21. 絶体絶命

「――――で、俺が復活したってワケ」



 ブラッドリーは得意げに笑う。


「そんな世界に終止符を打ってやるために、俺は復活したんだよ」


 彼は瓦礫の周りを優雅に歩きながら、飄々とした様子で語る。

 片手で首から下げた“ペンダント”を握りながら。


「お前の言う通り、この世界は残酷だ。俺も…………いや、俺の家族もその“生贄”になった」


「…………え?」


 シーラは目を見張る。

 それに気が付いたブラッドリーは肩を竦めた。


「別に驚くことじゃない。こんな境遇の奴は、ザラにいるだろ?。第一、お前もその一人だろうが」


 彼女は奇襲しようと思っていたが、その思いがけない話に耳を傾けることにした。


「俺は失って、誓った。この世界に復讐してやろうと」


 そう言いながら、彼は険しい表情でペンダントを見つめている。


「世界を壊そう! 俺に不幸をもたらした奴らを、地獄に送ってやろうってな」


 と、不意に彼は笑う。


「けど、違ったんだ! 違う! 何が間違ってたか、分かるか?」


 シーラは答えない。

 考えたくないのではなく、答えが見つからなかった。

 彼が一体何を間違えたのか。


「…………復讐は何も生まない。なんて、綺麗ごとは嘘だ。復讐は心の安寧をくれる、けど」


 真剣な、しかし悲し気な眼差しで彼はシーラの顔を見つめる。



「――――“失った物は返してくれない”。そんな当たり前に、やっと気づいた」



 シーラは遂に耳を塞ぐ。

 そして頭をぶんぶんと振りながら、自分に何かを言い聞かせるように繰り返し呟く。


「失った物は、もう戻ってこない…………」


「黙れッ! 黙れ黙れ黙れ!」


 シーラは怒り狂い、地を這う炎の川を生み出す。

 その流れがブラッドリーの靴底を攫う前に…………彼は再び飛翔する。


「おおっと危ねえ! そう癇癪起こすなって、ちょっと話しただけだろ?」


「うるさいッ! 私は貴方を殺して、彼の仇を討って、彼を取り戻す!」


 そう叫びながら、シーラは頭を抱え呻く。

 精神的な限界が近づいていた。

 彼女の理性という壁はメキメキと音を立て、今にも崩れそうだ。


 ブラッドリーは宙から彼女を見下ろすようにして、言葉を継ぐ。


「俺は復讐を完遂させた。けど、“彼女”は帰ってこなかった!」


 彼は眉間に皺を寄せる。


「当然と言えば当然だな。だって“殺された”んだから。死んだ者は、生き返らない」


 シーラはずきずきと痛む頭を押さえながら、宙のブラッドリーを叩き落そうと火を放つ。

 が、狙いが外れ、シャンデリアにぶつかる。

 ブラッドリーは悠々と飛び回りながら、滔々と続けた。

 まるで自分の意思を確認するかのように。


「復讐は最後、俺にある考えをくれた」


 ブラッドリーはニヤリと笑う。


「もう“引き返せない”んだったら、誰かを“守る為”に人を殺し続けてやろうって!」


 回転する刃を振り下ろしながら、ブラッドリーは降下する。

 シーラは彼の攻撃を見切り、牽制しながらそこから飛びのいた。


 彼の剣が再び空振り、彼は後ろに飛びのく。


「クソ…………すばしっこい女だ。夜もそんなに“すばしっこい”のか?」


 そう言って彼がケタケタ笑うと、シーラは感情を自らの術に乗せるように、灼熱の炎を彼に向って吹き付ける。

 彼は咄嗟に飛翔し、その攻撃も難なく躱す。

 くるりと体を翻しながら彼は華麗に着地する。


 と、突然シーラが笑い出す。


「あはは! そうか、そうだったのね!」


 彼女は顔を手で押さえながら、天井を仰ぐほどに笑う。

 ブラッドリーは何事かと彼女を睨む。

 一体、何が“そう”だったのだろうか。



「――――ブラッド!」



 不意に、聞き覚えのある声がブラッドリーの背後から聞こえてきた。

 その声に振り返る。


「リリア! お前何でここに」


「何でも何も、ギエナを抱えた“アルケーン”さんとすれ違ったから、様子を見に来たの!」


 アルケーン、つまりギエナを抱えたルーイと彼女はすれ違ったのだろう。

 ブラッドリーは笑う。


「どうだ様子は? お前にはこれがどう見える」


 リリアはブラッドリーと、高らかに笑い声を上げるシーラとを見比べ、眉間に皺を寄せた。


「かなり…………苦戦してるようね」


「お見事。正解だ」


 彼は少し自信なさげな笑みを見せる。


「なんで彼女、笑ってるの?」


「さあな。分からん」


 二人がシーラの奇行に身構えていると、やがてシーラは落ち着いたのか二人に視線を戻す。


「あら、さっきのあなたも戻ってきたのね」


「ええ。…………ギエナに散々なことしてくれたみたいだけど」


 リリアの表情は落ち着きながらも、怒りに満ちていた。

 抑えきれない憤怒が声や仕草から垣間見える。


