第27話 この時のために、貯めてた

水族館の中はある程度楽しんだ後、メインのショーは夕方からなので、予約していた店へを向かう。


「俺、水族館のイメージがガラっと変わりました」


「私もだ。つまらないという感想を持つことはなかったが、今までそれ以上の感想を持ったことがなかった」


つまり、千沙都は今回品川の水族館を訪れ、非常に楽しいと感じたということになる。


そう感じた理由が勇夢と来たからなのか……それとも、品川の水族館が他の水族館よりも優れていたからか……おそらく後者であろう。


だが、それでも勇夢は今回のデートで千沙都が非常に楽しそうな表情をしていた。

それが解っただけで、大変満足。


しかし……千沙都にはもっと楽しんでもらいたい。

そう思っていると、昼食を食べる店として予約していた場所に到着。


「な、鳴宮君……本当に、ここで合ってるのか?」


「はい、今日はここを予約しました」


前回での吉祥寺デートは、食べ歩きがメインだったため、店を予約する必要などはなかった。


しかし、今回のデート場所である水族館の周辺には、それなりに飲食店があった。

なので……しっかりスマホでリサーチし、日雇いバイトの給料でも行ける店をチョイス。


「千沙都さん、入りますよ」


「あ、あぁ」


水族館に入った瞬間と同じく、驚き固まってしまった千沙都の背中を軽く押し、中へと入る。


「すいません、予約してた鳴宮勇夢です」


「鳴宮様ですね……ご予約ありがとうございます。お席にご案内いたします」


予約した本人である鳴宮は少々ドキドキしながらも、外面だけは堂々としている。


それに対し、隣を歩く千沙都は頭がはてなはてな状態であり、未だによく状況を理解出来ていなかった。


二人は席まで案内され、ウェイトレスから食事の流れを伝えられ、早速食事がスタート。

勇夢が予約した店はホテルのビュッフェ……つまり、食べ放題なのだ。


「千沙都さん、料理を取りに行きましょう」


「あぁ……そうだな」


千沙都も周囲をくるっと見渡し、この店の形式がバイキングなのだと理解はした。

だが、それでも未だに何故こんな場所で昼食を? という疑問がぷかぷかと浮かんでいる。


しかし、勇夢に付いてきてしまったものはしょうがない。

ひとまず横長テーブルにずらっと並ぶ料理の中から、美味しそうな料理を適当につまんでいき、自分たちのテーブルに戻って昼食を食べ始めた。


「うん! 美味しいですね!!」


「そうだな……うん、美味い」


少し落ち着いてきたが、まだやや混乱中。

それでも、口に入れたオニオンソース付きのローストビーフが美味いのは確かだった。


当然、肉料理以外の料理も美味しく、食べ始めてから食事の手が止まらない。


体育会系で、日頃から運動を欠かさない千沙都にとって、バイキングとは最高の形式。

全く手が止まらず、食べては次の料理を取りに行く。

それを何度も繰り返す。


それは最近運動や日雇いバイトに力を入れている勇夢も同じく、食事中の千沙都との会話を楽しいが……今だけはビュッフェでの食事を第一に楽しんでいた。


そして昼食が始まってから約五十分がたち、腹が六分目に近づいてきた頃……千沙都があることに気付いた。


(……バイキングということは、当然それなりに値段になる、はず)


料理の美味さに忘れかけていたが、バイキングという形式だけではなく、店内の内装からもそれなりのお値段になることが窺える。


「……鳴宮君、今回の昼食代はいったい幾らぐらいになるんだ?」


「えっと……多分、一万二千円ぐらいですね」


「ッ!!??」


もしかしたら、それぐらいの値段かもしれないと予想はしていた。

ただ、予想していようとも現実として突き付けられれば、それはそれで衝撃を受ける。


「あっ、今回は俺が出すんで安心してください」


「ッ!!!???」


再度、千沙都は勇夢言葉に驚かされた。

高校生が一万二千円もの食事代をさらっと自分が出すと言ったからではない。


そう…………少し前の会話で、勇夢が水族館の入場料は自分が出すから、千沙都に昼飯代を奢って欲しいと口にしたからだ。


「な、鳴宮君。昼食代は私が出すはずだっただろ」


「えっ………あぁ~~。はは、そんなこと言ってましたね。すいません」


なにも謝られることはない。

ただ……さすがに高校生にそこまで出させるのは申し訳ないという想いが出てくる。


「でも、この時のためにバイト代溜めてたんで、今回は自分が出しますから」


「いや、しかしだな」


当たり前だが、千沙都は社会人なのでそれなりのお金を持っている。

給料の中から毎月生活費などで消える部分はあるが、それでもそこまで入れ込んでいる趣味もないので、ある程度の貯金はある。


一万二千円は大きな出費ではあるが、全く払えない金額ではない。


「大丈夫ですよ。俺、あんまり無駄遣いしないタイプなんで」


スマホのゲームをすることはあるが、基本的に無課金勢。

漫画やライトノベル、ゲームにお金を使うことはあるが、ここ最近は新作が出てないので消費していない。


全く問題無いですよ。

そんな勇夢の男気に押され、この場の食事は予定通り勇夢が支払うことに決まった。

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