第9話 駅に向かう夜道
『今日は楽しかった!』
『また機会があればよろしくー!』
『それじゃ、バイバーイ』
二次会のカラオケに参加しないのは、二組の男女の計4人。
居酒屋の外でそれぞれ挨拶を交わして、蓮也と玲奈は観光スポットにもなっている空中経路のある駅に向かって歩いていく。
「ねえ玲奈、自販機が見えたら飲み物買っていい? お酒久しぶり飲んだから、体が
「ん、大丈夫。わたしも買うから」
12月の冷たい空気に晒されている二人だが、汗をかきそうなほど熱を体に持っていた。
二人は共に20歳。共に合コンなどの会に参加したことはないため、お酒に飲み慣れているというわけでもなかったのだ。
「……レンとお酒飲んだの、今回が初めてね」
「あはは、それは確かに」
自然消滅したのは、おおよそ18歳の頃。まだ飲酒のできなかった年齢。
「って、玲奈はお酒弱い方でしょ? (いきなりあんなこと言ってきたぐらいだし)間違いなく」
「『強い』とは言われたことはないわ。悪酔いもしないけどね」
「めちゃくちゃしてたけど」
「してないわよ」
「してた」
「してないわ」
「……」
『してた』と繰り返せば、エンドレスなやり取りが続くだろう。
はあ、と大きなため息を吐く蓮也は、玲奈の華やかな横顔を見て——星の浮かぶ夜空を見上げる。
「あのさ、一ついい?」
「なによ改まって」
「俺がこんなこと言える立場じゃないのはわかってるし、お節介でもあるんだけど……男が参加するようなお酒の席は極力参加しない方がいいよ、玲奈は」
「どうして?」
「ど、どうしてって……。それはその、無理やりお酒を飲まされることがあるから。中にはわざと酔わせて、変なことをしようと考えてる人だっているだろうしさ」
「……」
「玲奈聞いてる? 返事くらいし——」
理由を答えたのにも拘らず無視をされた。
再び彼女の方に顔を向けて催促の声をあげようとした蓮也だが、最後までその言葉を口にすることはできなかった。
ニヤニヤと挑発的でいて、ご機嫌そうな表情でこちらを見ていたことで。
「え? なにその顔。このやり取りするのも2回目な気がするけど」
「別にー。ただ、そんなにわたしのことが心配なんだ? って思って」
「逆に聞くけど悪い? 心配して」
「っ、別に……。『悪い』とは言ってないわよ」
ニヤニヤした顔が驚きに変わり、『ふんっ!』とそっぽを向く。
してやられてたまるか。なんて意地で返した蓮也であるが、玲奈が視線を逸らした瞬間に、口を結んで後頭部をガシガシ掻く。
こうして恥ずかしさを必死に抑えるのだ。
「……」
「……」
変な空気になったのは、肌で感じること。
無言になりながら足だけを動かす。
その状態で数十秒。先にこの無言を破ったのは——。
「ねえ、レン」
未だそっぽを向きながらの玲奈だった。
「わたしを心配してくれるのは……嬉しくないわけじゃないわよ」
「そうなんだ」
「でもね、『お酒の席は極力参加しない方がいい』って意見、素直に聞かないから」
「ど、どう言う意味?」
「あなたにとって都合が良すぎなのよ。フェアじゃないって言っているの」
「は、はあ? なんでそうなるんだよ……」
首を傾げる蓮也だが、これが当たり前の反応だろう。心配をしたのにも拘らず、『都合が良すぎ』と一蹴されたのだから。
だが、『嬉しい』と答えた玲奈なのだ。意地悪をしているわけではない。
これにはしっかりとした理由があってのことだった。
「心配してくれたってことは、レンはわたしに参加してほしくないって思ってるわけでしょ? 少なからずお酒の席に」
「ま、まあ……。それはそうだけど」
「それが答えよ。レンは隠しごとをして、わたしになにも教えてくれないのに、自分の意見だけは通そうとしているじゃない。自分が心配にならないようにね」
「ッ!」
想像すらしておらず、言われなければわからなかった意見に蓮也は言葉を失う。
「可愛らしかった黒髪ボブの女の子の関係とかそう。お会計の時、レジの前で話し合っていたわよね。相変わらず親しそうに。それに、裾も握られていたくらいだし」
