15. 危険人物

 リリアと話し合った翌日、ブラッドリーは再び街の酒場を回っていた。

 もちろん、魔王軍の仲間の消息を掴むためだ。


 しかし、収穫はゼロ。

 

 街中の酒場をはしごしている内にすっかり日が暮れてしまい、地平線は薄暗くなってしまっている。


 彼としては手ぶらで帰るのは気に食わなかったが、今日はリリアの稽古に付き合う約束があるのだ。

 さぼるつもりは毛頭ない。

 なぜならそれは、クネル伯爵に出来る唯一の恩返しだと、彼は思っていたからだ。


「おーい! あーけーてー!」


 彼は大きな二枚扉の前で声を上げると、中のメイドが扉を開けてくれた。


「おかえりなさいませ」


「おう、ただいま。助かるよ」


 ブラッドリーは疲れ果てた様子でとぼとぼと玄関から中に入る。

 と、彼はそこにクネル伯爵の姿を見つけた。

 そしてその傍に立つ、見知らぬ女の人影も。



「おお、お帰りなさい。丁度いいところに来ましたね」



 クネル伯爵はブラッドリーの姿に気が付くや否や、駆け寄ってきた。


「あ、どうも伯爵」


「今少しよろしいですかな? 来客の紹介をしておきたくて」


 そう言ってクネル伯爵は、傍に立っていた緑髪の女を手で指す。

 

 エメラルドグリーンの長髪に、おっとりとした目つき。

 そしてブラッドリーのより遥かに堅苦しい正装を纏っている。

 人当たりの良さそうな、妖艶な女性だ。

 

「こちらは“イヴリン・アル・ノーベンバー”さんだ」


 緑髪の女性――――イヴリンはブラッドリーに気付くと、顔を綻ばせる。


「あら、初めまして。“王立摂理委員会”のイヴリンです」


 その自己紹介を聞いて、ブラッドリーは眉を顰める。


「“王立摂理委員会”…………?」


 彼はそのフレーズに聞き覚えがなかった。

 騎士団や賢人会や魔法評議会などは聞いたことがあるが、それは聞いたことがない。

 王立とついているのだから、王直属の組織に間違いは無さそうだが。

 

「ええ」


 イヴリンははにかんで、滔々と話す。


「新しく設立された、調査機関なんですよ~。まだできたばかりで、知名度は全然ないんですけどね」


「へえ…………それで、その。調査って何を調べるんですか?」


 すると、取り付く島を見つけたクネル伯爵が嬉しそうに割り込んできた。



「なんと“魔王軍”の調査をしているとか」



 ブラッドリーの心臓が跳ねる。


 魔王軍の調査?


 となると、王立摂理委員会は…………防諜を?

