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「ここ、昔人死が出たんだってよ」
矯めつ眇めつ掌を覗き込まれながら返ってきた答えが中々に最悪で僕は早速千真さんと円滑なコミュニケーションを図ろうと試みたことを後悔した。
「それでここ、潰れちまってよ。事故物件だから買い手もつかなくて。それをここのオーナーが買い取ったんだよ」
「人死んでるのに?気にしなかったんですか?」
「何か生を営む場所が死で循環してるのがいいとか何とか…言ってた気がするな」
「イカれてる…アナタ方は皆イカれてますよ…」
知りたくなかったよ、そんな最悪な言葉遊びのためにラブホを占いの館に改造したなんて。
「お城っぽい外見が気に入った、とも言ってた」
「小学生女子ですか、アナタのボスは」
「まあ、変わった人ではある…オーナーならこの意味不明な状況も何とかできんのかねぇ」
「意味不明なのは僕の方なんですよ。なんですか、本当。なんで占いが一切当たらないから当たるまで来いとか言われなきゃならないんです」
「仕方ねーだろ!当たんないんだから!」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
それは目の前の顔良し中身チンピラ黒髪ロン毛占い師千真さんに出会った日のことまで遡る。
占いの館「六芒星」の看板占い師、千真さんの占いは何故か僕のことに関してはびっくりするほど、それはもうびっくりするほど当たらなかった。
僕は占いに造詣が深い訳では無い。だから千真さんが何をやっているのかなんてさっぱり分からない。
しかし、タロットカードを用いた占いで大惨敗した千真さんはその後様々な方法で僕を占った。占いに占いに占って、全部外した。
その時の千真さんの顔は…なんというか、美人が怒ると迫力がある、なんてレベルではなく、本当に鬼とか悪魔の類だったんかなと思わされるほどの形相だった。
「…お前、明日も来い。いや、当たるまで来い」
「えっ、嫌ですよ何でですか。当たらないなら当たらないんで仕方ないじゃないですか。そもそも毎回依頼料払えるほど僕はお金持ちじゃありませんし…」
「金なんていらない。寧ろ払ってやったっていい。これは、俺のプライドの問題だ」
占いの結果如何に関わらず、こんな人格破綻者とはもう会いたくない。
その一心で僕は全力で言い訳を並べ、断ろうとしたがその憎々しげな運命に真っ向から喧嘩を売ろうとする千真さんの目に貫かれて反論できるはずもなく。
今日もこうして、当たらない占いをしに来ている。
初めて会ってから三ヶ月。千真さんの占いは今日も外れた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「手相も駄目かよ…これでも、真面目に勉強したし、こういうのが得意な後輩に頭まで下げたっていうのに…クソ」
「な、なんか申し訳ないです」
「存分に申し訳がれこの無駄特殊能力持ちが」
「占いが当たらないって特殊能力なんだ…」
「別にオレがダメになった訳では無さそうなんだよな〜他のヤツには普通に当たるし。寧ろ当たりすぎてヤバいくらい。なのにおまえにだけ当たらないんだから充分特殊能力だろうがよ…まさかとは思うが」
不意に千真さんが渋面になった。
「そもそもの話、テメェ嘘ついてないだろうな?初対面で人格こき下ろされたから腹立って馬鹿にしてやろうとかそういう舐めたこと考えてんじゃねぇだろうな?」
「はぁ!?そんなことするはずないじゃないですか!」
何故、そんな無駄なことをしなくちゃならんのだ!そもそも、それで当たらない占いに付き合うなんてバカみたいだろう!千真さんは知らないのかここが繁華街の治安の悪い場所に立っているせいで僕が毎回肩身の狭い思いをしている事を。
それに…
「僕は、もうそんなくだらないことで人を傷付けたりしたくないんですよ」
ここに来た、そもそもの理由。僕は自分の愚かさから人間関係を失った。それは壊すのはとても簡単だったのに、もう一度築くのはとても難しくて、その上、元通りにはならない。
そんな辛酸を舐めた僕が自分の愚かさを人に指摘されてくらいで人を貶めることなんて、考えるはずがない。それは、本当に愚かで恥ずべき行為だ。
「悪い」
「え?」
気付くと千真さんが深深と頭を下げていた。三ヶ月、ここに通っていて初めて見る千真さんの殊勝な態度に僕は面食らう。
「ど、どうしたんです!?」
「悪い。俺は自分の無能さをお前に押し付けて、お前の矜恃を傷つけた。申し開きもない」
