20. ――で、俺が復活したってワケ――

 白い煙から現れた、その人影。


 金色の撫でつけ髪に地味な膝丈のロングコート。

 そして、特徴的な赤いネクタイ。


 そう彼は…………



「――――こんなところで奇遇だなァ、変態野郎」



 不敵な笑みを浮かべ、両手をポケットに突っ込んだその男。

 その姿はそよ風のように儚く、しかし見た人に強烈な印象残す。

 敵にとっては、特に。

 

「“ブラッドリー・ミュラー”っ…………!」


 シーラは忌々し気に呟く。

 と、彼女はブラッドリーの背後から出てきたもう一つの人影に驚いた。


 それは端正な顔立ちをした青年。

 ルーイだ。


「あなた達…………」


 シーラは二人を見て、拳を握りしめ俯く。

 そしてわなわなと震えながら、言葉を絞り出す。


「あなた達が“ヴァレハム”を殺したのですね」


 ブラッドリーは頷く。


「いや、“俺”が殺した」


 奇妙な静寂が訪れる。


 リリアとサシャの水属性魔法が功を奏したのか、ギルドの火はいつの間にか消えていた。

 しかしそのせいで、より一層静寂が際立つ。

 ブラッドリーは何も言わず、シーラも俯き震えるだけ。


 と、突然シーラが笑い出す。


「アーハハハハ! 見つけたッ! やっと見つけた」


 彼女は手を突き出す。


「あなたを探していたの。…………ここに火を放てば、きっと来ると思っていましたよ」


 彼女は頭をもたげる。

 ルーイはその顔を見て――――“戦慄”した。


「か、顔が…………顔が無いっ」


 しかしブラッドリーは何も言わない。

 ただ真顔でシーラを見つめたまま、何をするでもなく立ち尽くしていた。

 まるで己のこれからの身の振る舞いを見定めるかの如く。

 彼は逡巡していた。


 やがて、彼は口元に笑みが浮かぶ。

 これからの結末を見透かせたとでも言わんばかりに。

 その表情に、シーラの顔が歪んだ。

 

 ブラッドリーはぴんと人差し指を立て、シーラを見据えた。



「…………“一本だ”」



 彼の言葉に、シーラは戸惑う。

 一本? 一体彼は何を言っているのだろうか。


「何を言っているのでしょうか」


「何って。――――お前を屠るのに使う“ナイフ”の数だよ」


 そう言って、ブラッドリーはにやりと笑う。

 彼の不敵な笑みが彼女の琴線に触れたのか、彼女は怒り狂った。


「ふざけるなッ! ヴァレハムを、彼を殺しておいて、そんな…………そんな舐めたマネをっ!」


 怒りに駆られシーラは魔法陣を展開させる。

 そして一挙にルーイとブラッドリーを焼き払おうとして――――突然、“紙吹雪”が舞った。


 宙をひらひらと、無数の紙が飛び交う。


 それらはまるで自ら意思を持っているかの如く、独りでに飛んでいったかと思えば、ギルドの壁や天井、至る所に張り付いた。

…………ふと、どこからか“カツン”という固い音も響いてきた。


 シーラは驚き、忌々し気にそれを見ている。


「何の真似でしょうか?」


 ブラッドリーは返事の代わりに鼻で笑う。

 そして中身が無くなった本の表紙を、地面に打ち捨てて言った。


「ちょっとした舞台準備だよ。――――悲劇の姫君が死ぬのに、相応しい舞台をな」


 シーラはその言葉に憤怒し、ついに術を発動させる。

 彼女が放った大きな火の渦が、ブラッドリーたち目掛けて伸びていく。

 まるで獲物を捉えた大蛇のように。


 刹那、ブラッドリーは人間離れした挙動で、飛んだ。


 ギルドの天上目掛けて高々と、まるで翼でも生えたかのように。


「なっ…………!」


 シーラの攻撃は狙いを外し、ギルドの壁に激しくぶつかって散った。


「あーはは。何処狙ってんだ間抜け! 俺はここだぜっ…………!」


 ブラッドリーは宙にふわふわと浮き、シーラを見下ろしている。

 更に馬鹿にされたと思ったシーラは、歯をぎりぎりと食いしばった。

 そして彼女は再び魔法陣を発動させる。



――――と、彼女は不意に足元で風を感じた。



 驚いて視線を地上に戻すと、そこにさっきまでいたギエナが、いつの間にか居なくなっていた。

 シーラは驚いて周りを探していると、その姿を見つける。

 ルーイの足元だ。


「ブラッドリー様、後はお任せを!」


「よくやった! お前はソイツを連れて逃げろ!」


 シーラはしてやられたと思った。

 上空で浮遊するブラッドリーに気を取られ、そのうちにギエナを取られてしまった。


「小賢しいッ!」


 シーラの魔法陣が火を噴く。

 それはさっきよりも明らかに激しく燃え盛り、速さも比べ物にならないくらいだ。

 ブラッドリーは迫り来る炎を避けようと、反対側へ浮遊しようとして…………。

 

