第13話 空中経路②
「ねえ、さっきのこと悠樹が勝手に言ってるだけだから。本当に」
「……そんな恥ずかしいこと何度も蒸し返さなくていいわよ。もうそれでいいから、それで」
「そ、それでいいって言い方はおかしいから……」
その後のこと。
歩みを止め、街の夜景を立ち見しながら先ほどの件についてやり取りする二人がいた。
「はあ……」
「あなたがため息を吐くのは間違ってるでしょ? 一体どんな考えをしているのよ。あんなメールを見せてくるなんて」
「あんなメールだと知ってたら見せてないよ……」
先ほどまで強がっていた蓮也はもういない。
顔を手で押さえたり、視線を右往左往したり、落ち着きのない姿でいる。
その一方、なんとか冷静を保っている玲奈は、髪に隠れた耳を真っ赤に染めていた。
「……って、ズルいよ玲奈。メールの内容からするに、俺と付き合っていたことは内緒にして悠樹からいろいろ聞いてたみたいだし」
「わたしの友達もあの合コンにいたんだから、条件は同じよ。行動しない方が悪い」
正論である。それを一番に理解する蓮也は、突っかかることなく話題を移す。
「……このメールを見てやっとわかったよ。席替えで俺と対面した時、なんでニヤニヤしてたのか。そりゃ笑いたくもなるわ……」
「強がってるのはなんとなくわかったわ」
「……でしょーね。悠樹がなにを言ったのかは知らないけど、おおよそのことは筒抜けだろうし」
バレているのなら、もう隠しても意味がない。
二人きりの空間。誰の邪魔が入ることもなく、むず痒い話は続いていく。
「ねえレン、わたし……本当に意味がわからないわ。ギスギスするようなことを言っちゃうけど」
「な、なに?」
「2年前、どうしてあんなことになったのか」
「ッ」
悠樹からのメールを見なければ、このような空気にならなければ、話題に出すことはなかっただろう……。
「あなたがそんな気持ちでいてくれたのなら、少なくとも自然消滅はなかったでしょ……? 違う?」
「ま、まあ、違く……ないよ」
「そうでしょ」
自然消滅になる大きな理由は、相手に関心がなくなる。どうでもよくなる。興味がなくなる。と言ったもの。
好意があるならば本来は起こり得ないこと。
真剣な表情を作り、オレンジの瞳を蓮也に向ける玲奈は、首を傾げて追及するのだ。
「ねえ、レンはどうして連絡をしてくれなかったの? ううん、どうして
「……え? 無視ってなにそれ。俺は無視なんかしないよ。するわけないじゃん」
「駅前で会った時に言ったじゃない。わたしは連絡したって。連絡していないのは蓮也の方よ」
「いや、でも俺の方には届いてないし……」
「わたしは確実に送ったわよ。証拠の写真だってあるんだから」
「証拠……?」
『送った』と言う玲奈と、『届いていない』という蓮也。
すれ違いが起こっているのは明白。
スマホを取り出してアルバムを漁っている彼女を見ていれば、すぐに証拠を見せてきたのだ。
「ほら。送っているでしょ。じっくり見なさいよ」
「ッ! ほ、本当だ……」
玲奈からスマホを受け取り、確認を取れば本当に送信されている写真があった。
『こっちの大学はようやく落ち着いてきたわ。レンの方はどう?』
『返信がないあたり、まだ忙しいのね。落ち着いたら連絡ちょうだい』
この二つの内容が。
「もちろん加工なんてしていないから。だから見逃しているのは蓮也なのよ。……わ、わたしが改めてメールを送らなかったのは悪いけど」
「でも俺、玲奈のメールは絶対見逃さないよ。彼女からのメールなんだし……」
「確かに大学に入って初めてよね。だからわたし、レンが別の彼女を作ったから連絡ができなくなったんじゃないかって思っていたわ。あなたってなんだかんだモテるし」
「お、俺が二股なんてするわけないでしょ!? って、ちょっと止まって。玲奈がメールを送ってくれたこの日にち、俺がスマホの機種変更した日かも……」
