第11話 買い食いの次は
ほぼ満腹になった腹にデザートを加え、さすがにこれ以上は何も入らないという状態になった勇夢。
それは千沙都も同じであり、少々食べ過ぎたなと感じている。
だが、二人とも非常に吉祥寺での食べ歩きに満足していた。
勇夢は言わずもがな、千沙都とのデートであればどこでも満足してしまう。
千沙都としては竜弥意外とのデートなど、考えられないと思っていたが……勇夢の態度が初々しいのと、本当に自分とのデートを楽しんでいる。
それらの理由から、偶に色々と考えてしまうことはあれど、デート前に考えていた結果とは違う感想を抱いていた。
そしてデートが始まってから数時間が経ったが、まだ別れる時間としては早い。
勿論、勇夢は買い食いだけで今日のデートを終わらせようとは思っておらず、次の場所へと移る。
「鳴宮君、次は何処に行くんだ?」
普段から吉祥寺になど来ないので、勇夢が次は何処に連れて行ってくれるのか、パッと思い付かない。
「そうですね……のんびりできる場所、だと思いますよ」
勇夢が予定していた場所は井の頭公園にある、ボート乗り場。
到着した二人は一時間分の料金を払い、ローボートに乗った。
オールを使ってボートを動かすのは、勿論勇夢。
「……その動き、疲れないか」
「そう、ですね。普段しない動きなので、ちょっと難しいとは感じますけど、多分大丈夫です」
慣れているというわけではないが、過去にオールを漕いだことはあるので、その動きにはあまりぎこちなさがない。
(そういえば、普段から運動しているんだったな)
勇夢の言葉を思い出し、オールを漕ぐのを変わろうとしたが、ここは勇夢に任せようと決めた。
そして勇夢はあまり他の来客たちがいない場所に移動し、一旦オールを漕ぐのを止めた。
「ふぅーーー……どうですか。個人的には、ゆったり落ち着ける場所だと思うんですけど」
「そうだな……天気の良さもあって、確かにゆったり出来る」
ボートなので座る場所は硬いが、それでも水面の上に浮かんでゆらゆらと……そんな感覚が不思議と千沙都の疲れを癒した。
「千沙都さん、失礼」
「む」
勇夢がスマホを取り出したということは、自分を撮ろうとしている。
それを察した千沙都は申し出を断ることはなく……正確には断れず、ぎこちない笑みを浮かべた。
「有難うございます」
もう一度撮り直すところかもしれないが、勇夢にとってはそんなぎこちない笑みを浮かべた千沙都の写真も残しておきたい思い出の一つ。
「……鳴宮君のも撮ろうか」
「え、俺のですか?」
「あぁ、そうだ。一つ、私が撮ろう」
勇夢としては、千沙都と一緒に写っていない自分の写真など、正直いらない。
だが、せっかく千沙都が撮ってくれるならと思い、自身のスマホを渡した。
(このスマホが……いけない、何を考えてるんだ私は!)
勇夢からスマホを受け取った千沙都は、思わず池に捨ててしまおうかと……そんな考えが一瞬だけ浮かんでしまった。
このスマホにより、学校内で恋人とハグしたところを動画に収められてしまった。
その件に関しては、学校内という立場上……もっとも公私を分けなければいけない場所で、竜弥にハグをしてしまった自分が悪いと解っている。
だが、一瞬だけ湧き上がった感情は理屈ではなかった。
しかしそんな事をしても、根本的な解決にならない。
動画に関してはパソコンに保存していると言っていた。
つまり、ここで勇夢のスマホを水没させたとしても、千沙都の失態が消えることはない。
(……人は見かけによらない、ということだな)
目の前の写真を撮られることに緊張している生徒が、自分にあんな条件を提案……脅迫して来るとは思えない。
思えないが、実際に千沙都は勇夢が高校を卒業するまでの契約をした。
それは変わらない事実。
「はい、撮れたぞ」
「ど、どうも」
千沙都に撮ってもらった自身の写真を見るが、今回は千沙都と同じくぎこちない笑みを浮かべていた。
(変な笑顔というか、絵にならないというか……でも、九条先生に撮って貰ったと思えば、意外とありか)
勇夢の脳内は相変わらず緩かった。
目の前の生徒に対して色々と考えている千沙都と違って、存分に今感じている幸せを嚙みしめている。
そんな勇夢の感情が……表情がなんとなく読み取れた。
だからこそ、千沙都は少し不安を感じた。
勇夢が自分に対して憧れに近い感情ではなく……恋に近い感情を抱いてるのではないかと。
憧れに近い感情を持っているからこそ、高校を卒業するまでの約三年間という期間だけ……自分と特別な関係になりたいと決めたのだと思っていた。
(もし、その時が来たとしても……私には、竜弥がいる)
勇夢側に圧倒的する切り札があったとしても、千沙都が竜弥のことを男として……恋人として好きという……愛しているという気持ちだけは変わらない。
これからも、変わることはない。
今回のデートで、知らなかった勇夢の内面を知れて評価は上がった。
だが、それはあくまで生徒として……人としての話。
現時点で、千沙都が……本当に意味で勇を一人の男として見ることはなかった。
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