第5話 美少女と野生児
美しい薔薇には棘があり、百合の花園にも薔薇の花の咲くことはある。
私立中学に入学するというのは、現在ではある程度の都市部では、教育に熱心な家庭ではかなり普通のことになりつつある。
私立でなくても中高一貫の公立に、入れさせたいと思う親は多い。
そんな私立の中学に、尊いと言われる一組のカップル……ならぬ親友。
佐藤真琴と星聖子は、王子と姫ならぬ二人の王子。
共に長身であることが、下手なBLより美しいと、腐った乙女とキモオタの両方、そして高尚な美を意識する耽美派までも魅了する。
……従来の耽美派は男同士がデフォであるのだが。
だが実際の、食堂で話す二人の会話内容は、汗臭くて実務的であった。
「へ~、ほんなら直接倉庫に行って試すことになったんや」
「一応通販でも手に入るんだけど、ミットは手に合わないと危ないしね」
どこかアンニュイな雰囲気を漂わせる真琴に、聖子は首を傾げる。
「なんや、あんな球投げられてショックやったんか?」
「うんまあ、それはまあ仕方ないとは思うけど」
真琴の表情に見える陰を、聖子は見逃さない。
「単純な力だけやったら、いずれ男には勝てんくなるのは分かってた話やん。女の中で一番目指すなら、話は違うけど」
「分かってるよ!」
「分かってへん!」
遠慮のない二人だけに、言い争うことは多い。
シニアで野球をしている二人は、学校では違う部活に入っている。
真琴は陸上部であり、聖子は水泳部だ。
お互いに共通しているのは、基本的な身体能力を上げること。
特定の種目一つにこだわるのではなく、多くの種目に手を出す。
それでいてどの種目も部内ではトップレベルなのだから、二人とも始末に悪い。
もっともそれで嫉妬を浴びるわけでなく、羨望の眼差しを向けられるのだが。
この日の口喧嘩とも言えない言い争いも、放課後までには普通に解決していた。
部活の休止日が、この学校では決まっている。
二人は家が同じマンションなので、学校の玄関口から並んで帰宅する。
「あのちっちゃかったしょーちゃんが大きくなってたの、なんだかなあって」
「よう分からんけど、何が不満なん? 汗臭いでっかい男になったのが嫌なんか?」
「いや、私は聖子と違って、でっかい男も別に嫌いじゃないけど」
「あんたの身長、男子の平均ぐらいあるもんな」
「そうだけどね~」
もう身長の伸びは止まった。
母親よりもだいぶ大きくなったので、ちょっと便利に高いところを探るのに使われることが多い。
真琴にとって昇馬は、懐かしき幼き日の思い出であった。
あの悩み少なく、世界が優しさで溢れていたころ。
正確に思い出せば、色々と困ったこともあったのだが。
真琴は自分でも憶えていないが、生まれてすぐに心臓の手術をしたため、子供の頃は本当に心配して育てられたのだ。
それがもう大丈夫かなと思われたころが、昇馬と遊んでいた頃だ。
父親の仕事の関係で、帰ってくるのは年末年始。
それも最近は向こうで、キャンプにハマって帰ってこなかった。
小さい頃は離れて暮らす弟のように思っていたが、いつの間にあんなにも大きくなっていたのか。
このショックを言語化するのは、真琴にはまだ難しい。
聖子にとっても、昇馬はあまり好ましい存在ではない。
彼女は野球などというむさいスポーツをしているのに、むさい男どもは嫌いなのだ。
はっきりとその性癖を言ってしまえばショタだ。
しかもおねショタなので、危険度はかなり高い。
「まあ最後の夏は全国で暴れたろやん。ピッチャー二人体制になったら、だいたいどこにも勝てるし」
聖子の強気というか楽天さは、チームのムードメーカーになる。
もちろんちゃんと戦力でもある。
のんびりと帰路を歩く二人だが、学校の校門前で、一台の軽トラが停まっているのに気づく。
そしてその荷台からは、日曜日に顔を合わせたばかりの少年が手を振っていた。
