第10話 夜の駅の中①

「綺麗ね。やっぱり」

「めっちゃデカい」

「ふふっ、それもそうだけど」

 それから、目的地の駅に辿り着いた蓮也と玲奈は、エスカレーターで2階に上がり、11月中旬からクリスマス限定で設置されるイルミネーション付きの巨大クリスマスツリーを見上げていた。


 この駅は街の夜景を見渡すことができる空中経路も作られている。

 有名なデートスポットになっていることもあり、周りはカップルも多く——そんな空間にしっかり溶け込んでいる二人でもあった。


「このクリスマスツリーって駅の天井まで届きそうよね、本当。どのように設置しているのかしら」

「確か高さが22メートルくらいあるんだっけ?」

「うん。レンの身長で例えると……12人と半分くらいが積み重なっている計算ね」

「玲奈の身長で例えると、約14人か」

「計算早くなったわね。数系は苦手のレンだったのに」

「いや、勘。今でも苦手」

「……はあ、なによそれ。褒めて損したじゃない」

「それはそれはすみませんでしたと」

 呆れのため息からジト目の視線を送ってくる玲奈に対し、噛み付くことなく言い流す。


「ふふ」

「ははっ」

 そのまま顔を合わせれば、目を細めて笑い合う。

 ハンカチの一件で距離が縮まり、心がほぐれたのは言うまでもないだろう。

 二人は再びツリーを見上げながら話す。


「クリスマスね、もうすぐで」

「確かに。あと一ヶ月もないんだもんなぁ……」

 今日の日付は12月3日。クリスマスまで残り3週間ほど。


「ね、レンはクリスマス予定あるの? 悠樹さんから聞いたけど、モテているそうじゃない」

「いや、それは悠樹が大袈裟に言ってるだけだって」

「ふーん? とてもそうは思えないけどね。居酒屋で女の子と抜け駆けしていた件もあるし」

「そ、それは違うって。ただ後輩と話してただけ」

「まあ別にいいけどね。レンがモテていようが気にしてなんかいないから」

「じゃあ聞かなくていいのに……」

「うるさいわね……。ただの話題作りよ」

 素直になることができれば、もう少しお互いの距離は縮まるだろう。

 しかし、それができないのがこの自然消滅という関係である。


「……で、どうなのよ? 予定は」

 緊張の一瞬に目を泳がせる。

 そして、このソワソワを隠すように、自動販売機で買った桃の天然水に口をつけるのだ。


「いやぁ、逆に聞くけどあると思う? 合コンのサポート役を任されるような人に」

「じゃあ……ないの?」

「ないよ。クリぼっちってやつ」

「ぷっ、それは寂しいわね」

「今笑ったな?」

「それはそうでしょ。リア充だった元カレがクリぼっちなんだから」

 緊張からの緩和である。

 人の不幸は蜜の味であり、玲奈にとって嬉しくないわけがないのだ。

 ニヤニヤとなるのは当たり前で——嬉しい気持ちを表情で悟られないように、横顔を向けて話を続けるのだ。


「……ちなみに、悠樹さんと遊んだりはしないの? それだと寂しくはないじゃない」

「一応遊ぶ予定にはなってるけど、悠樹が彼女を作れたらこの話はナシって感じ」

「それは可哀想ね。レンが」

「って、他人事のように言ってるけど、玲奈だってクリぼっちでしょ? あの合コンに参加できたくらいだし。……ち、違うの?」

 こちらもまた緊張の一瞬である。

 蓮也は願望を持って聞く。聞いたらすぐに自動販売機で買った天然水を飲む。

 玲奈と同じようにソワソワを隠す行動を取るが、残念ながらこれは悪手に働くことになる。


「ふふ、ごめんなさいね。あなたのお仲間になれなくて。わたしは予定入っているの」

「ッ!? ゴホッ、ぅ、は、はあ!?」

 平静を取り繕っていた代償である。

 咳き込み、頓狂な声を上げ、動揺を露わにしてしまう。


「で、でも玲奈は合コンに参加してたし……」

「言ったでしょ? わたしが合コンに参加した理由は、女遊びを覚えたあなたを一目見たかっただけって。出会いを求めていたわけじゃないから」

「いや、え……。じ、じゃあその……彼氏がいるってこと? 玲奈にはもう……」

「ううん、彼氏はいないわ。好きな人はいるけどね」

「へ、へえ……」

プレゼントをもらった、、、、、、、、、、こともあるのよ。いいでしょ?」

「……そ、そ、そうなんだ……。そっか…………」

