第12話 空中経路①
「……カップルでいっぱいね」
「まあ、そんなスポットだし、クリスマスシーズンでもあるから」
駅の10階。
鉄骨とガラスで作られた空中経路、またの名を展望台に足を踏み入れた二人は、夜景の感想よりも早く、こんな感想を漏らしていた。
「みんな手を繋いでいるのね……」
「羨ましいってこと?」
「はあ? 全っ然。だってわたしの隣にいる男は、意地を張って、素直じゃなくて、融通も効かないんだもの」
「酷い言い草で。その自覚はあるけど」
と、軽く返す蓮也だが、言っていることに間違いはないだろう。
しかし、これは玲奈自身にも当てはまっていることである……。
「自覚があるのは幸いね。そんなわけだから、わたし達が周りから恋人に見られることはあり得ないでしょうね」
「……ねえ、玲奈。玲奈はそう見られない方が嬉しいわけ?」
「っ、なによその質問……。そんなこと言うレンは……ど、どう思ってるのよ」
「先に質問したのは俺ね?」
空中経路は声が響く。周りの空気を壊さないためにも、ボリュームを落としながらゆっくりと足を進めていく。
「普通こんなことは男から先に言うものでしょ……」
呆れと前置きを作った玲奈は、そのまま言葉を続ける。
「一つ確認だけど、わたしが答えたらレンも答えてくれるんでしょうね」
「それはもちろん」
「そ。なら先に答えてあげるわ。レンと違って
口を尖らせて睨むように聞いてきた玲奈は、この約束を結んだ途端に表情を解く。
そして、言うのだ。視線を逸らしながら——。
「わ、わたしは……どっちでもって……感じだけど?」
「えっ? ん? いやいや、なにそのどっちでもって。『嬉しい』か『嬉しくない』かの2択で言ってくれないと」
強い態度から一変して弱気になった姿に、逆に動揺させられてしまう。
「だ、だからどっちでもって言ってるじゃない」
「なんだそれ……」
答えを変えるつもりはないらしい。それは関わりがあるからこそわかること。
「じゃあ『
「……ふんっ、だから好きにすればいいじゃない。こんな答えで嬉しがってるなんて、ど、童貞みたいね」
「どこをどう見たら俺が嬉しがってるって思うんだか……」
仮に嬉しいと思ってくれていたとしても、相手からの言葉で伝えてくれなければ、意味がない。
「はあ。照れるならその煽りしなければいいのに」
「べ、別に照れてなんかないわよ。このくらい何度も言えるんだから」
「へえー」
手で顔を扇ぎながら反論している玲奈だが、これでは信憑性のかけらもない。
それだけでなく、顔まで赤くしているのだ。
中身のない返事でからかう蓮也である。
「そ、それよりも、次は蓮也の番。わたしは答えたのだから約束はちゃんと守りなさいよ」
『答え方が不十分』なんてツッコミが入る前に、玲奈は上手に追及する。
「あ、あなたは……どう思っているのよ……。周りからわたしが恋人だと見られること……。男なんだから『嬉しい』か『嬉しくない』かで答えなさいよ」
「俺? 俺は普通に嬉しいけど」
「っ!」
予想もしていなかった素直な返しに、目を見張りながら胸を高鳴らせる。
嬉しい内容を聞かされる。当たり前にそう思った玲奈だったが……。
「だってデートスポットだから、恋人に見られた方が馴染みやすいし」
「あ、あっそッ! どうせそんなことだろうと思ったわ! ふんっ!」
そうではなかった。
上げて落とされたことが怒りに変わるのは言うまでもないこと。
「……」
そんな彼女を尻目に見る蓮也は、しっかりとバツの悪い顔を作っていた。
(はあ、また素直になれなかった……。ここに誘う時は素直に誘えたのに……。どうしてこうなっちゃうんだよ……)
頭の中では素直になって玲奈と仲良くなりたいと思っている。が、それが上手にできない。
どうしてこうなってしまうのか……。それがわからないというのが正直な気持ちだった。
「……」
