第16話 煩悩退散

(まさか本当に誘われるとは……マジで予想外だ)


桃馬に誘われて図書室で勉強会を行ってから十日ご……ようやくテスト一週間前の期間に入り、家に帰って勉強しようと思っていた勇夢は桃馬に呼び止められた。


そして学校の図書室……は、時期的に人が多いので、近くの図書館へと移動。

先日集まった面子でテスト勉強を始めたが……勇夢はあまり自分のテスト勉強が出来ていなかった。


「なぁ、勇夢。これってどう解いたらいいんだ?」


「それは……こんな感じだ」


桃馬が最初に数学で解らない部分を質問し、勇夢が丁寧に途中式を書きながら解説。


「なるほどなるほど。サンキュー、勇夢」


「どういたしまして……てか、まずはちゃんと頭に公式を入れろよ」


「うっ。が、頑張るぜ」


さらっと数学の問題を桃馬に解説したことで、バスケ部の面々に……もしや鳴宮勇夢は頭が良いのではないか? 説が浮上した。


そこから解らない問題、理解し辛い言葉などが出てくると、毎度勇夢が頼られ……解説することになった。


(お前ら……ちょっとは自分で考えろよ)


なんて心の中では思っているが、言葉に出す勇気はなく……解説を求められたら、なるべく丁寧に説明していく。


「鳴宮、ここ教えてもらっても良いかな」


「ん? あぁ……これか。面倒な部分だよな」


少し嫌われているのでは? と思っていた竜弥に何事もない雰囲気で教えを請われ、勇夢は内心驚きながらも平静を装い、物理の問題について解説を行った。


「なるほど、そういう感じに……でも、確かに面倒だね」


「俺も物理は面倒だと思ってるよ」


若干理系寄りであり、毎日勉強を意外と欠かさない勇夢だが、物理は今のところ一番苦手意識が強い。


竜弥もバスケ部の面子では学力が高い方だが、同じ現時点で物理には苦手意識を持っていた。


「ねぇ、鳴宮君。ここ教えてくれない」


「分かった」


当然、この場には女バスの面々もおり、仮教師となった勇夢は女バスたちからも頼られる。


(……駄目だ、この匂い)


教えるには当然、女子が横に来る。

その際に……男子にはない柔らかく、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


(そうだ、俺には千沙都さんがいるんだ!!!!)


期限付きのある意味特別な関係だが、自分にとって特別な人がいるのだと思い出し、邪な考えを掻き消す。


仮教師になって約一時間半が経ち、勇夢は飲み物が飲めるスペースに移り、ぐだっとだらけていた。


「……疲れた」


悪い気はしない。

高校では桃馬以外喋れる人が出来ないかも……なんて思ってたが、その桃馬のお陰で軽く喋れる面子が増えた。


「お疲れ、勇夢」


「……俺は桃馬たちの教師じゃないんだぞ」


「そんなこと言いながら、きっちり解かりやすく教えてくれるじゃん」


特に減る物もないので、勉強を教えることに抵抗はない。

ただ、自分の勉強が出来ないことに関して、若干ではあるがイライラしていた。


「そりゃな……空気ぶち壊すわけにはいかないし」


「悪かったって、俺も頑張って公式とか覚えるからさ」


中学からの友人、チームメイトということもあり、桃馬は勇夢が少々マジで苛立っていることに気付き、頭を下げた。


「頭下げなくても良いって。でも……あれだな、みんなバスケとか他のことだけに頭使ってるって感じだな」


勇夢的には何故そこまで苦手な勉強を放っておけるのか、あまり理解はできない。


「そりゃ勇夢が大人びてるというか、考えが高校生じゃないというか……だってさ、普通は部活止めてから筋トレとかランニングとか、そういうの続けるのは不可能だろ」


「いや、別に不可能ではないだろ」


「……目の前で実現してる勇夢に言われるとあれだけどよ……普通は無理だぜ。だって、ただ筋トレとかランニングするだけって……つまらんだろ」


特にそういうのが趣味でない者なら、つまらないと思うのは当然かもしれない。

部活に入ってる桃馬や他の面子も、フィジカルトレーニングは好きではない。


「勉強だって毎日こつこつ頑張れてるんだろ。それはマジですげぇことだって」


「そ、そうか?」


意外と単純な部分があり、褒められると直ぐ照れる。

桃馬がおだてる為ではなく、ガチで自分のことを凄いと思っていると解るからこそ、嬉しくなる。


(まっ、父さんが昔から「時間は有限、金じゃ変えない代物なんだぞ」って何度も教えてくれてたからかもしれない……ってか、それが一番の要因だろうな)


お陰で自分は時間を無駄にせず過ごせてると思っているので、その点は凄く父親に感謝していた。


「そんな勇夢は、やっぱり部活に入るべきだと俺は思うんだよ!」


「……おい、結局それか」


嬉しく、少々舞い上がっていた気持ちが一瞬で冷めてしまった。


「だって、体は鍛え続けてるってことは、どうせ偶にボールで遊んでるんだろ」


「そりゃ遊ぶ分には楽しいからな」


幸いにも家から遠くない場所にバスケットゴールがあるので、息抜きに遊びに行くことは珍しくない。


「それに、勇夢はまだまだこれから伸びるだろ。まっ、俺も伸びるけどな!!!」


「成長が続けば伸びると思うけど……」


部活に入り、何か成し遂げたいこと……他にも軽い気持ちでもあれば、部活の中でバスケットをすることに怠さはないかもしれない。


ただ、今のところ勇夢にその怠さを掻き消す目標も目的もなかった。

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