第14話 帰り道

「……こんなことならもうちょっと早く合コンを抜ければよかったわね」

「あはは、あれ以上早く抜けるタイミングはなかったと思うけどね」

 外もさらに冷え込み、悠々と月が浮かぶ時刻、23時過ぎ。

 駅から電車に乗り、夜道を歩きながら玲奈の自宅まで送り届ける蓮也がいた。


「楽しかったわ。大学に入ってから一番」

「『本当!?』って言いたいところだけど、玲奈のことだから『合コンが』でしょ? 空中経路に行ったことじゃなくて」

「レンみたいに上げて落とすようなことはしないわよ。あなたと行った空中経路の方よ」

「えっ、マジなの?」

 戯けた口調を使ったものの、当たり前に訂正をされて素の反応をしてしまう。


「な、なんでそんなに意外そうにするのよ。わたしの元カレでしょ?」

「いや、合コンも楽しんでるように見えたし……」

「自由時間でハブられたのに? 仕方がないとは言っても居心地悪かったわよ」

「あっ、確かにそんなこともあったっけ」

「ふふ、まあ楽しくなかったと言ったら嘘になるけど、もう合コンは十分ね。元々初対面同士が関わる場は苦手だから。……やっぱり、レンみたいな人といる方が楽よ」

 歩調はゆっくり。横目で蓮也を見る玲奈は微笑を浮かべた後、『あ』と、声を出す。


「そう言えばまだお礼を言ってなかったわね、ごめんなさい」

「お礼? 感謝されるようなことはしてないような」

「今実際にしているじゃないの。こんな時間なのに送ってくれてありがとう、レン。わたしの家からあなたの家は遠いのに」

「ああー、それか。いやいや、むしろ送らせてくれてありがとう。今日は最後まで玲奈と話したかったから」

「っ……。キザなことも言えるようになって。本当」

 息を呑んだと思えば、華奢な体でポンッと体当たりしてくる。


「そんなこと言うけど、まだ一回しか付き合った経験ないけどね? 俺」

「それが言えたらもう十分よ。う、嬉しくなったわ。そう言われて……」

「俺も玲奈にお礼言われて嬉しかった」

「は、はあ? なによそれ。チョロすぎ」

「自分のことは棚に上げちゃって」

「ベクトルが違うわよよ」

「そこで正論言わなくても」

 自然消滅の原因が解決したことで、気がつけば『強がる』という行為も薄くなっていた。

 お互い、自然体でやり取りができていた。


「……ねえレン。あやふやになっていたことにケリつけましょうよ」

「もしかして、クリスマスイブのこと?」

「え、ええ。そうよ」

「その件ならもう解決してるでしょ? 俺の口からは言いたくないけど、玲奈には誘う人が別にいるんだから、頑張って行動しなきゃ」

「えっ? ど、どういう意味よそれ……」

 玲奈には心当たりがない。あるはずがない。

 強がられる、からかれる、意地悪をされる。この3つを行われた結果、蓮也が導き出した答えなのだから。


「だから、玲奈には好きな人がいるんでしょ……? プレゼントももらったことがあるって言ってたから、良好な仲なんだろうし」

「……っ」

「だから、玲奈はその人を誘わなきゃ。勇気を出して。俺なんかと過ごしてると、せっかくの恋を逃しちゃうよ」

「…………」

「あ、俺はふてくしてるわけでも、文句を言ってるわけでもないよ。……ただ、こんな関係にしちゃった俺ができるのは、新しい恋を応援することだけだから。当然だけど、俺は玲奈に嫌われちゃってるしね、あはは……」

 作った苦笑いを浮かべる蓮也は、頬を掻きながら言葉を続ける。


「今日のやり取りは、元恋人と最後の遊びっていうか、区切りをつけるための行動だったんでしょ? 自然消滅した理由が理由だったから」

「はあ……。もう、相変わらず頭が硬いわね、レンは。そんなのだから特待生のくせに『バカ』って言われるのよ」

「いや、そんなこと言われても……」

 本気の意見を伝えた蓮也だったが、返ってきた答えはまさかの呆れ。

 なにがなんだかわからずに首を傾げたその瞬間である。

「っ」

 玲奈は……無防備になっていた蓮也の小指を握ると、抵抗されるよりも早くボソリと呟くのだ。


「別れたか、別れていないかもわからない状態でわたしが好きな人を作れると思っているの……? プレゼントをくれた人、あなたは、、、、当てはまってるじゃない」

「ッ!!」

「もう言わないわよ。これ以上はもうなにも言わないから」

 最大のヒント。そして、玲奈にとって今日一番勇気の出した言葉。


「で? さっさと返事をしなさいよ。クリスマスイブはわたしと遊ぶの? 遊ばないの?」

「じ、じゃあ遊ぶ……?」

「ん」

 恥ずかしいやり取りに、未だ繋がれた手に、二人の顔は真っ赤だった。

 暗い夜道でなければ、その色はすぐにバレていたころだろう。


 それから約10分。

「……」

「……」

 お互い無言のまま足を進め、気づけば玲奈が住むマンションにまで到着していた。

 2年ぶりに繋いだその手を離したのは彼女であり、すぐに弁明が始まる。


「手を離すタイミングがわからなかっただけだから、勘違いしないでよね」

「あ、あはは。正直そんなことだろうと思った」

「わ、わかっていたらいいのよ……。さ、さて、お家に着いたからわたしは帰るわね。立ち話をすればするだけレンの帰りが遅くなっちゃうから」

「わかった」

「……それじゃ、また連絡するから今度は返してちょうだいよ」

「もちろん」

 これが最後の確認。


「な、なら……ばいばい」

「ははっ、おやすみ、玲奈」

「うん、レンもおやすみ」

 手を振り合い、玲奈は背中を向けてエントランスに一歩一歩近づいていく。

 その様子を見続ける蓮也の視線に気づいたのか、彼女は立ち止まって再び振り返った。


「レン」

「な、なに?」

「……あなたはわたしの初めての人だってこと、忘れないでよね」

 ——そんな意味深な言葉を残して、返事も聞かずにマンションに入っていく玲奈だった。



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