「……」
時は元に戻せない。ここで訪れるのは、重苦しい無言。
蓮也は間違いなく言葉を間違えただろう。一番してはいけない立ち回りを取ってしまっただろう。
(ほ、本当にやっちゃいけないことしたよな、俺……)
そんな後悔を一瞬で感じた時である。
——ピロン、と
「……女の子からでしょ? どうせ。『明日遊べない?』とか」
蓮也の通知に反応したのは、機嫌を損ねた玲奈である。
「え? いやいや違うって! 俺、こんな時間に女の人から連絡来たことないし! どうせ悠樹だよ。『二次会いい調子だぜ』みたいな」
「その必死さが怪しいけど」
「そこまで言うなら、連絡をくれた人とその内容を見せるよ。こんな時間に女の人から連絡来たことないんだから、本当に!」
先ほどのミスを取り戻すために必死になるのは当たり前。しっかり弁明を挟み、スマホを取り出すと、玲奈は眉を上げて視線を向けてくる
「へえ、そんなに自信があるなら見せてもらおうじゃない」
「いいよ。この時間なら絶対に悠樹だし」
そう言い終え、画面をタップすれば通知欄が出てくる。
「ほら、悠樹からだった!」
「……そ、そうみたいね」
名前を見て安堵。すぐに蓮也は表示画面を見せる。
「で、その内容は? 悠樹さんは陽気そうだから、『可愛い女の子呼ぶから一緒に遊ぼう』なんてお誘いなんじゃないの?」
「そんな誘い来たことないよ……」
手を振って否定。そうして通知からLAINを開き、パスワードを打ち込む。
「でも、なんか『本当にすまん』みたいな謝罪を書いてたような……」
「『お前が月宮ちゃん』のところで区切れていたけど……。なんなのかしら」
長文の内容を書いている場合、全てのメッセージが通知で見れるわけではない。
通知欄で見れたのは、謝罪と二人の名前。
お互い頭の上にハテナを浮かべながら、蓮也はパスワードを解除させ、玲奈はスマホを覗き込む。
『そこまで言うなら、連絡をくれた人とその内容を見せるよ』なんて言ったばかりに、とんでもない内容を読んでしまうことも知らずに。
そうして、二人は一緒に読むのだ。通知に表示されていた文字の続きを——。
『蓮也、本当にすまん! お前が月宮ちゃんと付き合っていたことなんて知らなかったから、お前が元カノを今でも好きでいること教えちまった! めちゃくちゃからかわれるかもだ!!』
「……」
「……」
心の準備も出来ていなかった状態で知らされる衝撃的な内容に、石のように固まる蓮也。
さらには、スマホを覗き込んだ玲奈も同じように固まる。
「ッ! ちょちょちょこれは違うって!」
スマホに釘付けにされていたのはおおよそ15秒……。
ハッと我に返った蓮也は、スマホを勢いよくポケットに入れるが、もう遅い。
「レ、レン……。あ、あなたって……。わ、わたし聞いてないわよ……。す、
「いやいや! お、俺だって好きなんて言ってないし!! これは悠樹が大袈裟に言ってるだけ! 言ったのは未練があって忘れられないとか、また仲良くなりた…………ぁ」
「なっ、なっ……」
「あっ、待って、これも違うって!」
「〜〜〜っっ!!」
「だ、だから違うんだって!!」
心のうちが漏れた蓮也の言葉と、最後まで言わずとも伝わる内容。
上げて、下げられ、ここで再度大きく上げられ、日焼けのない玲奈の白い顔は、一瞬で真っ赤に変わる。
本人の態度から、悠樹から聞いていたことは全て事実だったのだと、確固たる情報へとアップデートされるのだ。
「……」
「……」
お互いはもうパンクする。
口を結んだまま両手をブンブン振り、どうにか弁明しようとする蓮也と、『ううぅぅう』と唸りながら首を横に振る玲奈。
この時間、この空中経路で一番イチャイチャを始めたのは、元恋人のこの二人で間違いないだろう。
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