭ったら怖い。

 また動物は意外と頭がいいので、上手く柵を壊してしまうこともあるのだ。


 動物を殺すことをスポーツとは思わないが、特に忌避感もない昇馬。

 とりあえず狩猟の許可などを調べてみて、絶望したりする。

 銃はおろか罠でさえ、基本的には18歳になるまで免許が取れない。

 だが狩猟ではない方法で、害獣を殺すことは出来る。

「要はバレなきゃいいんだしな」 ※いけません

 自分の責任の範囲において、昇馬は法律を無視する。

 確かに未成年であるし、銃の所持などではないので、それほどの問題にはならないであろう。


 とりあえず問題なのは、鹿であるらしい。

 アメリカではあまり、鹿は食べたことはない。

 それでも赤身のあっさりした肉だったな、という記憶がある。あれはアメリカではなかったのだろうか。

 野生の生物は絶対に、火を通して食べないといけないが。




 ホームセンターで買ってきたワイヤーとバネで、お手製の罠を作る。

 ちなみにこれも立派な法律違反である。実際に設置すれば、であるが。

 なお法律に違反しても、バレなければ問題ではない。

 薬物などは別として、だが。人間やその財産に損壊を与えることは、バレるのでやってはいけない。そのあたりが昇馬の線引きだ。

 そしてあとは二つほど武器を用意した。

 それを持って山に入る。


 このあたりの山はいくつか佐藤家の所有であるが、手放せるものなら手放したい、というのが正直なところであるらしい。

 伯父も自分の代は余裕で維持できるが、子供の代にまで持たせていいものか、という悩みはあるそうな。

 山を持ってるなんてすごいなあと子供の頃は思っていたが、税金の関係であるらしい。山林の税金は面積に比して安いものだが、それでも塵も積もれば山となる。

 先祖代々、この周辺のまとめ役のようなことをやっていた。

 自分自身も年を重ねれば、この地に戻ってくる。

 だが真琴などは結婚して出て行くだろうし、明史は生まれてからこの環境で長く過ごせていない。

 それでも昇馬などからしたら、獲物が捕れる土地というのは、それなりに魅力的なのだが。

(牧場にでも出来ないのかな)

 昇馬もそのあたり、あまり詳しくはない。


 日本で獲物を狩るのは、カナダ寄りの印象が強いな、と昇馬は思う。

 ライフルがあれば接近されない限り、どうにかなっていたのがアメリカでの猟だ。

 ライフルが使えないという日本の猟は危険だが、狩る獲物がそれほど危険ではない。

 千葉あたり熊はいないと確認しているし、猪や鹿はどうにかなる。

 もっともこうやって一人で歩いているからには、足元から襲ってくる、蛇などの方が恐ろしいものだが。


 昇馬は父の知り合いにアフリカに連れて行ってもらった時、20種類以上のワクチンを受けて毒への抗体なども打ってもらった。

 それに比べれば日本の場合は、まだしも危険性のない山林だ。

 何よりここは一度、人の手が入っている。

 戦後になって過疎が進み、手が回らなくなったとしても、生態系は完全な野生とは全く違う。


 このあたりは本来、猪は少ない地域なのだ。

 それだけにこの間、猪を狩ったのは褒められた。

 被害が大きいのは、鹿類によるものらしい。

 日本の在来種に加えて、海外から入ってきたキョンという外来種が、房総半島には生息している。

「お、これは鹿か?」

 ころころと丸い糞を発見する。

 ウサギや鹿などの糞は、排出直後であれば、実は食えなくもなかったりする。

 もちろん飢えている時の最終手段だと、昇馬は教わっているが。


 岩砂漠地帯ではよく、蛇を取っては捌いて食べたものだ。

 カレー粉があればおいしく食べられる。

 と言うかカレー粉があればたいがいの肉はおいしく食べられるのだ。


 足跡はないが、この道は獣道だろう。

 昇馬は人の痕跡がないことを確認してから、完全に違法の罠を仕掛けた。※ 真似をしてはいけません

「猪はそこそこ美味かったから、今度は鹿がいいなあ」

 そう呟いている昇馬は、今が完全な禁猟期だということを、全く知らない危険児であった。




 野生の動物は、実は致命傷を負っていても、それなりに動けたりする。

 そしてそんな状態でも、人間を簡単に引き離してしまうため、やはり罠以外の猟では銃で一撃で致命傷を与えるのが望ましい。

 ただ千葉県には熊がいないらしいため、危険なのは猪か鹿あたり。

 それも鹿はこちらが近づくと、ある程度の距離で逃げていく。


 それなのにこの日、昇馬が獲ってきたのは、鹿であった。

 なお止めを刺したのは、ナイフを先につけた槍。

 どこの未開人か、という話である。

 槍で刺して致命傷を与えても、すぐに死なないのが野生動物である。

 内臓の大半は、その場で処分したそうな。

 折りたたみ式のスコップは便利である。


 自分の体重にロープ、そしてその辺の岩や枝を使って、血抜きと内臓抜きはした。

 あとはシートで巻いて持って降りたわけだが、それでも30kg相当の重さは余裕である。

「あんた、どういう体力してんの……」

 男子との体力差がついてくるのに、昨今悩んでいる真琴である。

 だが「鹿食おうぜ」と言われて自転車でやってくるあたり、肉食女子ではある。


 昇馬の行った数々の違法行為に、祖父母は頭を抱えていた。

 だが曾祖母は面白そうに笑っている。

「うちの人も若い頃は、猟銃を使ってたからねえ」

 一時的に獣害が減った時に、免許も銃も手放してしまったそうだ。

 またここのところ、農作物の被害は増えているそうだが。


 昇馬や真琴から見ると、祖父の従弟にあたる人物は、罠の免許を持って害獣対策をしている。

 そのおこぼれとして、猪や鹿はそれなりに獲れるのだ。

 ただ鹿はともかく猪は、性別や時期によって食べにくい場合があるのだとか。

「鹿は出来ればすぐに冷やして、流水で血抜きをした方がいいんだけどね」

 そう言いながらも曾祖母は、包丁ではなくナイフを使って、鹿を解体していった。


 赤身で脂肪が少なく、それでいて柔らかい。

 やや獣臭さはあるが、それも野草を使えば天然のハーブとして臭みを消してくれる。

「俺は猪より鹿の方が好きだな」

「私は猪かな。豚に似てるけど、味が濃い気がする」

 肉食的すぎる。


 実際問題獣害は、この辺りでは深刻なのだ。

 狩猟の季節は冬であるが、害獣駆除はそれとは別に、罠や銃を使って獣を殺すことが出来る。

 もっともそれは狩猟免許とはまた別に、駆除の免許が必要になるのだが。

「昇馬はまだ免許取れないし、身内で誰か、免許を取ってもらわないとねえ」

 昇馬のやっていることは、完全に違法行為である。

 完全にフェンスなどで仕切られた場所なら、免許も不要で罠を仕掛けることも出来たりする。

「でもこの鹿、どうやって獲ったの?」

「投槍」

「……」

 現在の狩猟において、投槍で狩猟鳥獣を獲ることに対する、罰則はない。

 なぜならそんなもので、獲れることがまずないからだ。


 アメリカにおいては、自分の身を守るのも自己責任。

 昇馬は完全に、それを体現していた。

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