第2話 そっちが本命
「九条先生、ちょっと質問があるんですけど……時間大丈夫ですか」
「えぇ、大丈夫よ」
勇夢が動画の使い道を決めた翌日、千沙都が運良く顧問をしている女子バスケットボール部の練習もなく、部活動がある生徒以外の者たちが帰ったタイミングを狙い……上手く二人だけの空間をつくることに成功。
そう…………そこまでは上手くいったのだが、勇夢にとってここからは未知の領域。
未知の領域というより、全く行ったことがない体験を行うので……徐々に頭が真っ白になりかけていた。
移動した場所はなんと、先日千沙都と竜弥がハグをしていた生徒指導室。
昨日見た光景が脳裏に浮かび、更に緊張感が増す。
(よ、よくよく考えてみれば俺……女子に告白すらしたことなかったよな)
生まれてこのかた十五年弱。
勇夢だって人並みに好きな異性ができたことはあった。
しかし、自分がモテるタイプの男子ではないと重々承知しており……自分に自信がなかったので、フラれて傷付くのを恐れて今まで一度も告白したことがなかった。
これから勇夢が行うことは、異性に告白するよりも遥かに難しい……かもしれない。
「さぁ、座って。それで、どの辺りが理解出来ないの?」
とりあえず言われるがままに席に座った。
(……やっぱりこの人、今まで見てきた誰よりもぶっちぎりで美人だな)
多くを語れるほど人生経験を積んではいないが、それでも心の底から目の前に座っている九条千沙都という女性はとびっきりの美人だと思った。
(すうーーーー……はぁーーーーー)
そして心の中で一つ深呼吸をし、勇夢は歴史の教科書をテーブルの上に置き……スマホを取り出して一つの動画を千沙都に見せた。
教科書を開くのではなく、何故かスマホを取り出した。
何故勇夢がスマホを取り出したのか疑問に思う前に……何故スマホを取り出したのかあ問う前に……千沙都の目の前には致命的な場面が映っていた。
「そ、それは!!!」
「九条先生。あんまり大きい声を出すと、部屋の外に聞こえますよ」
「ッ!!」
それなりの防音設備が備えられているが、あまりにも声が大きいと部屋の外に声が漏れてしまう。
そして扉のガラスは中の様子が見えているので、あまり動揺した姿を見せていると、その場を見た者に不審がられるかもしれない。
先日、千沙都と達也が生徒指導室でハグをしているところを撮った動画を見せ終わると、ゆっくりポケットにスマホをしまった。
「今日は歴史に関しての質問じゃなくて、今見せた動画に関してちょっと話したいなと思って」
「…………」
先程まで動揺した表情を浮かべていたが、一瞬で普段の冷静な顔へと戻った。
ただ、表情が戻っただけで心の動揺は全く消えていない。
無言になったのも、動揺している心が表に出て失言してしまうのを恐れているから。
「九条先生…………俺の、付き合ってくれませんか」
「ッ、それは……」
どこからどう見ても……最悪な告白と言えるだろう。
在籍中の生徒とハグをしているところを動画を見せ、そこからまさかの告白……勇夢という名前は勇夢の両親が夢を追いかける勇気を持ってほしい。
そういった思いで付けられた名前なのだが……どう考えても最悪過ぎる場面で勇気を振り絞ってしまった。
(ど、どうすれば……鳴宮君の要望に、応えるしかない?)
事実として……千沙都は竜弥と付き合っていた。
歳の離れた幼馴染という関係だったが……昨年、竜弥の猛烈なアプローチを受け、遂にその思いを受け入れた。
なので、勇夢が動画に収めたあのシーンは竜弥が何かしらの事情で悲しんでいたから抱きしめたのではなく、単に学校内で想いが……愛が爆発してしまっただけ。
(む、無理矢理スマホを奪うべきかしら)
スマホを奪ったところで、千沙都は勇夢のスマホのパスワードを知らない。
しかし、壊してしまえばなんとかなるのでは?
教師としては宜しくない考えが頭に浮かんだが、それほどまでに今の千沙都の心は乱れていた。
「あ、家のパソコンにもデータを送ってるんで、変なことは考えないでくださいよ、九条先生」
「ッ!!!」
千沙都の表情が険しいものに変わったのを察し、勇夢は何を考えてるのか読み取り……まさかの的中。
「……まぁ、やっぱり付き合うのは無理ですよね」
「……え?」
いったいどうすれば、この絶体絶命の状況を切り抜けられるのか……そう考えていた矢先に、勇夢が突き付けた条件を諦めた。
(どういうこと、かしら?)
更に頭が混乱する千沙都に勇夢は考える暇を与えず、次の手を打った。
「なので、俺と浮気しませんか」
「う、浮気って……」
竜弥との関係を切れとは言わない。
だが、自分とも特別な関係を持ってもらう。
それが勇夢の用意していた要望だった。
「さっきの動画がアウトな点は、竜弥がまだ高校生だってこと。なので、そのアウトな期限が終わるまでの間……俺とそういう関係になってください」
千沙都は自身に向けられる生徒の眼から……ここでノーと答えれば、この先どうなってしまうのか。
それが分からないほど愚かではなかった。
「えぇ、分かったわ」
「ありがとうございます。それじゃ、また明日学校で」
こうして勇夢は今までの人生の中で一番勇気を振り絞り、人として中々終わった結果を出してしまった。
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