「えっ!?」
機種変更。その言葉で玲奈は目を大きくする。
スマホに詳しくなければ、起こりゆることがある。
今までのメール履歴が全て消えるというものが。全てリセットされ、送られたメールも見れなくなる現象が。
「レン、もしかしてその日と重なったからこのメールが見られなかったとでも言うの? 自動バックアップの設定は?」
「し、してなかったし、使ってたスマホは下取りに出したから……」
「は、はあ? なっ、なによそれ。アホらしいわ」
「ほ、本当にごめん……。本当に……」
「ごめんじゃ済まされないわよ……」
不運が重なったのは言うまでもない。
「レン。これはあなたが悪いわよ……。機種変更をうんぬんにしても、あなたが催促のメールをくれてさえいれば、こんなことにはならなかったのだから……」
「玲奈はちゃんと連絡してくれてるんだもんね。その通りだよ」
「はあ。あなたのことだから、わたしから連絡がくるって信じていたからなんでしょうけど、もうちょっと積極的になりなさいよ。それで結局期間が開いちゃって連絡できなくなったんでしょ? 『もう自然消滅してる』とか思われてるだろう、とかで」
「うん……。自然消滅したからもう別の彼氏を作ってるかもしれないとか、今更連絡しても迷惑なんじゃないかとか、いろいろ考えちゃって……。本当にバカなことしたよ……」
真相が解明した。
そもそも未だに未練を持つ二人なのだ。
どちらかがもう少し積極的になっていれば、この問題はすぐに解決できていただろう。
がっつくことで嫌われたくない——なんて不安をどちらかが乗り越えてさえすれば。
「……でもそっか。こんな小さなことで自然消滅しちゃうなんて。……バカみたい」
「ね、今じゃ玲奈は俺のことが嫌いみたいだし……」
「ええ、次の彼氏はレンに似た男の人で、積極的な人にするわ。悠樹さんなんて少しアリかもしれないわね?」
「ッ!? ちょっとそれは……」
「ふふっ、冗談とは言ってあげないんだから」
約2年のモヤモヤが取れ、二人の表情はお互いの後悔を隠すように、柔らかい笑顔が浮かんでいた。
「レン、せっかくだから二人で写真撮りましょうか。夜景をバックにして」
「な、なんかそれはそれで恥ずかしいな……」
「あなたに拒否権はないけどね。ここに誘った責任は取ってもらうんだから」
「べ、別に嫌なわけじゃないって。あと、俺にもちょうだいよ? 撮った写真」
「ふふ、わかってるわよ。欲しくて仕方がないでしょうしね、レンはわたしのこと好きだから」
「だ、だからそれは……。はあ、もういいよ、それで」
「もう、写真撮る前に拗ねないでよね」
左手で蓮也の肩をパンチする玲奈は、スマホを起動させてすぐにカメラモードに切り替える。
「それじゃ、レンの肩……少し貸してもらうから」
「お、おう……」
その小さな声が、写真を撮る前のやり取り。
スマホの画面には、緊張した顔で映る蓮也と、その肩に顔をつけている玲奈がいる。
「撮るわよ?」
「は、はい。どうぞ」
「じゃ、はいチーズ」
——カシャ。
シャッター音。そして、撮った写真を確認。
「ねえ、レン。あなたやる気ある? なんでこのタイミングでまばたきしてるのよ」
「いや、ちょっと緊張して……。玲奈があんなに近くにくるし……」
「ツーショットなんだから当たり前じゃない。ほら、もう一回撮るわよ。今度はピースしなさいよ。わたしと一緒に」
「了解……」
「ふふっ、なんか楽しいわね」
「……うん、本当にね」
そうして、空中経路で何枚もの写真を撮った二人は、ライトアップが切れる時間まで、この駅でカップルのような時間を過ごすのだった。
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