11. 死んだ方がマシ
「ふ、ふざけるなッ!」
ルーイは当人が除け者にされたまま、屈辱的な決定をされ腹を立てる。
が、シーラに付いていた男がルーイをギロリと睨みつけた。
「黙れ小僧。もう貴様はどのみち死ぬんだ。無駄な悪あがきはよせ」
外の女剣士と弓使いが目を覚まさない限り、死者を出さずにこの状況を突破するのは不可能に等しい。
ルーイは既に自分が“詰んでいる”ことを悟っていた。
そして、どうやって自分以外を無事に逃そうか必死に模索している。
「けれど今日は本当に寒いわね…………ねえ、こっちへ来てください」
シーラがぶるぶると肩を震わせながら、男を呼びつける。
「どうされましたか、シーラ様」
「気が変わりました。あの女の剣士は今燃やして、一緒に暖をとりましょう」
「――――な、なんだとッ!」
それを傍で聞いていたルーイは堪らず声を上げた。
燃やす?
この場で?
そんな、嘘だ…………。
ルーイは彼女の言っていることが信じられなかった。
いや、信じたくなかったのだ。
しかし着々と準備を進めるシーラたちの姿が、ルーイに残酷な現実を見せつける。
「やだ、やめてよっ!」
サシャは涙で顔をぐずぐずにしながら、がむしゃらに泣き叫んだ。
目の前で仲間が焼き殺される。
こんな仕打ち、耐えられるはずが無い。
シーラはニコニコと不気味な笑顔を浮かべながら、軽快な足取りで女剣士の前に来ると、呪文を唱え始めた。
「ごめんなさいね。少し寒いから、あなたのお仲間使わせていただきますね」
「や、やめろっ!」
ルーイは絶望した顔で、炎越しにうめき声をあげる女剣士を見る。
――――女剣士は目を覚ましていたのだ。
が、男によって噛ませられた猿ぐつわのせいで、何かを訴えようにも叶わない。
だから、ルーイたちには彼女が必死に助けを乞うているようにしか見えなかった。
それが無慈悲にもルーイたちの心を深く抉る。
男は女剣士を足で転がすと、わざと顔が見えるよう仰向けにした。
今までよく見えなかった彼女の絶望に染まった表情が、更に鮮明になる。
ルーイたちは歯を食いしばった。
「これでよろしいでしょうかシーラ様」
「ええ、本当に上出来です。ありがとう。では火をつけましょう」
シーラが呪文を唱え始めた。
もうこうなってしまっては、二人は絶望の表情でそれを眺める他ない。
いや、今こそ飛び出すべきだろうか?
ルーイの頭にそんな考えがよぎったが、そんなことをすれば無事では済まない事は分かり切っている。
彼女を助けるどころか、炎の壁に焼かれ自分も死んでしまう。
そうなったら誰が残されたサシャを助けられるのだろうか。
「私ね」
ふと、シーラが壁の中のルーイたちに微笑みかける。
「炎で焼かれてる人のする顔が好きなの。痛みと苦痛に歪んだ顔。それに、悲鳴も」
ルーイとサシャは戦慄した。
この時、生まれて初めて彼らは本物の“悪魔”を目の当たりにしたのだ。
邪悪を悪意とも捉えない、歪んだ“悪魔”を。
「それが、私に生を実感させてくれるの。お二方も、見ててくださいね。彼女が頑張って声を上げてくれるから」
「や、やめろ。頼む…………」
ルーイは泣き崩れそうになる。
サシャはその隣で放心し、絶望に打ちひしがれ、ただパクパクと何かを呟いていた。
シーラによって召喚された青紫の魔法陣が煌々と光を放つ。
それは段々と大きくなり、女剣士の瞳に映り込む。
女剣士は泣いていた。
人間は過度の恐怖を感じると、声が出なくなってしまう。
今まさに、彼女は声が出せなかった。
“死にたくない”。
そう叫びたくても、叫べない。
神様はいつだって無慈悲だ。
この世界は残酷で、強いものが、か弱き命を弄ぶ。
人の命を奪う瞬間は、誰かにとって非常に甘美なものだから。
ルーイは、咄嗟にサシャの目を塞いだ。
せめて、せめて彼女の苦しむ姿を見なくて済むように。
そしてルーイも、そっと目を閉じた――――
「――――“たくさんあると強いけど、一つだと弱いもの”ってなーんだ!」
不意に、腑抜けた男の声が木霊する。
シーラの傍にいた男は慌てて村の周囲に視線を走らせるが、その姿は見つからない。
「誰だ!」
男が声を上げる。
その咆哮に呼応するように、声の主は村から延びるあぜ道に現れた。
それは二人組。
黄金に輝く髪を撫でつけ、戦場に不釣り合いな正装を着こなす青年。
もう一人は、長い黒髪を風に揺らす美しい少女。
それは――――ブラッドリーとリリアだった。
「すみません、見知らぬお二方。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
シーラはそう尋ねると、すぐさま魔法陣を消し去り、突如として現れた不審者に意識を集中させる。
彼女は明らかに警戒していた。
その証拠に、今にも新たな魔法陣をつくろうと構えている。
それに続くように男も剣を引き抜く。