「彼女の事は残念ね、もっと楽しい事してあげられそうだったのに」


「――――黙れクソ女。いい? 私の大事な家族にあんな事して、タダで済むと思ってるの?」


 突然口調の荒くなった彼女にブラッドリーは驚く。

 普段からは想像もできないリリアの気迫、しかしシーラはそれに気圧されることは無かった。

 逆に、彼女は何を考えているのか余裕の表情だ。


「あらこわーい。でもねお嬢さん。私、知っちゃったの――――彼の秘密」


 シーラはにやりと勝ち誇った笑みを浮かべる。


「あなたのその魔法――――自分だけじゃ“何も”出来ないんでしょ?」


 ブラッドリーは鼻で笑う。


「ふん。よく分かったな」


「あの日投げたナイフだって、さっきの宙を飛ぶ魔法だって。結局は、外から力を加えてるんでしょ?」


 シーラは両手を広げ、ぐるりとギルドを見回す。



「例えばそう――――この壁や天井に張り付いた、“魔法陣”の書かれた紙とか、ね?」



 ブラッドリーは地面に剣を突き立て、パチパチと手を叩く。


「お見事! 素晴らしい、よく分かったな」


 この時初めて、リリアは彼に助けられた日、自分が目の当たりにしたあの魔法の一端を知った。

 しかし、彼女は何も言わないし、表情にも出さない。

 自分の一挙手一投足、どれが相手に情報を与えてしまうか分からないからだ。


「けど、分かってどうすんだシーラ。確かに俺の魔法はお前の言う特徴がある、で、その後はどうすんだ?」


「もちろん、こうするのッ!」


 シーラは大きく手を開き、空を仰ぎ見る。

 彼女の頭上に大きな魔法陣が現れたかと思えば、そこを中心に渦巻く炎が集まってきた。

 それはみるみる内に肥大し、竜巻のように空気をありったけ飲み込む。

 ブラッドリーはそれを見て、リリアに叫んだ。


「リリア! こっちに来い!」


「なんで」


「いいから来いっ!」


 リリアが慌ててブラッドリーの元に走る。

 彼は慌ててリリアを抱き寄せると、片手を突き出す。

 すると、周囲に散らばっていた主を失った“盾”たちが蠢きだしたかと思えば、ものすごい勢いで彼の片手に集まってきた。

 そしてあっという間に、それらは立派な壁をつくる。



――――直後、灼熱がホール全体に広がる。



 まるで爆風の如く、一瞬にして肌を焦がすほどの熱風がホールを吹き抜けた。

 ブラッドリーとリリアは盾の後ろで縮こまり、体が外に出ないよう必死に床を踏みしめる。

 ごうごうと燃え盛る炎が、壁、天井。出会うもの全てを焼き尽くす。


 リリアがステッキを構え、呪文を唱える。

 すると床から巨大な水の柱が生えたかと思えば、それは牡牛のように盾の壁に突進した。

 まるで間欠泉のように激しく水蒸気を噴き上げながら、盾が水によって冷やされていく。


 しばらくして…………炎は空気を失ったのか、徐々に弱っていく。

 黒焦げになった盾の壁がガラガラと音を立てて崩れ、中からブラッドリーとリリアが姿を現した。


 ブラッドリーは唇を噛んだ。


「なるほどな、そういう手で来たか…………」


 彼はしてやられたと言った表情で、しばらく固まっていた。

 シーラはそれを見て嬉しそうに笑う。


「やはり、これが一番痛手のようですね。あなたが宙を飛んでいた例の魔法、紙に書かれた魔法陣の力を使ったのでしょう?」


 シーラがほほ笑みながら、すたすたと近づいてくる。

 その余裕の表情をぶち壊してやろうと、リリアはステッキを構え呪文を唱えようとしていた。

 彼女の横でブラッドリーが――――素早く腰のバッグに手を突っ込む。


「――――“マグネート・ヴォンディア”っ!」


 そして、一本のナイフが彼の手から飛んだ。


 ナイフは空を切り裂き、一直線にシーラ目掛けて飛んでいく。

 ブラッドリーは勝ち誇った表情を浮かべる。



「――――惜しいッ!」



 すんでのところでナイフに気が付いたシーラは、咄嗟に横へ飛びのく。

 ナイフは的を外し、そのまま彼女の背後へ飛んで行った。

 ブラッドリーはあまりの不甲斐なさに、思わず舌打ちをする。


「アハハハ。外から力が加わらなければ、ナイフだって曲がったり出来ないでしょう?」


 シーラは彼の不意打ちを潰し、愉悦に浸っている。

 彼女は村での戦闘から、リリアの魔法がまだ未熟であることを見抜いていた。

 だからこそブラッドリーの魔術さえ見切ってしまえば、彼らが束になってかかろうとも何ら問題は無いのだ。


 シーラは蕩けるような表情を見せる。


「タダでは死なせない。あなた達も、私のように苦しんでから死んで…………」





――――突然、リリアは不自然に言葉を切った。

 そして、視線を落とすと…………。

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