 シーラはくすくすと嘲るように笑い、呟く。



「――――バカな人」



 すると突然、ホールを二分するように薄く巨大な炎の壁が現れた。


 ブラッドリーはそれに気が付くも、既に手遅れ。

 回避するには、あまりに速度が乗りすぎている。


「やべっ…………!」


 彼はそのまま炎の壁に――――突っ込んだ。

 壁の一部で激しく何かが燃え、灰がパラパラとシーラに降り注ぐ。


「あら、残念。意外と呆気なかったですね――――」


 シーラは燃え尽きた彼の亡骸を見届けようと、天井を見上げる。





――――いつの間にか、眼前までブラッドが迫っていた。





 彼女が驚くどころか認識すらできない間に、彼はその“いびつな剣”を振り下ろしていた。



 そして、肉の断ち切れる独特の鈍い音。



 大量の血飛沫が飛び散る。

 それも…………シーラの片腕から。


 というよりは、“片腕”だったところから。


 彼女の体から吹き飛んだ何かが、鮮血をまき散らしながら床を転がっていく。


 ブラッドリーは攻撃を終え、再び飛びのいて距離を取る。

 シーラは何が起こったのか思考が追い付かず、唖然として自分の左手を見てみた。


 がしかし、そこに“腕”は無かった。


 一番最初、視界に入るべき腕が…………“無い”。

 それを認識した途端、彼女に強烈な“痛み”が訪れる。


「――――きゃぁぁぁああアアァァ…………!」


 彼女はパニックと痛みのあまり、絶叫する。

 その生々しい叫び声に、ブラッドリーは耳を塞ぎたくなった。

 大きく目を見開き、人目も憚らず叫ぶ姿は痛々しい。


 やがて、絶叫が止む。

 そして彼女はすぐに立ち直り、腕の断面に残った片方の手を当てて…………そこを自ら“焼く”。

 じゅうと肉の焼ける子気味良い音と共に、白い煙が彼女の手の隙間から漏れ出す。

 彼女は苦しそうなうめき声を上げながら、時折痛みで体を震わせる。

 ブラッドリーは漂ってくる香ばしくも不快な香りに、顔をしかめた。


 やがて傷口が焼け、完全に塞がってから彼女は手をはなす。


 傷口は黒焦げになっていて、見るに堪えない。


「ハア、はぁ、はあ…………ブラッドリィィィ!」


 彼女の呪いの言葉が、ブラッドリーを一歩退ける。

 彼は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。が、その表情に余裕はない。


 と、不意に空からひらりと黒焦げになった何かが落ちてくる。

 それを目の当たりにしたシーラは…………気が付いた。

 さっき壁で燃えていたのは、ブラッドリーではない。


 彼の――――“コート”だ。


 ブラッドリーは見せつけるように“剣”を突き出す。


「気を付けろよ! 少しでも触れると“回転する刃”が当たって、体ごと持ってかれるからな」


 剣の輪郭に沿うように、凄い勢いで“チェーン”が走っている。

 それは彼のお手製の剣で、磁力によってチェーンを回転させる仕組みだ。


 シーラは忌々し気にその剣を見ていた。


「何から何まで、本当に憎たらしい! ああ憎い! あなたが憎いッッ!」


「俺もだ! お前が憎くて堪らねーよ!」


 シーラは歯を食いしばり、ブラッドリーは口角を吊り上げる。


「さあどうする!? 俺たちはもう引き返せないぞ、シーラ。“人殺し”ってのはもう…………やり直しが効かないんだぜ?」


 ブラッドリーが剣を構える。


「お前は、何のために人を殺す?」


 シーラは俯き、考える。

 そして、顔を上げ、怒りに満ちた表情でブラッドリーを睨みつけた。


「私は――――“温もり”のために。そして…………彼の復讐のためにッ!」


 彼女の咆哮が、焼け落ちたホールに轟く。

 ブラッドリーはその気迫に感心し、さっきよりも冷静になっているのを感じた。

 彼女の中で、覚悟が決まったのだろう。


 彼は不敵な笑みを浮かべた。


「そうか。残念だが、その願いは果たさせない。俺は…………」


 彼はそう言いかけて、一瞬言葉に詰まる。

 大きく息を吸い、吐く。

 その表情はどこか悲し気だったが、いつの間にかさっきの笑みに戻っていた。


「俺は――――“魔王様の意思を継ぐ”!」


 彼は透き通った声で宣言する。

 その瞳に、迷いは無かった。


「この世界に平和に導くという、魔王様の意思を潰えさせはしない。

 俺が全てを覆してやる。この世のあらゆる理不尽を、全てねじ伏せて。

 そのために…………俺は人を殺す!」


 ブラッドリーは得意げな表情を浮かべた。

 彼と相対するシーラは、それを聞いて口元を不気味に歪める。


「アーハハハハ! 世界を平和に? ほんと、子どもじみた夢ね」


 彼女はゾッとするような表情で言葉をぶつけた。


「この世界は残酷。誰も、誰も助けてくれやしない! 

 それが真実なの、それが現実なの! 強者が弱者を弄び、喰らい、弱者は苦しむ。

 泣いても誰も助けてくれない。それがこの世界なの…………!」


 彼女は言いかけて、少し声を震わせ言い淀んでしまう。

 今までの辛い記憶が次々と鮮明に蘇って来てしまったのだ。


 この世界がどれだけ醜くて。


 この世界がどれだけ残酷で。


 人間がどれだけ“浅ましい”かを。



――――にもかかわらず、ブラッドリーは笑う。



 まるで面白いジョークでも聞いたかのように、心の底から笑っている。

 シーラはそれを見て、自分の苦しみが否定されたような気分になった。

 そして、彼女は深く傷つき、更に煮えたぎるような怒りが湧き上がってくるのを感じる。


 刹那、ブラッドリーの真剣な眼差しが彼女を捉えた。


 さっきまでの笑顔が嘘のように、彼女を見据えている。

 そして自信に満ちた声で、彼は言った――――





「――――で、俺が復活したってワケ」

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