「いやいや、気にしないでくださいよ!」
それよりも気にするところがたくさんあるだろうと思うが、千真さんは本当に心の底から申し訳なさそうだった。美形が落ち込んでいる姿は心臓に悪い。変な風にドックンドックンと脈が跳ねる。
「ああ〜、ほら!そんなに申し訳なく思ってくれるんなら…えーと、そう、酒!」
「は?酒?」
「そうそう、お酒!お酒でも奢ってくれません!?」
「………コンビニで酒買って、俺ん家で飲むのでもいいか?色々あって金がない」
僕のバレバレの誤魔化しの言葉に千真さんはおずおずとそう切り出した。
ギックンギックンと胸はぐちゃぐちゃして止まらない。
何だこれ、なんか変な感じだ。胸がなんか…痛い?くすぐったい?よく分からない。
「…ダメか?」
「あ、いや!願ってもないです、はい!」
しゅん、と千真さんが肩を落とすので僕は慌てて肯定の意を示す。
ふふっ、と吐息の様な笑い声がひとつ。
「なんだよ、願ってもないって」
千真さんが可笑しそうに笑うのを僕は呆気に取られて見ていた。
胸元を掻きむしるように握り締める。
なんだこれ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「お前、マジでそれ飲むのかよ?」
「もちろん。というか千真さんこそなんですかそれはほろよい?いいと思いますが、ご一緒にこれを飲みましょう。飛びますよ」
「飛びたくねーよ。何だおい何本入れる気だやめろロング缶のストゼロをポイポイカゴに放り込むな。奢りだからって冗談かましてんじゃねぇ。こんなに飲めねぇだろ」
「飲みますが?」
「バケモノみてぇな肝臓してやがるなお前」
何を言っているのだろう。お酒というのはどれも美味しいがストゼロというのは格別である。手っ取り早く陽気な酔っ払いになるにはこれをガバガバ飲むのが一番だ。
うん。酔っ払えばさっきのよく分からない胸のぐちゃぐちゃもサッパリすることだろう。
「…いややっぱ多すぎだろ減らせ」
「嫌です。最低五本は欲しい」
「へ・ら・せ!」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
壮絶な交渉の末、結局お互いの妥協点として三本のロング缶で手を打った。(それでも千真さんはドン引きしていたが)
そして連れてこられたのは勝手がひとつも分からない他人の家。千真さんの家である。
「うわ〜どんなところに住んでるのかと思ったら比較的普通の駅近アパートですね!」
「事故物件だから家賃は安いがな」
サラリととんでもないことを言ってくるがこれに一々一喜一憂する様では千真さんと交流等出来ない。
「いや、職場も自宅も事故物件って!!」
出来ないのだが、流石に突っ込まざる得なかった。
「別に何も起きやしねぇよ。それより、さっさと座れ。飲みに来たんだろ?」
驚愕に震える僕には知らん顔で千真さんは机の上に酒とおつまみを並べ始める。
「あ、手伝いますよ」
「ん、助かる」
「んひっ!」
手伝おうと慌てて手を伸ばすと手と手が不意に触れてしまい、心臓が飛び跳ねる。サッと手を引くと千真さんは面白そうにニンマリと口を歪めた。
「なんだよその反応〜お前、見た目通りの草食系だなぁ。彼女とも中々先に進めなかったんじゃないか?手を繋いで限界〜ってなってそう。俺の第六感がそう言ってる」
「そんなことないですよ!また外してます!」
「はぁ〜?じゃあ、ガツガツやることやってたのかよ?」
「はい、止めましょう!この話は止めましょう!!」
慌てて話を打ち切ると千真さんはゲラゲラと腹を抱えて笑う。性格悪っ!その上下世話!
笑い続ける千真さんを無視して無心で手を進める。
そういえば、二人だというのに結構な量を買い込んでしまったな。今更だが、何故僕は出会って三ヶ月の占い師の家に宅飲みに来ているのだろう。提案された時は焦っていたので気付かなかったが、かなりおかしい状況ではないだろうか。
しかし、そこに今更言及するにはもう時は遅く。
ここに、世にも奇妙な占い師とその客による謎の飲み会が開幕した。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「お酒、飲む姿がカッコイイねって、言ってくれたんですよ」
「…ああ」
「なのに、フラれた理由もお酒って…おかしくないですか!?矛盾してますよ!」
「そうだな…はあ、聞きしに勝る酒乱じゃねーか」
バアンと机を両手で叩く。ストゼロ三本を立て続けにカパカパと飲んだことにより(もちろん千真さんはドン引き)僕はあっという間に立派な陽気な酔っ払いになった。ストゼロ最強!
