07. 奇跡の再会

「そうですか」


「ああ、わりいなボウズ」


 ブラッドリーは煮え切らない表情で席を立つ。

 せめて快く話をしてくれた酔っ払いの老人に無礼の無いようにと、笑顔を取り繕う。


「まあ、また何かあったら教えてやっからよ」


「どーも。じゃあ、また今度」


 彼は老人に背を向けると、酒場の戸口に立つリリアの元に向かう。

 彼女も彼女でがやがやと騒がしい酒場の空気に当てられ、少し疲れていた。


「どうだった? 収獲は?」


「だめだ。ぜーんぜん」


「そう」


 彼女には友人について聞いて回っていると言っているが、本当は“魔王軍のその後”について聞きまわっていた。

 霧散してしまった魔王軍の消息を掴むためには、些細な情報でも喉から手が出るほど欲しい。

 だからこそ噂でもいいから、ブラッドリーは情報を欲していた。


 今のところ一番の目標は魔王軍配下の生き残りと接触し、状況を把握することだ。

 でないとこれからの方針も立てられない。


 しかし、どうやら魔王軍に関する噂は一切と言っていいほど無いようだ。


「それじゃあ、そろそろギルドに行きましょう」


「そうだな。くそ、そんな簡単には見つからねーか」


 ブラッドリーは不貞腐れた表情を浮かべながら、リリアの後に続いた。




 $$$$$$




「おいおい、お前の目的地って…………」


 ブラッドリーは周りの人混みから顔を隠すように、コートの襟を立てた。

 

「そうよ。文句ある?」


「おおありだバカ野郎。クネル伯爵が聞いたらタダじゃ済まないぞ」


 リリアは彼の忠告を無視して、人混みをかき分けずんずんと進んでいく。


 ここは“オクセル領”、ヴィガード街の中央にある巨大な冒険者ギルド。

 街を貫く大通りに負けず劣らず、ギルドの中も様々な人間で溢れかえっていた。

 依頼を受けに来た新米からベテランまで多様な冒険者に、そんな彼らに回復薬などを売りに来た商人。

 そして食事を提供する食堂の料理人など、素性は様々だ。


 吹き抜けのメインホールを進む二人は、ギルドの受付を目指していた。

 肩がぶつかる苦痛に耐え忍ぶことしばらく、二人はやっと受付にたどり着く。

 

 カウンターから女性の受付嬢が顔を覗かせる。


「いらっしゃいませ! どのようなご用件でしょうか」


 リリアは胸ポケットから銅のバッジを取り出し、それをカウンターに置いた。


「銅ランクの“アネス”よ。依頼を受けたいのだけれど」


 ブラッドリーはそれを聞いて首を傾げる。

 “アネス”とは…………もしかしてリリアのことだろうか?


「アネスさんですね。確認しました! それで今回はどのような依頼をご希望ですか?」


「盗賊の目撃情報、それか被害報告はない?」


 リリアがそう聞くと、受付嬢はあからさまに困惑した表情を浮かべる。


「アネスさん、盗賊の討伐依頼は銅ランクではまだ危険ですよ」


「いいから。あなたには関係ないでしょ?」


「ですが…………」


「別に禁止されている訳じゃないでしょ? だから出しなさい――――」


「おいおい、待て待て」


 遂に我慢できなくなったブラッドリーが割って入った。


「彼女の言い分はもっともだ。盗賊はまだ早い。もっとこう、なんというか害獣駆除から始めて…………」


「いやよ。盗賊依頼じゃないと受ける気はないの」

 

