第3話 いとこ同士・中編
大都会ニューヨークから、やはり大都会東京……ではなく、千葉へ。
「黒いな……」
黒くないのもたくさんいるのだが、昇馬の目にまず入ったのは、日本人の黒髪。
まだしも空港ではそうでもなかったのだが、街を歩く人を見かけると、大半が黒髪の黄色人種。
そもそも千葉でもこの辺りは、田舎になるのだ。
「ショウは最近戻ってなかったもんね」
妹の里紗がそう言うが、春に向かう日本の風景は、まだどこか寒々しかった。
母の千葉の実家は、昇馬の目から見ても田舎だとは思う。
だがアメリカの大自然と違って、危険を感じない。
「この辺りって危険な野生生物っているんだっけ?」
「鹿とか猪はいるわね。まあ熊はいないけど」
「いないのか……」
「なんでそこでがっかりするかなあ」
里紗は呆れているが、桜はケラケラと笑う。
「アメリカと違って日本は銃を使うのにかなりの制限があるからね。狩猟をするなら罠か弓を使うしかないわよ」
なお、罠にも免許は必要である。こちらは未成年でも取れるものがあるが。
「弓で野生動物殺すのは難しいんじゃないのか?」
「弓でも種類はあるからね」
タクシーの運転手はこの家族が、何やら物騒な話をしているのを聞き流していた。
父親は別のようだが、昨今珍しい六人もの子供。
それに同じ顔の母親がいて、タクシーは二台も必要であった。
ド田舎というほどではないが、農地の多い集落に入る。
この辺りの家では、一番古く大きな、屋敷というものでもない家。
縁側があったりと、間違いなく古くからの日本家屋である。
桜と椿は、ここから50mほど離れた、両親の家で育った。
だが基本的に両親が共働きであったため、こちらの家でも長く暮らしていた。
「とりあえず車買わないとね」
そして二台のタクシーから、白石家一同が大地に立つ。
長男昇馬、長女里紗、三女藤花、四女橘花、五女百合花、次男慎平。
これに母が二人。次女である伊里野はそもそも以前から、東京に下宿している。
親子だけで10人の大家族であるが、母親が二人いるところだけはおかしい。
なお三女の藤花と四女の橘花は双子の姉妹である。
夫を亡くしても元気であった曾祖母であるが、やはりこれだけ曾孫が来ると嬉しい。
もっとも元気な子供ばかりなので、嬉しいだけでは済まないだろうが。
先に到着していた荷物を荷解きする。
よほど愛着のあるもの以外、買い替えが出来るものは、向こうで処分してきた。
「グレマ、俺の部屋どこにしたらいいの?」
昇馬が荷物を片付けながら聞く。
グレートグランドマザー。曾祖母のことを略して、昇馬はそう呼んでいた。
建築から100年は経過している佐藤家本家は、実は一部は床板が腐っているところなどもあった。
二階建てだがその一部も、雨漏りから腐っていたりした。
これを機会に完全に建て直して、風呂や台所は便利なものとなっていた。
しかしながら完全に電気には依存しないように、昔ながらのガスも普通に使えるようになっている。
その費用は半分を白石家が、もう半分を佐藤家が出した。
そして表札は佐藤家と白石家。
おそらくではあるが大介の終の棲家は、ここになりそうである。
現在の佐藤家の本家筋は、まず母屋とも言われるこの家がある。
そして離れとも言うが、長男夫婦の家が少し離れた所に。
その長男夫婦の長男一家である直史の家族は、もう少し千葉市内に近いところに、仕事の便利さもあってマンションを借りている。
だがいずれは、この集落に戻ってくる。
ただそれは、もっと遠い先の話だ。
母屋の二階にある一室をリフォームして、鍵付きの部屋にした。
しかしフローリングではなく畳の部屋で、ニューヨークとは完全に環境が違う。
コンクリートジャングルのニューヨークにも、管理された公園はあった。
だが千葉の屋敷は、完全に自然の中にある。
もっともそう思っているのは昇馬の錯覚で、これでもまだ人間の手が入っているのだが。
とりあえず自分の部屋に、荷物を解く。
やはり家具がないと、色々と置く物が広がるばかりだ。
おそらく使ってない家具は、それなりに物置にあるのだろうが。
「面倒だな……」
そう思っていたところに、チャイムも鳴らすことなく、玄関の開く音が聞こえる。
「大祖母ちゃん、手伝いに来たよ~」
聞き覚えのある声は、おそらく真琴のものだ。
よし、手伝ってもらおうと思い、どかどかと階段を下りる昇馬。
そして玄関で靴を揃えている少女が振り返った。
「え……マコか?」
「うえ……しょーちゃん?」
