第8話 合コン(終)

 席替えが終わり、気になった人と親睦を深める。そんな目的の自由時間を迎えた今。

「……」

 蓮也は孤立していた。

 そして、もう一人孤立している人物がいた。


「悠樹の言ってたこと、本当だったな……」

 首はそのまま。目をこっそりと横に動かしてそちらの様子を見る。

 隣のテーブルの角にポツンと座っているのは、銀の髪を耳にかけ、綺麗な姿勢でちびちびとお酒を飲んでいる玲奈だった。


 この自由時間が始まる前。悠樹から次のようなことを宣言されていたのだ。


『おい蓮也。自由時間になったらお前と月宮ちゃんハブられるぜ?』

『えっ? ハブられるってなんで?』

『どんな関係かは追及しねえが、お前らがめちゃくちゃ打ち解けてたからだよ。負け戦に自由時間を充てるようなやつはこの合コンに参加してねえってことだ』

『ま、負け戦って……』

 ——出会いを求めるこの場。

 席替えの段階では蓮也を狙う女子も、玲奈を狙う男子もいた。

 しかし、二人のやり取りを見て……付け入る隙がない、敵わないことを全員が悟っていたのだ。

 そうなれば、自由時間で相手にされることはなくなる。

『そっちは二人で自由にやってて』と、気を遣った流れにもなるのだ。


『蓮也、サポート役、、、、、としての勤めを果たしてくれな? これがいいキッカケになるかもだぜ? 新しい恋愛ができるかも、ってな』

『……わかったよ。一人にさせるのも可哀想だし……』

『ハハハッ、一人になるお前が言うことじゃねえだろ!』

 と、最後は腹を抱えて笑いながら。


「よし……」

 悠樹に言ったことは守らなければならない。いや、それは方便である。

(玲奈と話したい……。一人で過ごさせたくない)

