第26話 何故ここに?

「鳴宮君、ここは水族館……なんだよな?」


「はい、そうですよ」


目の前の光景に驚き固まる千沙都。

だが、勇夢は千沙都の気持ちが良く解る。


表情や態度には出していないが、勇夢もかなり驚いている。


(ホームページを見てたから知ってたけど、なんでこんな物を設置したんだ?)


二人の目の前には、何故かメリーゴーランドがあった。

特にメリーゴーランドに興味はないので、そこはスルー。


二人は次のエリアへと移る。


「……綺麗だな」


ただただ水槽の中に魚がいるのではなく、自分自身が水の中にいるのではと錯覚するような空間。


あまりこういった場所には来ないので、千沙都はその光景に感動していた。


(驚いてる顔も綺麗だな~)


勿論勇夢もこういった場所に来る機会がないため、目にした空間に驚いている。

驚いているが……勇夢にとっては目の前の空間よりも、千沙都の横顔の方が綺麗だと思うのは必然だった。


「こういう場所で見る熱帯魚は、雰囲気があるな」


「そうですね」


軽く言葉を交わす二人は、どちらかが言い出すわけではなく、互いにスマホを取り出し……熱帯魚の撮影を始めた。


二人ともあまり表情には出ていないが、前回の時よりもテンションがやや上がっている。

理由は二人とも少し違うが、今この状況が楽しいことに変わりはなかった。


千沙都もこの時は自分には恋人である竜弥がいて、隣にはその関係を脅かす生徒がいる……なんてことは忘れていた。


(……一枚ぐらい、良いよな)


勇夢はゆっくり、熱帯魚の写真を撮るのに夢中な千沙都を一枚、バレない様に写真に収めた。


以前のデート中に撮った時の写真にはない、素の嬉しそうな表情。

二人が移っている写真はあるが、そこに映る千沙都の笑顔は本物ではない。


そんな笑顔を、自分が引き出せるとは思っていないので、勇夢にとっては今運良く撮れた写真は家宝にしようと思えた。


「ここは私が出す」


満足するぐらい写真を撮り終えた後、水族館内のカフェバーで千沙都が自分の分と勇夢の分の飲み物を購入し、ジュースを飲みながら二人は次のエリアに向かった。


「最近の水族館は凄いな」


先程のエリアでも十分驚いたが、次に入ったエリアも千沙都にとっては驚きの内容であった。


一本の柱の中にクラゲたちがぷかぷかと浮かんでおり、周囲を暗くしつつ明かりがあるため、まるで深海の中でクラゲを見ている様な錯覚を感じた。


(今まであんまり楽しい場所ではないと思ってたけど……こんなの見せられたら、結構イメージが変わるな)


勇夢はあまり水族館に対して、楽しい場所というイメージを持っていなかった。

ただ、千沙都とデートする場所と思えば悪くないと思っただけ。


一般的に考えてデートの場所としても悪くないと思い、今回のデート場所として選んだ。


しかし実際に品川の水族館に入ると、そのイメージが覆った。


目線の先では先程と変わらない表情で楽しんでいる千沙都もいるので、改めてこの水族館を選んで良かったと感じた。


(……い、いける雰囲気かな)


千沙都は右手でスマホを持ち、ぷかぷかと浮かぶクラゲを撮っている。

なので……左手がガラ空き。


一応、設定としては浮気関係。

であれば、別に手を握っても問題無い……と、勇夢は考えている。


ただ、勇夢にとってそういう関係による気まずさ以前の問題として、完全に歳上美人の手のひらを握れる……これに関して、物凄い勇気が必要だった。


(場の雰囲気としては悪くないし、左手は使ってないから別に握っても大丈夫だよな)


心の中でぶつぶつと呟きながらも、中々意志が定まらない。


自分は左手でスマホを操作すれば良いだけなので、一歩前に踏み出せば千沙都の手を握りながら、形だけでも恋人らしいデートが出来る。


(…………まだ止めておこう)


以前のデートと比べて、雰囲気が良くなっている。

それが解っているからこそ……その雰囲気を壊しそうだと思い、出しかけた手を引っ込めた。


ただただ純粋に水族館デートを楽しみ、一緒に写真を撮り……今はこれだけで良いと自分に言い聞かせる。


久しぶりに水族館に来たということもあり、そう簡単に飽きがくることはない。

そもそも勇夢的に千沙都とデートすること自体が楽しいので、手を繋がずとも十分満足。


二階に上がればカクレクマノミや地面からにょきっと体を出しているアナゴ。

中には鮫も泳いでおり、二人は水族館に来てから驚きっぱなし。


そして写真を撮りながら進み……次のエリアで、二人とも驚き固まった。

その衝撃は、いざ水族館に入ったらメリーゴーランドがあった時の比ではない。


「何と言うか、神秘的? ですね」


「あぁ、そうだな……楽しいな」


二人が入ったエリアは海中トンネル。

横百八十度、どこを見ても魚がいる。


マンタや特徴的な鮫、エイも泳いでおり……二人スマホのフォルダにどんどん写真が増えていく。


(水族館って、こんなに楽しかったんだな)


実際のところ、偶に行くから……千沙都と一緒に居るから楽しいという明確な理由はある。


だが、今勇夢が心の底から水族館を楽しんでいることに変わりはなかった。

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