「……」
「それだけじゃないわ。ハンカチをなぜか見せようとしなかったわよね。本来、隠す必要のないものなのに」
「……」
刃物のような鋭さのある言葉をズバズバとかけてくる玲奈は、我慢していた嫉妬を露わにするように口を尖らせていた。
「隠したハンカチはどうせあの女の子からのプレゼントでしょ? で、わたしにバレるとごちゃごちゃしちゃうから隠したんじゃないの?」
悠樹からは聞いていた。
『蓮也は元カノのことを忘れられていない』
『元カノにめちゃくちゃ未練を持っている』
『自然消滅していると考えていても、新しく彼女を作ろうともしていない』
『今も好きなんだと思うぜ?』
そんなことを。
しかし、それはあくまで第三者の意見。浮かれていたが、よくよく考えてみればそう考えていない可能性だってある。
仮に当たっていても、今はもう考えを変えている可能性だってある。
「わたしのことを本当に心配しているのなら、レンの隠しごとを一つ教えて。教えてくれさえすれば、お酒の席には極力参加しないようにするから」
「……」
全容を聞けば、もっともすぎる意見だった。
『その条件を呑む代わりに、こちらの条件も呑め』と。
蓮也の隠しごとは二つ。
・あの居酒屋で働いていた大学の後輩、黒髪ボブの女の子との関係。
・なぜハンカチを隠そうとしたのか。
この流れになれば、どちらかを打ち明けなければならない。いや、打ち明けることは決まっていた。
どことも知れぬ男に、玲奈が無理やりお酒を飲まされるようなところは想像ししたくないのだから。
それから、酔い潰れた玲奈がお持ち帰りされるようなことも。
「どっちでもいいの? 教えることは」
「ええ。(あの女の子のことを聞きたいけど、それはそれでモヤモヤするし……)構わないわ」
「……なら、どうしてハンカチを隠したのか教える。その代わり、男が参加するような酒の席には極力——」
「わかってるわよ」
話は決まった。
「じゃあ教えて。どうしてハンカチを隠したりしたのよ。やっぱりあの子からプレゼントされたハンカチだから?」
「いや、違うよ。そんなのじゃないから」
足を止め、首を横に振る。
否定を行えば、大きく息を吸い込んで吐き出す。
「……」
深呼吸をして覚悟を決めた蓮也は、ポケットに手を入れて、畳んだハンカチをゆっくり取り出して、その一面を見せる。
「っ! そ、それって……」
「や、やっぱり覚えてるよね……あはは。覚えてると思ったから見せたくなかったんだよ」
蓮也が取り出したのは、縦と横にラインが入ったブランド物のハンカチ。
高校時代。付き合って半年の記念日に玲奈からもらったプレゼントだった。
「ち、ちょっと待って……。ま、まだ使っていたの? そんなもの……」
「『そんなもの』って言い草は酷いって。3年も使えるいいハンカチなんだから」
「だ、だって……」
照れ隠しが出てしまった玲奈の目にはしっかり映っている。
ほつれもなく、色落ちもないようなもので、新品のような綺麗なハンカチであることを。
蓮也が大切に扱ってくれているハンカチであることは、このプレゼントを選んだ玲奈が一番わかることだった。
「……バ、バッカじゃないの、本当……。そんなの隠したりして……」
この事実を知り、みるみるうちに顔が赤くなる。
ボソボソな声を出しながら、裾で必死に顔を隠す玲奈である。
「だ、だって気持ち悪いでしょ? 自然消滅してるのに、今でも使ってるなんてさ」
「……う、うるさい。大切なら別にいいじゃない。そんなの……」
「そ、そうかな?」
「何度も言わせないで」
「あ、あはは……。うん、ありがとうね。そう言ってくれて」
「っ、お礼なんか……言うな。当たり前のことよ」
「はいはい。あ、玲奈そこ右だよ」
「わ、わかってるわよっ!」
顔を隠したかったのか、歩くスピードをトコトコ早めた玲奈は、駅方向への曲がり角を曲がらずに、6歩ほど突き進んだ。
そんな強がる玲奈のバッグの中には、
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