 流石にブラッドリーが彼女のわがままに辟易したところで、突然リリアが彼の腕を引っ張る。

 その表情は自信に満ちていた。


「そこで、彼が手伝ってくれるの」


「は?」


 受付嬢はしばらく唖然として、ブラッドリーとリリアとを見比べる。

 そして彼はまんまとリリアの姦計かんけいにはまってしまった事を悟った。


「左様ですか…………その、男性の方は既に登録済みでしょうか?」


「いえ、まだなの。だからよろしく」


「え? おいちょっと待て。俺は登録するとか一言も…………」


「かしこまりました! それでは、登録書類をご用意します。依頼も、お二人でしたら大丈夫ですね」


「おい聞けっ!」


 ブラッドリーの制止を無視したのか聞こえなかったのか、受付嬢はバタバタとカウンターの奥に消えていった。

 残された彼はあきれて眉間に手を当てる。


「俺は登録しねーぞ」


「お願い。あなたについてきてもらわないと、たぶん依頼受けられないから」


「だったら他の依頼を受ければいいだろ! というか、なんでそんなに盗賊に固執するんだよ。もっと他に良い依頼はあるだろうに」


 ブラッドリーの言い分はもっとももだ。


 別に盗賊に固執しなければ、条件も報酬も対等な別の依頼が無数にある。

 が、なぜか彼女は盗賊の討伐依頼に固執している。


 ふと、リリアの表情に影がかかる。



「――――私は、復讐するって誓ったから」



 ブラッドリーは一瞬、自分の耳を疑う。


「おい、お前…………」


「これ以上不幸な人が増えないように、そういうやからは徹底的に懲らしめてやらないと」


 リリアを問い詰めようとしたその時、丁度受付嬢が書類を抱えて帰ってきた。

 手際よく書類を広げる受付嬢を見て、彼は悶々もんもんとしたまま仕方なく言葉を飲み込んだ。


「お待たせしました。それでは、ここにお名前を記入していただければ完了です!」


 ブラッドリーはペンを受け取ると、躊躇なく自らの名前をすらすらと書く。

 名前で素性が割れることは恐らくない。

 なぜなら、彼は一度も戦場で自らの名を名乗ったことがないのだから。

 いつも戦場にスーツとネクタイで現れ、その飄々とした姿から敵は彼の事を“戦場の奇術師”と呼んで恐れていた。


 空欄に流暢に名前を書き終えるとブラッドリーはペンを放り投げる。


「ほらよ。これでいいか?」


「はい! これで、ええと…………ブラッドリー様の登録が完了しました。冒険者ランクは“銅”からスタートなので、これをお渡しておきます」


 受付嬢から銅のバッジを受け取ると、胸につけてみる。


 これで晴れてブラッドリーもここの冒険者として依頼を受けることができるようになった。

 ということで、リリアは脇目も振らず盗賊の依頼を受ける。

 彼は今更それを止める気にもなれず、何やら深いワケがありそうだが問い詰めなかった。


 依頼は街の近隣にある村の周辺で活動しているとされる盗賊の排除。

 目撃されたのはまだ一人。

 それが下見であることは明白だ。


「つまり襲撃はもうすぐって事ね」


「だな。定石だと情報を得て四日で結構ってところか。でないと、情報が古くなって使えないからな」


「…………あなた、戦術学でもやってたの?」


「え? あ、まあ、まあな」


 ついつい以前の調子で話してしまい、思わずブラッドリーは苦笑いをする。

 そうだ。今は魔王軍参謀ではなく、一端の冒険者。

 戦略とかうんぬんは考えなくていい。


「じゃあ準備すっか。こうなったからには、なにがあっても俺が一人残らずぶっ倒すから心配すんな」


 既にブラッドリーは容赦なく自らの力を振るうことを決めていた。

 もちろんそんなことをすれば正体がバレるリスクは増えるのだが、ブラッドリーにとってリリアは…………もう赤の他人ではないような気がしていたのだ。


 リリアはそれを聞くとクスリ、と笑う。


「そんなセリフ普通は痛すぎて聞いてられないけど、あなたが言うと…………なぜか安心できるわ」


「だろー? こう見えてもなかなか強いんだぞ。てか、お前が一番よく知ってるだろ」


「確かにそうね。それは私が保証するわ」


 ブラッドリーは不貞腐れた顔でぶつぶつと文句を垂れながら、淡々と準備を進めるリリアの傍についてまわる。


 回復用の薬草や消毒液を商人から買ったり、牽制用の投擲武器をいくつか購入したり。

 リリアの準備は万端になっていくが、ブラッドリーは何も買わずただついていくだけだ。


「ねえ、ブラッドリー」


「なんだ?」


「あなた回復薬も買ってないけど…………本当に大丈夫?」


 彼が強いことは誰よりも知っているが、しかしそれでも心配になってしまうほど何も買わないのだ。

 いくら強いと言えど、流石に軽い切り傷を負ったりするだろうに。

 しかし、ブラッドリーは頑なに「いらねーよ」と言って聞かない。


 と、そんなブラッドリーと口論になりそうになったとき、突然ギルドのホールがざわめきだす。

 

 冒険者から商人まで、ここにいる殆どの人たちが皆一様にギルドの入り口を見ていた。

 二人もその様子に気が付き、人混みの隙間から何とかそれを見ようとする。


「なんの騒ぎだ?」


 ブラッドリーが首を傾げる。


「分からない。けど、もしかしたら…………」


 彼女がそう言いかけた途端、人混みが捌けた。

 そして現れたのは――――群衆とは一線を画すオーラを放つ四人組。

 二人はその四人と目が合った。


 リリアはあっと声を上げ、そっとブラッドリーに耳打ちする。


「こいつら…………“レベースア”の連中よ」


「れ、れべーすあ? なんじゃそりゃ…………」


「一番上のランク“ダイヤモンド”のパーティーよ。かなり有名ね」


 ブラッドリーがさらに聞こうとしたところで、見ず知らずの冒険者が群衆の中から飛び出して、四人組とブラッドリーたちの間に割り込んできた。

 そして、その冒険者は声を荒げる。


「おい! レベースアが来たってのに道を開けねーのはどういうことだよ」


 突然現れたその冒険者の男に、リリアとブラッドリーは眉を顰める。

 ブラッドリーはカチンときてしまい、みっともなくその無礼な冒険者の男に食って掛かった。


「俺は知らねえぞ。そのスベスベみたいなよく分からん奴らは」


「んだと!?」


「大体、なんでお前に怒られなきゃなんねーんだよ。あんまりキャンキャン吠えてると、柱に繋ぐぞバカ犬」


「きさまあああ!」


 なぜか冒険者の男がキレて飛びかかろうとしたところで――――快活な男の声が、ホールに轟く。



「――――やめろ」



 その鶴の一声で冒険者の男は押し留まると、再び群衆の中に消えていった。

 ブラッドリーはその声を上げた男、四人組の先頭に立つ端麗な青年を睨みつけるように見ている。

 その中性的な面立ちは、皆を魅了するほどに美しい。


 端麗な青年は自信に満ちた足取りで、二人に近づいてきた。


「彼に代わって、僕が無礼を謝る。本当に悪かった――――えっ」


 不意に青年の表情が崩れる。

 が、それはブラッドリーも同じだった。


「お、お前…………」


「あ、あなたは…………」

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