「おーっと、まてまて! “なぞなぞ”で遊びたいだけだよ。なーんで剣とか抜いちゃうわけ?」
ブラッドリーは気さくに笑う。
「難しいかな、でももうちょっと考えてよ。きっとすぐに分かるから」
不意に、男は目を丸くする。
そして額に玉のような冷や汗を浮かべ、眉をひそめた。
まるで、“幽霊”でも見てしまったかのように。
「お前は――――ブラッドリー・ミュラー!」
男が名前を呼ぶ。
すると、ブラッドリーは驚くどころか、おどけて見せた。
「おお、なんと! 俺の名前知ってんだな」
ブラッドリーは口角を吊り上げる。
「そりゃそうだよなぁ? だって俺も知ってるからな、お前の名前」
シーラは驚き、男とブラッドリーとを見比べる。
「ど、どういうことです? 説明してください」
「シーラ様、彼は…………」
男はそう言いかけて、口ごもる。
彼は分からなかった。
ここから先を口に出してしまっていいのか。
「ほらどうした? 言えよ、続き。――――“ヴァレハム”少佐ァ?」
男――――“ヴァレハム”は口を堅く結んだまま、わなわなと震えている。
シーラはそれを看破し、きつく問い詰めた。
「答えて。彼は一体誰なの?」
「か、彼は。彼は私のかつての…………“上官”です」
ヴァレハムは遂にブラッドリーの正体を言ってのける。
すると自然と震えは止まり、その表情には達観のようなものが浮かんでいた。
ブラッドリーはふっと笑みをこぼすと、恭しく腰を曲げてお辞儀する。
「どうも、美しい姫君。俺は“ブラッドリー・ミュラー”と申します、以後お見知りおきを」
その悠々とした振る舞いに、シーラですら一抹の不安を覚えた。
突然、脇で大人しくしていたリリアが声を張り上げる。
どうやら彼女は、やっとこの村の惨状が飲み込めたようだ。
「こんな、ヒドイ…………! なんてことをっ!」
リリアは怒りと悲しみでぐしゃぐしゃになり、怒りのままにステッキを構えていた。
それをブラッドリーが慌てて制止する。
「まあ待て、リリア。落ち着け」
「なによッ! 落ちついてられる訳無いでしょッ! 放してっ!」
「わあーっと、ダメだ。まずあいつらに“なぞなぞ”を解いてもらわないと」
「“なぞなぞ”って、そんなバカげた遊びしてる場合じゃないでしょ!」
リリアとブラッドリーが口論を始める傍ら、ヴァレハムだけはじっと押し黙っていた。
彼はただ沈黙を貫き、しかし額に玉のような汗を浮かべる。
が、やがて震えるような声を絞り出す。
「“ざ”…………」
「え、今なんと?」
あまりにもか細くて、シーラは聞き逃してしまう。
ヴァレハムは恐怖に歪んだ表情で、再び答えた。
「ざ…………“雑魚”です」
あまりにも脈絡のないヴァレハムの言葉に、シーラは思わず首を傾げてしまう。
「ごめんなさい、一体何が“雑魚”なのでしょうか?」
「“なぞなぞ”の…………答えです、シーラ様」
暴れるリリアを何とか抑えながら聞いていたブラッドリーが、手を叩き褒めたたえる。
「お見事! 流石はヴァレハム少佐だ。名将の名は廃れてないみたいだな」
シーラは未だに話が飲み込めず、あたふたと双方を見比べていた。
そこでブラッドリーが滔々と答え合わせをする。
「雑魚は群れれば群れるほど厄介だけど、一人だと何もできない」
ブラッドリーはケタケタと笑う。
シーラは不気味さのあまり、我慢できず尋ねる。
「な、なぜ今そのような“なぞなぞ”を?」
彼女は答えを知り、ますます彼の行動が読めなくなってしまっていた。
そのなぞなぞに一体どんな意味が込められているのか。
まるで理解できない。
混乱の中、再び彼は嘲るような視線をシーラたちに向ける。
「まだ分からねえか?」
「だから、一体何がですかっ!」
シーラがもどかしさのあまり叫ぶ。
「お前らの事だよ」
ブラッドリーは真顔で言ってのける。
その言葉にシーラは唖然とし、思わず気を抜いてしまう。
と、そこで隙を見たリリアがすかさず呪文を詠唱する。
すると炎の壁の一角を崩すように、水の柱が出現した。
刹那、築かれていた巨大な炎の壁が風と共に消え去る。
そして中にいたルーイとサシャが解放された。
「…………ブラッドリー様!」
「ど、銅バッジの男!」
ルーイとサシャは歓喜のあまり彼の名を呼ぶ。
ブラッドリーはそれにウィンクで答えると、再びシーラに相対する。
シーラは苛立ちを隠そうともせず、ヴァレハムに怒鳴り散らす。
「小賢しいっ。何をしているのですか、私とあなたでこんな奴など片付け――――」
そこで、彼女は気が付いた。
自分の横でさっきまで悠然と戦っていたヴァレハムが…………震えていた。
彼は見えるほど歯を強く食いしばり、ブラッドリーを見据えている。
彼は振り返ると、シーラに告げた。
「逃げてください、シーラ様」
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