05. 決闘
「手合わせぇ?」
「そうよ」
リリアは予備の剣を放り投げる。
「見た限り、例のヘンテコな魔法以外で、その腰に差してる剣で戦えそうだし」
彼女はブラッドリーの腰に差さっている無骨な柄を顎で指す。
彼は困り果てて頭を掻く。
「これ厳密には剣じゃないんだよな」
「じゃあ何なの?」
「まあいつか見せるよ」
リリアは「ケチ」と吐き捨てると、自分も木でできた訓練用の剣を手に取る。
それを腰のベルトに差し込む。
「やるの? やらないの?」
「なんでやりたいんだよ。別に今俺とやらなくたっていいだろ?」
「あなたと少し手合わせしてみたくなったの」
彼女はニヤリ、と口角を吊り上げる。
「私を助けてくれた恩人とね」
「ふーん。変な性癖だな」
「性癖じゃないから。変な事言わないで」
彼女は真顔で怒鳴ると腰の剣を引き抜く。
どうやらNOとは言わせないつもりらしい。
ブラッドリーも渋々地面の剣を拾うと、ひっくり返したり振り回したりして具合を確かめた。
手入れは行き届いているが、所々が擦り切れてしまっている。
毎日鍛錬を欠かしていないであろうことは、見て取れた。
「ほんとーにやるんだな」
「ええ、もちろん」
「その、なんというか。難易度はどうする?」
「難易度?」
「言われれば手加減もするって事だよ。どうする?」
リリアはムッとして剣を地面に突き立てた。
「何言ってるの。もちろん本気で来なさい」
「…………おいおいマジにやるのかよ」
まんまと流れに乗せられてしまい、ブラッドリーは仕方なく中庭の反対側に立つ。
相対するは、リリア。
二人の間は剣が届くか届かないかという絶妙な距離で。
決闘ならこれくらいが丁度いいのだと、彼女は言う。
月明りが中庭を照らし、夜風がリリアの黒髪を揺らす。
暗闇だというのに、彼女の黒髪は自らを強く主張している。
リリアは案外美人なんだなと、ブラッドリーその時になって気づいた。
月明りが似合う女性は大抵美しい。
「それじゃあ、いくわよ」
リリアが剣を構える。
続いて、ブラッドリーも剣を引き抜く。
――――不意に彼女は目を丸くした。
ブラッドリーの雰囲気が変わったのだ。
さっきまでマイペースでやる気の無さそうだったその瞳に――――“光”が宿っている。
顔つきは険しく、彼女の目を鋭いブラッドリーの視線が射抜く。
まるで感情を失ったかのようだ。
そんな彼を前にして、リリアは少し困惑していた。
しかし、
「――――はああっ!」
その邪念を振り払うように、リリアは飛び出す。
――――先手を打ったのだ。
疾風の如く飛翔する彼女は、その間合いを一気に詰める。
脚力に物を言わせただけのように思えるその突撃は、次への布石。
もちろん飛び来るリリアを迎撃しようと、ブラッドリーが剣を振って――――
リリアが横にさっと飛びのいた。
剣の攻撃半径を脱し、ブラッドリーの側面につく。
これこそ彼女の特技。
躱せない攻撃をフェイントとし、甘い脇腹を切り裂く。
彼女の作戦は完ぺきだった。
このまま剣を振り、ブラッドリーの脇腹を切り裂けば。
これで決着はついたようなもの。
「――――えっ」
切り裂こうとして、剣が空ぶる。
さっきまで剣を振り抜いていたはずのブラッドリーが、彼女の視界から消え失せていた。
いや、違う。
消えたのではない。
まるで
「くっ!」
…………リリアはその動きに見覚えがあった。
だから、彼女は咄嗟に飛びのこうとする。
が、遅い。
ブラッドリーがバネの様に弾け、地面すれすれをつむじ風のように飛ぶ。
体をねじり、彼女との差を一気に詰める。
彼が身体をねじっているせいで、リリアは狙いがさだめられずにいた。
「――――終わりだ、リリア」
足元まで来たところで、ブラッドリーは彼女の首に刃を突きつける。
リリアは首元に宛がわれた刃に恐る恐る視線を下ろす。
木剣といえど、剣は剣。
彼女は僅かだが死の恐怖を感じていた。
「…………降参よ」
リリアは力なく木製の剣をからんと地面に落す。
ブラッドリーも剣をだらんと下ろし、彼女から一歩離れた。
「あなた、剣術も強いのね」
「そう言うお前こそ、結構強いじゃねーかよ。剣術はあくまで趣味の範囲で~なんて言ってたから油断したぞ」
さっきまでの腑抜けた雰囲気が戻り、リリアは少し安心した。
しかし、あの獲物を射抜く視線。
あれはいったい何だったのだろうか。
「まさか我流だと思ってた私の剣術をあなたも使っているなんて、驚きね。一体誰から教わったの?」
「いや、あれはお前から今盗んだんだぞ」
「どういうこと?」
リリアは目を白黒させる。
たった今盗んだ? あり得ない。
人の技を見て盗むのは、当たり前だが至難の業だ。
見ただけでは到底習得できない。できるとしたら、この世に師弟関係など存在しない。
見て繰り返し自分でためし、身体に叩き込んでやっと習得できるのだ。
だからこそ、見て覚えるということは難しいのに。
「まさかね」
「こんな事で嘘つかねーよ。だって、俺の剣術は別にあるからな」
「え、え?」
リリアは再び目を白黒させた。