先に立ち直ったのは真琴の方であった。
「あんた! なんでにょっきり伸びてんのよ! 今何センチ?」
「6フィートちょっと!」
「国際規格使って!」
ただそれでも真琴の目に入った昇馬は、180cm台の半ばほどはありそうであった。
そして昇馬も驚いていた。
「つーかなんでお前、そんな美人になってんの!? 昔は猿みたいだったのに!」
その物言いに真琴は、反応が遅れてしまった。
真正面から容姿を褒められたのと、同時に過去への否定。
顔を赤くする真琴だが、日焼けしているのであまりそれは分からないだろう。
昇馬にボディブローを入れて、今更ながら恥ずかしがってみた。
「誰が猿だ、誰が」
二人の再会は、こんなようなものであった。
「ふ~ん、じゃあ中学はこっちに編入するんだ?」
物置を掃除しつつ、家具を出すのを手伝ってもらう。
「マコは今、もっと街中の方にいるんだよな?」
「そうそう、お父さんもお母さんも仕事に行くのに便利だし」
「なんかナオ伯父さんってずっと、こっちにいるようなイメージだった」
「夏休みとか冬休みはこっちに戻ってきてるからね」
なので昇馬と真琴の思い出は、主に田舎で過ごしたことが中心となっている。
アメリカにいた頃は、逆にフロリダが中心なのだが。
「あの別荘、また行きたいなあ」
「ああ、あそこもう全部処分したみたいだけどな」
「え! でもそうか、日本に戻ってくるならそうかあ。あ、大介叔父さんってハワイに別荘持ってなかった?」
「あれは確か椿名義だったかな? あっちはそのまま管理人置いてるけど」
少し話してみて、真琴は気になった。
「しょーちゃん、お母さんのこと名前で呼んでるの?」
「だって二人もいたら、どっちをどう呼んでるのか分からないだろ?」
「しょーちゃんは椿叔母さんがお母さんなんだよね?」
「そのはずだけどなあ」
「はずって何よ」
「だって生まれた時のことなんか、誰が自分を産んでくれたか分からないだろ」
「……難儀な家ね、そっちも」
「ナンギ? 難しい日本語使うなよ」
「困ったとか難しいとかそういう意味よ。別にそんなに難しくないと思うけど」
真琴はそう言っているが、直史と瑞希の会話は基本的に、語彙が多いものである。
それに慣れた真琴も、実は語彙力が高かったりする。
二人でやればだいたい、片付けも早く終わるものだ。
あとは昇馬の場合、女子には見せられない物品がそこそこ。
だがそれはもう、自分でやることである。
「つーわけで里紗の方を片付けるか」
「女の子の方は私が手伝うから、しょーちゃんは重い物片付けてよ」
「了解」
昔はとても想像していなかったことだが、昇馬にそんな負荷のかかる作業を任せるのだ。
もう父親よりも大きくなった従弟に、真琴はなんだか複雑な気分になる。
やたらキャンプをして、力もしっかりあるのだとか。
「そういやしょーちゃん、野球は続けてるの?」
「続けてるぞ。まだピッチャーやってるけどな」
「その体ならけっこうスピードとか出るんじゃない?」
「あ~、あっちじゃこの年齢だとスピードガンで測らせてくれなかったりするんだよ。子供のころから無理をさせるなって。けどそこそこ速いとは思う」
「ふ~ん。じゃあさあ、シニアチームに入るの?」
「へ? シニアチームって何?」
「アメリカじゃないのかな。中学生のクラブチームだけど」
「あれ? 日本って学校にクラブがなかったっけ?」
「あるけどこのあたり、子供の数が少ないから弱いよ? お父さんもよく中学時代のことは文句言ってたし」
「じゃあそのシニアチームっていうのは誰でも入れるのか?」
「まあ誰でもじゃないけど、特に問題はないかな」
この辺りから通うなら、鷺北か三橋になるだろう。
真琴が所属しているのは三橋であるが、鷺北にはなかなか勝てない。
ただこの一年は、互角以上の成績を残している。
あともう一枚ピッチャーがいれば、全国大会でも上位を狙える。
昇馬の体格からして、それなりに期待はしていいだろう。
ただ最近は、あまり会っていなかったため、はたしてどうなっているか。
小学生の頃などは、よくキャッチボールはしていたものだが。
「私一人だとどうしても、大会は勝てないの。だからしょーちゃんが入ってくれると助かる」
「おう、そういうことなら任せとけ」
あっさりと一枚、ピッチャーが加わった瞬間であった。
×××
※ 第四話は第五話を限定ノートに投下後に発表します。
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