 元カノであり、未練のある玲奈に好きな人がいる。プレゼントをもらったことがあるほど進展している。

 衝撃的で、聞きたくなかった事実に頭が真っ白になる。

 含みのある視線を向けられていたことには気づかずに……。


「玲奈、その好きな人って俺も知ってる人……?」

「……」

「……れ、玲奈?」

「さあ、どうでしょうねえ」

「そ、そんなこと言わずに教えてくれてもいいじゃん……」

 優位に立つ玲奈は濁すだけ。

 さらにモヤモヤを抱えることになる蓮也だが、意地悪はここで終わりである。

 いや、笑いを堪えきれなかったのだ。


「ふふふっ、レンってばわたしのことそんなに好きなの〜? 露骨に嫌そうな顔して」

「ッ!! い、意味わかないんだけど。なんでそうなるんだか……。じ、自意識過剰すぎでしょ。そんなわけないし、本当……」

「確かにそうかもしれないわね。だけど——」

 悠樹から貴重な情報を得ている玲奈なのだ。


ヘンな気持ちにはなったでしょ? それをあなたもしたのよ。わたしに」

「え? 俺が玲奈に……?」

「そう。その仕返し。あなたが悪いのよ(未練があるらしいのに、そんなことをして)」

「な、なんだよそれ……。心当たりなんかないんだけど……」

 玲奈は同じ気持ちを味わわせたのだ。

 あの居酒屋のスタッフ、『黒髪ボブの女の子とはどのような関係なのか……?』なんて思わせるような隠し方をした蓮也に。


「……あ、そうそう。クリスマスのイブ、、は空いているから、その点はレンとお仲間ね」

「いや、クリスマスの予定が埋まってる時点で同じ括りにはできないでしょ。友達と遊ぶならまだしも、男と二人きりで遊ぶんだろうし……」

「ん? なんのお話?」


 こうなることはわかっていた。

 上手な仕返しができた玲奈は、早速ネタバラシを始める。


「いや、だからさっきの……。玲奈の好きな人とクリスマス過ごすんじゃないの? だから、男と……さ」

「なにを言っているのよ。クリスマスは女子会をする予定なんだけど。わたしの通っている大学は女子大なんだから」

「えっ! そっち!?」

「考えればわかるでしょ……。仮に好きな人と予定を立てていたら、元カレと会うような真似しないわよ」

「あ、ああ……。そ、そっか。そうなんだ……」

「ん」

 ようやく状況を飲み込んだのか、蓮也は頬を掻きながら安堵の表情になる。ほんの少しだけニヤける。

 玲奈はその様子を尻目に見て……口角が上がる。

 それから、人差し指を使ってこっそり口角を意識的に下ろした後、何食わぬ顔で声をかけるのだ。


「ね、レン」

「なに?」

「あなた24日のイブは空いているんでしょ?」

「空いてるけど」

「さっきも言ったけど、わたしも空いているの」

「……」

「……」

 お互い真顔で向かい合う。その心の中で考えることは一緒だった。

 話の流れでおおよそのことを悟るのだ。


「聞いてる? わたしも空いているのよ。イブの日は」

「俺も空いてるけど」

「……」

「……」

 5秒ほどの間。


「空いているのよ……? わたし」

「だから俺も空いてるよ」

「……」

「……」

 次は10秒ほどの間。

 これでもう我慢の限界である。先に啖呵を切ったのは、先に話題を出した人物。

 片方の眉をピクピクと動かす玲奈は、桃の天然水が入ったペットボトルを蓮也に向けて、顔を赤くしたまま言い放つのだ。


「さ、さ、誘ってくれても別にいいけど? レンから。今なら頷いてあげるから」

「さっき変なことしたお詫びに玲奈から誘うべきでしょ? てか、この話題を振った責任を取って玲奈が誘うべきだし」

「なっ、なによそれ。わたしが(勇気を出して)話題を出したのだから、レンが収拾をつけなさいよ……」

「いやいや、話題に出した人が収集つけるべきだって」


『合コンのついで』だからこそ、楽に誘えて訪れられたわけだが、クリスマスイブというイベントではそうはいかない。


 二人は元カレと元カノの関係。さらには自然消滅した理由が曖昧なのだ。

 曖昧な状態だからこそ、恋人のイベントでは『誘った方が負け』と感じるもの。


 根本的なこじれは、距離が縮まっても変わらない。

 このスポットに相応しくない口喧嘩をしながら、二人は街の夜景が見える空中経路に移動するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る