「じゃあいつも使ってる剣術って何なのよ」
「うーん、説明するより見せたほうが手っ取り早いかな。名前とかないんだよな」
ブラッドリーはすっくと立ちあがると、剣を拾い上げ藁人形に相対する。
その構えは独特で、すこし引き気味な構え方。
はたしてそれで相手が切れるのか、リリアはふと疑問に思った。
「じゃあいくぞ」
ブラッドリーは合図とともに右足を踏み込んだ。
――――と思っていたが、いつの間にか重心が左足に移動している。
「どういうこと…………」
リリアは目をこすった。
瞬きする間もなく、彼の重心が入れ替わっている。
しかも右から左に斬っていたというのに、いつの間にか逆向きに。
フラフラと、彼の身体はまるで稲穂のように揺れていた。
これは目の錯覚なのか、それとも本当に揺れているのか。
彼はそのまま剣で斬りつけると、藁人形から線維が飛び散った。
「こんな感じだ」
「…………分からない」
「なんだと」
「見てても分からなかったから、口頭で説明してよ」
「ったく我がままだなぁ」
ブラッドリーは面倒くさそうに剣をすて、石垣に腰を掛けた。
「あれが俺の我流だ。…………端的に言えば、重心を定めない」
「重心を定めないって。定めなきゃ踏み込んで剣を思いっきり振れないじゃない」
「思い切り振らなくていいんだよ。重心を定めなければ、敵は俺の動きを読めない。そこで、浅くても良いから斬りつけるんだ。主に手首や腰、首をね。…………具体的には、大きな血管の通る個所を、な」
リリアはそれを聞いてはっとした。
確かにそうだ。
弱点なら浅くても致命傷、もしくは即死に持ち込めるかもしれない。
鎧を断ち切るために力をこめる事ばかりに気が行ってしまっていたが、その戦い方は十分実用的だ。
それに重心が定まっていないなら相手を
がしかし、そんな高等技術を習得するのには何年かかる事やら。
それに鎧の隙間を斬りつけるなんて人間離れした技、すぐ習得できるはずがない。
リリアはその鍛錬を想像して、気が遠くなった。
「凄いわね、あなた」
「そりゃどーも。こう見えても一応努力はしてるからな。これで下手だったら泣くよ」
二人の熱はすっかり冷め、あたりは静寂に包まれた。
リリアは星を見上げる。
それに気が付いたブラッドリーも、真似るように空を仰ぎ見た。
今日は雲もなく綺麗な星空が見える。
「本気、出してなかったでしょ」
ふと、リリアが零す。
「…………剣術に関しては、あれが本気だ」
「じゃあ、もし魔法も併せたら?」
ブラッドリーは黙ってしまう。
完全に図星だった。
彼の戦い方は彼女の想像する通り、剣術と魔術を組み合わせた我流。
一部では“
しかし、さっきの一騎打ちで彼は魔法を使わなかった。
だからこそ、リリアは手加減したと判断したのだ。
「勝ったんだからいいだろ?」
「まあ、それもそうね。魔法なんか使われた日には、私なんて手も足も出ないだろうから」
「そんな卑下すんな。冗談抜きで、お前には才能がある」
リリアはその言葉に驚き、ブラッドリーの横顔を見る。
「ほんと?」
「ああ。飛び出してからの体のコントロール、あれは努力では何ともならない。ありゃ才能だ。お前はそれを…………難なくこなせてるからな」
ブラッドリーは何故かこっぱずかしい気持ちになって顔を背ける。
その横でリリアは「そっか」と呟くと、どこか嬉しそうに地面を見つめていた。
ふと、リリアは髪留めを外すと、
ブラッドリーはその仕草に見惚れてしまった。
が、例のドームを思い出してそんな思いもかき消されてしまう。
俺は一体何をしているんだ。
他に、他にやることがあるんじゃないか。
そんな焦燥感に駆られ始めた。
が、彼女の一言でそんな不安も紛れる。
「――――ありがとう」
ブラッドリーは驚いて彼女の横顔を見る。
「突然どうした」
「救ってくれて、ありがとう。…………貴方が来なかったら、もうここで剣を振ることも出来なかっただろうから」
リリアは自分の体を抱く。
肩を震わせ、まるで自分を温めようとしているかの如く、強く強く抱きしめていた。
その様子を見て、ブラッドリーはハッとした。
彼女はまだ恐れている。
気丈に振舞って見せてはいるが、本当はまだ怖いのだ。
未だに彼女の心だけが、あの牢獄に取り残されている。
あの、地獄のような地下牢に。
理不尽だけが残された、人生の終点に…………
「――――えっ」
ブラッドリーが、ぎゅっとリリアを抱き寄せる。
「…………どうだ、ちょっとは安心したか?」
「う、うん」
「こーやってると、温かくて落ち着くだろ」
彼は満足気にほほ笑むと、リリアも嬉しそうに口元を綻ばせる。
彼女のこんなに屈託の無い笑みを、彼は初めて見た。
「心配すんな。今は俺が傍に居るから」
リリアはその言葉に驚き顔を上げる。
が、ブラッドリーはただ星を眺めているだけだった。
「もう、バカ」
彼女は一言愚痴ると、ブラッドリーの胸に顔を埋める。
その頬は真っ赤に染まっていた。
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