「ようマコ」
「しょーちゃん、なんでこんな、っていうかお爺ちゃんも?」
運転席にいるのは、父方の祖父である。
定年後には農業法人の、事務方の仕事をしているのだ。
「これを届けようと思ってな。どうせならマコも一緒に乗せていこうかって」
そして荷台の昇馬が、ビニール袋から取り出したそれ。
「うえ」
聖子が一歩下がったが、それは生々しい動物の足であった。
だが真琴は一応、そういったものに少し慣れている。
「鹿じゃないよね?」
「猪だな。今日の朝ランニングしてたら農地荒らしてたんで、石当てて殺して捌いたんだ」
「……」
原始人でも槍を使うというのに、こいつは。
「丁度ナイフも持ってたから川で解体して、お裾分けしたんだけど、後ろ足一本ぐらい食えるだろ」
キャンプと言ったか。
それはキャンプではなくハントではないのか。
「あんた、軽トラの荷台に乗ってていいの? 田舎道はともかく、街中だとお巡りさんに捕まるわよ?」
街中でなくてもダメである。
「荷物を持ってて、それを支えるためにいるならOKなんだと」
そうなのか。
少し引きつった顔で、聖子は後退しつつある。
「そんなら、うちはこれで」
「待って、ちょっと待って」
「あんたは助手席に座ればええやん」
「そのために助手席空けたんだぞ~」
もはや真琴が聖子を止める術はなかった。
助手席と荷台で、大声で喚くように会話をする。
「でもよく石で死んだわね!」
「いや! それじゃ死ななかったから、よろけてたところに走って殴って殺したんだ!」
「アメリカってそんななの!?」
「そんなだぞ!」
違う。
祖父の家の周りでは、確かに前から時折猪が出ていた。
ただ分布図を見れば分かるとおり、多く生息しているのは半島南部である。
「猟師以外が猪とったらダメなんじゃなかったっけ!?」
「あ~! それは俺も殺してから思った!」
とりあえず殺すのか。
しかしそれについては、祖父が説明してくれる。
「マコちゃん、しょうちゃんのやったことは、狩猟じゃないんだ」
「え? 狩猟? 猟師とかと何か違うの?」
「日本では狩猟を行うには確かに、ほとんどの場合は免許がいる。だけど今回のこれは、しょうちゃんは石しか使ってないからその狩猟ではなく……野生動物と喧嘩して殺して、ついでに食べようという話になる、らしい」
絶句する真琴だが、千葉県では狩猟免許を持てるのは、だいたい18歳以上である。
ちなみに条件をかなり限定すれば、免許なしでも罠などは作れる。
道端で畑を荒らす猪と出会い、石を投げてふらつかせて、接近戦で石で止めをさす。
なんだか蛮族チックというか、危険なのではないだろうか。
ナイフを持っていたとか言うが、なぜランニング中にナイフを持っている?
ツッコミどころが多すぎるが、とにかく昇馬はそういう人間らしい。
……野生動物がふらつくぐらいの投石とは、いったいなんなのか。
ご機嫌になっている昇馬には、なかなか質問しづらい真琴であった。
ちなみに後日、少し気になった真琴は、千葉の狩猟について確認する。
そして昇馬のそれは狩猟ではなく、法律では問題がないというのは確かであるらしかった。
しかし、危険と見ればすぐに逃げる、野生動物を逃がさずに殺したのか。
そして解体などというのは、専門知識がなければ無理なのでは?
出会わない間に、野生化している昇馬。
千葉の田舎に暮らすには、とてもふさわしいと言うか……いや、確かに千葉は東京と隣ではあるが、普通に田舎は田舎なのだが。
「爺ちゃん、猟銃免許取って俺と一緒に猟に行こうぜ!」
「お前、自分で撃つつもりだろ」
「バレなきゃいいんだよ」
良くない。
なお、猪の肉はクセがあったが美味かった。
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