 元カレとしては図々しい考え。しかし、これが本音だった。



 蓮也はお酒を一気に煽り、勢いのままに立ち上がる。

 そして——恥ずかしさを隠しながら、「玲奈」と、声をかけるのだ。


「……あら、どうしたの? まさか寂しくなったのかしら。一人ぼっちだから」

「玲奈がそうなんじゃない? ってツッコみたいところだけど、ツッコまないであげる」

「ツッコミ入れてるじゃない。別にそうじゃないからいいけど。……で、なによ」

「こっちで話そう? 俺の相手をしてほしいなって」

「……」

「……」

「…………」

「…………え? 無視は酷くない?」

 長い間が訪れる。

 我慢できずに催促すれば、玲奈は答えてくれた。


「わ、わかったわよ。でも……今日はそんな気分なだけだから。勘違いしないでよね、レン」

「はいはい」

 人差し指で髪を巻きながら視線を逸らしている。

 高校時代とは変わらないその仕草を見て、薄っすらと口元を緩ませながらあしらう返事をする蓮也だった。



∮    ∮    ∮    ∮



「で、『俺の相手をしてほしい』って言われたわたしだけど、なにをすればいいの? 意地悪?」

「なんでそうなるんだか……。ただ話すだけ」

「ふーん。そんなにわたしと話したかったんだ? レンは」

「話したくない相手を誘ったりはしないよ」

「っ……」

 オレンジ色の目をまん丸にして、あからさまに息を呑む玲奈。

 蓮也は決めていたのだ。

 二人っきりの空間を作れたのなら、変に強がるようなことはやめようと。

 合コンの終わりが刻々と近づいていることを理解して。


「あ、これさっき頼んだポテサラ。玲奈も食べる? なんか思ったより量があってさ」

「もう……。金額を見れば量が多いのはわかったでしょうに」

 お皿にもっこりと乗ったポテトサラダを玲奈の前に持ってくれば、半ば呆れたような優しい表情を浮かべた。


「それに、『食べる?』じゃなくて『食べてほしい』の間違いでしょ?」

「無理いはできないなって思って。玲奈も飲み食いしてるだろうし」

「ふふっ、そんな気遣いはいらないわよ」

 人一倍容姿が整っている玲奈は、近寄り難いオーラを持っている。

 しかし、目を細めてふにゃっと笑った時には、一気に親しみやすさが溢れる。

 大人っぽくなっているが——昔と変わらない笑顔。

 見慣れていたその表情を懐かしく思いながら、蓮也は取り皿と新しい割り箸を玲奈に渡す。


「ありがと」

「うん」

『食べる』の返事をもらわずに、『食べる』とわかったのは、それなりの関係を築いていたから。


「……それにしても、しばらく見ない間に変わったわね。レンは」

「駅前でもそれ言われたけど、服装のこと?」

「その他もよ。顔とか……身長も。大人っぽくなっちゃって」

「まあ、大学生になったしね」

「レンは今の身長どのくらいあるの? 高校生の時よりも伸びてるでしょ?」

「ああ、最近測ってないから正確なことは言えないけど、177くらいかな」

 日常的なやり取り。それも、ギスギスのない雰囲気。

 なんだかんだで今日のこの時間が初めてである……。


「えっ、あれから3センチも伸びてるじゃない……。なんか生意気だわ」

「ははっ、なんだそれ」

「わたしはもう身長止まっちゃったのよ。それも159cmで」

「へえ、確か160にはなりたいって言ってたっけ」

「ん。だから本当に残念……。レンと付き合っていなければ、162cmにはなっていたと思うもの」

 懐かしむような顔を作ったと思えば、恨めしそう眉を寄せた玲奈は、ポテトサラダを取り分けてパクリと食べた。


「え? なんで俺のせいになるの?」

「高校生って言えば成長期でしょ? そんな時期に夜中まであなたとたくさん通話したからよ。あのせいでどれだけ睡眠時間を削られたことか」

「『明日に響くから』って何度も言ったよ、俺は。それなのに『もうちょっとだけ』って伸ばしてきたのは玲奈でしょ? 体が弱いのにいつもそんな無理をするんだから」

「……っ、き、記憶にないわね。そんな甘えん坊じゃないもの。わたしは」

「顔を赤くしながら否定されても」

「……ふんっ」

 言い訳が思いつかなかったのか、むくれてしまった。

 頭の回転が早い玲奈でもあるのだ。シラフならば、『お酒のせい』なんて言えただろうが、その答えを思いついていない辺り、酔いが回っているのは間違いないだろう。


「って、変わったと言えば玲奈も同じでしょ? こんな場に来るような性格じゃなかったしさ」

「なにを言っているのよ。合コンに参加したのは今回が初めてよ」

「そ、そうなの?」

「ん。レンが参加するって知ったから、顔を出してみただけ」

「えっ……? そ、それどう言う意味?」

「……」

「……」

 雰囲気が変わる。

 お酒のグラスを両手で持つ玲奈は、この問いにニヤリとしながら口を開くのだ。


「女遊びを覚えたあなたを見ておこうと思って。これでもあなたの初彼女はわたしなわけだし」

 自分も初彼氏であったこと。そして、未練があったから参加したことは伏せていた……。


「女遊びなんて覚えてないって。俺だって合コンに参加したのは初めてだし……あんまり大きな声で言えないけど、友達の引き立て役として参加しただけだしさ」

「知ってるわ。悠樹さんから聞いたから」

「なんだそれ」

「ふふ、いいお友達を作ったわね。レンは」

「まあね。自慢の友達だよ」

 二人きりの空間と、酔いのある状態。

 それが拗れていた仲を修復する作用を持っていた。


「自慢……ね。わたしと付き合っていた時はそんなこと一度も言ってくれなかったくせに」

「言えたら苦労しないよ。自慢の彼女だったって」

「っ、バカ言えてるじゃないの……」

「あ、あはは……。なに言ってんだろ俺。ず……」

 頭を掻きながら、顔を隠すように下を向く。


「『ず』、なんて言って実際は言い慣れていたりして。黒髪ボブの女の子とかに」

「こんなこと玲奈にしか言ったことないよ。一度しか言わないけど……自然消滅してても玲奈とまだ関係が続いているかもって、諦め悪かったし」

「……ふ、ふーん……」

 パチパチと大きなまばたきをする玲奈。

 本気で言っているのは態度でわかったのだろう。


「キザなこと言っちゃって……。わたしなんかで童貞卒業したくせに」

「ッ!? ゴホゴホッ……ゴホッ! 玲奈……!?」

 目の前にいる蓮也にだけ聞こえるボソリとした声。 

 シラフの玲奈なら絶対に言わないこと……。思いきり咳き込んでしまうのも仕方ない。


「玲奈、本当酔いすぎだって。もうそれ以上飲むの禁止。マジで」

「ケチ」

「ケチじゃないよ全く……。はあ……」

 火が出そうなほど顔が熱くなる蓮也は、冷えたポテトサラダを口に運ぶことで冷静さを保とうとする。


 ——そんな時だった。


「蓮也―! この30分後、二次会でカラオケに行く予定なんだが、一緒にいくか? 合コン付き合ってもらったから、ここからは自由で大丈夫だぜ。あ、もちろん月宮ちゃんも一緒にどうだ?」

「ああ、俺は——」

「ありがとう。でもごめんなさい。わたし達、、、、はこれで抜けさせてもらうわね」

 玲奈は、蓮也の意思を聞く前に声を重ねさせて断ったのだ。


「お? そっか! 了解。よかったな、蓮也。月宮ちゃんからご指名じゃねえか」

「……」

「な、なに照れてるのよレン……。あなたがカラオケ下手くそなんだから助け船を出してあげただけよ。一人じゃ抜けにくいでしょ?」

「……あ、ああ。それはどうも」

 玲奈の気遣いに心が温まる。と、同時に別れの時間が確定され……モヤモヤを感じてしまう。


 だが、それは自分だけではなかった。


「……ねえレン。これからあなたが暇なら……わたし、どこかに付き合ってあげてもいいけど。ついでだし」

「ッ、そ、そう?」

「え、ええ」

「……」

 上目遣いで満更でもなさそうな玲奈と、同じく満更でもなさそうな蓮也。

 この甘い雰囲気を察した悠樹は、水を刺したりしなかった。

 二人の赤くなった顔を見つめるだけ。


「な、なら……駅にある空中経路でも行ってみる? あそこなら夜景も見れるし、ライトアップもされてるし……」

「そ、そうね」

「——」

 じれじれの現場を目の当たりにする悠樹はデキる男だった。


『頑張れよ〜蓮也! オレも二次会頑張るからよ!』

 なんて言葉を噛み締めると、後退りをして……こっそり元の位置に戻るのだった。

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