思考はどんどん散り散りになり、話題はあちこちを飛び始め、現在は元彼女の話で僕はヒートアップしていた。千真さんはとても嫌そうだが相槌は打ってくれる。変なところで優しさを発揮する人だ。
「本当に謎なんですよ…いきなり、友達とか家族の縁全部切ってくれ、とか言われるのも今となっては意味わからないし…いや、それで本当に切っちゃう僕が馬鹿だったんですけどね!?それにしても意味わからん…」
「いや、そこについては本当に意味がわからねぇよ。何で言われて縁切っちゃったんだ」
「……千真さんは笑うかもしれませんが」
千真さんじゃなくても、笑うかもしれない。
「僕は彼女が僕の運命なんじゃないかって思ったんです。ほら、よく言うでしょう運命の人。出会った時から不思議と惹かれて、彼女から付き合ってと言われた時は有頂天になりました。何だってしてあげたかったし、何だって差し出したかった。恋に狂っていたのかもしれない。だから、あの時は心底思ったんです。縁如きで彼女が満足するのなら、と…彼女がいなくなった今となっては、どうしてそんな風に思ったのか欠片も分かんないんですけどね。でも、本当に一時の感情に身を任せて阿呆なことをしました。本当に愚かしい」
アハハと笑ってまたストゼロを喉に流し込む。酒が入ったせいか口は思ったよりスルスルと動いた。こんなことを愚痴る相手も失ってしまったからかもしれない。
ふと千真さんの方を見ると、彼は今までにない真剣な目で僕を見ていた。
「なあ、前から聞きたかったんだけどよ」
「?なんですか」
「お前さぁ、何でもう一回店に来たんだよ」
「はい?来いって言ったのは千真さんじゃないですか」
「…そりゃ、俺は確かにそう言ったけどさ、それで本当に来るか?結局のところ、占いなんて当たっても当たらなくてもお前の人生を大きく左右しない。お前が信じるか信じないかで変わるだけだ。当たる当たらないもお前がどう思うかで変わる。結局さ、俺が当たらないって騒いでるのは俺の事情でお前には関係ない」
千真さんの言っていることが僕の蕩けた脳にどろりと絡みつく。何故だろう。これ以上、聞きたくない。耳を塞ぎたい。
「だからお前は次の日、律儀に来なくても良かった。それでも来た理由、俺なりに考えてみたんだけど」
「…なんでしょう?」
「お前、俺のことを替わりだと思ってるだろ」
ツキリ、心臓に氷の芯が差し込まれたような心地になった。
「替わり、ってなんのことですか」
「友達の替わり、家族の替わり、失った縁。お前が自分自身で捨てて失った人間関係の替わり。お前はそれに俺を当てはめたんじゃないのか?」
千真さんは何を言っているんだろう。
替わり?千真さんが?そんなわけない。そんなわけあるものか。千真さんみたいに口が悪くて、性格悪くて、変なところで一生懸命で、自分が悪いと思ったらしっかり謝罪が出来て、目が離せない。そんな存在、僕の周りにはいなかった。替わりになんて、出来るはずがない。
「そんなことないって言うか?でも、お前は何かを誤魔化していた。何処か目を逸らしていた。相変わらず占っても、何もわからねぇよ。でもさ、三ヶ月。三ヶ月も会ってたんだぜ?流石に、わかる」
違う。嘘だ。間違っている。僕は、千真さんのことをそんな風に思ってない。
僕は千真さんのことが、千真さんは僕にとって。
パチリ、とその時。胸の奥に燻っていたぐちゃぐちゃが整然と並べられた気がした。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「…友達の替わり?家族の変わり?アナタはそう思うんですか?」
ああ、頭が沸騰した様だ。心臓が爆発しそうだ。ストゼロ、飲みすぎたかな。そういえば彼女は僕のこういうところが嫌なんだっけ。
「じゃなったら、なんだよ」
千真さんはハンっと鼻で僕を笑う。彼の中でもう結論は出てしまっているのだろう。
「違いますよ。全然、全く、微塵も当たってません。違います、違いますよ。僕は、僕はね千真さん」
「アナタのことが好きなんですよ」
告げた瞬間、千真さんは唖然とした。嗚呼、やっぱり。やっぱり彼は分かっていなかった。
「違っ、それは勘違「勘違いじゃない!」
勘違いなんかじゃない。
僕は千真さんを誰かの替わりになんてしていない。いや、最初はそうだったのかな。あの目に貫かれた時、僕は確かに嬉しかった。失った繋がりをもう一度、手繰り寄せれた気がした。でも、それでも三ヶ月。三ヶ月あれば気持ちは変わる。強固で確かなものになっていく。
胸が痛むのはもう、替わりのない思いが僕に根付いたせいだ。
何かが倒れる男を遠くに聞く。気付けば僕は千真さんを押し倒していた。焦ったような、困ったような、泣きそうなような。そんな顔をした千真さんが僕の下で逃げようと身動ぎする。でも、逃がさない。
頭の中で僕の声がリフレインする。
人間関係というのは
「なあ、何しようとしてるんだ?」
「…なにしようとしてるんです、かねぇ」
壊すのはとても簡単で
「ッ、はァ、くすぐってぇ、んだけど」
「ふふ、いい反応ですね」
でも築くのはとても大変で、元通りにはならない
「ねえ、千真さん。いいですか?」
「…ダメって言って止まんのかよ、この酔っ払い」
諦めたように千真さんは体を弛緩させる。
今、僕は関係を壊しているのだろうか。それとも、築いているのだろうか。
蕩けた思考は何処かで鳴っている警鐘を無視する。
無視して、本能のままに僕は千真さんの首元に顔を埋めた。
「ッ、あ───」
悲鳴のような千真さんの声を聞きながら僕は考える。
ああ、やっぱり千真さんの占いは当たらないな、と。
こんな僕の何処が草食系だって言うんだ。自嘲的に笑って、僕は熱に溺れた。
僕にだけ当たらない占い 292ki @292ki
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