 その素性が何にせよ、今の彼にとってその目的が不穏な事に変わりない。

 もしかして…………自分の事を探しに来たのだろうか。


 一瞬にして彼の全身はこわばる。

 疲れも嫌な予感に吹き飛ばされ、彼は得も言われぬ不安に襲われた。


「ええ、そうなんですよ。あのドームがかかったお城、知ってます?」


 独り逡巡していたブラッドリーは突然話を振られ、まごつく。


「え、あ、まあ知ってますよ」


「だとしたら、魔王軍も勿論知ってるよね?」


「はい、一応は」


 あくまで興味の無い体を貫こうと、彼は必死に表情を取り繕う。


「私たち、その城にいた“魔王軍”の関係者を探しているのよ」


「へ、へえー」


 ブラッドリーが不器用な笑みを浮かべる。

 するとクネル伯爵はそれを、女性と“話慣れていない”からだと勘違いして、無理やり話を遮った。


「私としたことが、今日お越しになった理由を聞いてませんでしたな。ははは!」


 会話のバトンを取り戻すと、ブラッドリーを解放すべくクネル伯爵は会話を引き継ぐ。

 解釈は違ったが、結局は部屋に戻りたいブラッドリーの役に立った。


「それが…………匿名の通報がありまして」


 感謝しつつ部屋に戻ろうとしたブラッドリーの歩みを、その不穏な一言が止めた。


「匿名の通報といいますと?」


 クネル伯爵は訝し気な顔で聞き返す。


「ええ。私の古い友人から、このあたりに怪しい者が居ると聞いたんです。何かご存じでしょうか?」


 ブラッドリーはごくりと唾をのんだ。

 その人物はどう考えても…………自分だと思ったから。


 この周辺で魔王と関りのある人間と言えば、彼しか居ない。

 もしかしたらこの屋敷の誰かが彼のあずかり知れぬところで関与しているかもしれないが。

 けど、それはあまりに楽観的過ぎると、ブラッドリーは思った。

 となると、自分か…………もしかしたら“ルーイ”のどちらかだろう。


 クネル伯爵はううむと考え込みながら、記憶を探る。


「さあ、残念ながら聞いてませんなぁ。お力になれなくて申し訳ない」


「あら、残念」


 イヴリンは目じりを下げ、落胆した様子を見せる。

 その表情に、ブラッドリーは違和感を覚えた。

 まるで、まるで演技をしているかのような、不自然な表情。

 本当の表情は…………どこにあるんだろう。


「――――ねえ、ちょっといいかしら?」


 突然イヴリンに声を掛けられ、ブラッドリーは飛び上がりそうになる。


「な、なんだ?」


「部屋に戻る前に、あなたにも聞いておきたくて。変な人とか見なかった?」


「…………そんな人は見たこと無い」


「あら、そう。残念。そういえば、あなたはこの屋敷に住んでるの?」


 「いや」と言いかけたところで、クネル伯爵がすかさず補足した。


「彼は旅をしているんですよ。それで、色々とお世話になったのでここの一室を貸しているんです」


「へえ~、旅かぁ」


 イヴリンは何か思い当たる節があるのか、思い出に浸っているようだ。


「旅の目的は何なのかしら?」


「目的は定かじゃない。とりあえず、古い友達と会うってところだ」


「そうなんだ。古いお友達を探してるなんて、なんだか素敵なお話ね」


 世間話のつもりなのか、相手から情報を引き出すためなのか。

 ブラッドリーはどちらか見極めようと、必死に相手の声色と表情を読み取ろとしていた。


 が、一切読み取れない。


 全てが不自然に繕われた、違和感のあるもの。

 確かに表情は笑っているし、声も明るいが、それは“虚飾”。

 彼はそのせいで一層不安を煽られる。


「ぜひ、機会があったら旅の話、聞かせてね」


「あ、ああ」


「私そういう旅人の冒険譚、好きだから」


 イヴリンはそれだけ言うと、ぶつっと言葉を切る。

 そして一瞬険しい視線をブラッドリーに向けたかと思えば、あの温厚な眼差しに戻っていた。

 ブラッドリーはその一瞬の出来事を、自分の勘違いだと片づける。

 きっと怖がりすぎなのだ。


「引き留めてごめんね、ご協力感謝します」


 一瞬、ブラッドリーの表情が引き攣ったが、すぐに戻る。

 そしてそそくさと階段を上り、自分の部屋に戻ろうとしていた。


 彼が階段を上がっているその背後。


 そこでイヴリンは笑みを浮かべながら、階段のブラッドリーを見つめていた。

 その不可解な視線に気が付いた彼は、振り返る。


「なんだ?」


「いえ、なんでもないわ」


 そう言って彼女はひらひらと手を翻す。

 彼は後ろ髪を引かれながらも、階段を上がって自室に向かう。

 イヴリンはその背中を、彼が角を曲がるまでじっと見つめていた。


「――――イヴリンさん?」


 クネル伯爵に話しかけられ、イヴリンは我に返る。


「あ、何でしょうか?」


「ここで話すのもなんなので、ぜひ続きは来賓室で。いかがですかな?」


「クネル伯爵がよろしいのでしたら、喜んで」


「それは良かった! 実は、先月くらいに良いワインを手に入れまして。お酒はお飲みに?」


「たまに飲みますよ」


「では、一緒に如何ですかな?」


「いいんですか? もちろん喜んで!」


 イヴリンが柔らかい笑みを浮かべると、クネル伯爵は彼女の先頭を歩きだす。

 しかし、イヴリンはしばらくホールに立ち尽くしてた。

 

 何も言わず、何の表情も浮かべず、ただ二階の曲がり角を見つめている。

 そこはさっきブラッドリーが曲がっていった、廊下の角が。


 そして――――





「みーつけた」



 


 そう呟き、彼女は引きつった笑みを浮かべた。

 そして何事も無かったかのように、彼女は先導するクネル伯爵の後に続く。

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