僕にだけ当たらない占い

292ki

いつもは避ける裏路地を通り、ガラの悪いオニーサン達に見送られながら、僕は目的地に辿り着いた。

「ここ?ほんとに?嘘ついてない?」

占いの館「六芒星ろくぼうせい」。

マップアプリの目的地は確かに目の前の建物を指していた。外見はどう見てもラブホだった。

なんだろう、僕はマップアプリにすら嘘をつかれているのだろうか?そんなに前世と今世で悪いことをしただろうか?

「…ここまで来たらどうにでもなれ、だ」

僕はこれから待ち受けているのが地獄だろうと奈落だろうと構わないと覚悟を決めて占いの館(外見ラブホ)に足を踏み入れた。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ここに来るまでの経緯は簡単だ。

大学に入って初めて出来た彼女にフラれた。それだけ。

そんなんで占いなんてスピリチュアルに頼るなよ、もっと現実的な方法で立ち直れよと言われるかもしれない。僕だってそう思う。友達が「彼女にフラれたから占いの館で今後の運勢見てもらってくるわ!」なんて言ってたら止める。

だけど、誰が僕を止められるだろう。友達なんていないのに。いっそ家族とも現在疎遠なのに。

彼女に全員縁切りを求められて応えてしまったのに。

馬鹿だった。今だったら僕がとんでもない馬鹿野郎で彼女がとんでもない地雷案件だと分かる。

しかし、恋は盲目という使い古された言葉の通り、その時の僕は一も二もなく彼女だったのだ。心配してくれる友達も、叱ってくれる家族も差し置いて彼女が人生の最優先だったのだ。

それがどうだろう。いとも簡単にフラれて僕と彼女はあっという間に他人になった。残されたものなどない。遺恨も未練もない代わりに人間関係を根こそぎ失っていた。ついでにバイト代もいくらか持ち逃げされた。それに対して怒る気力さえない。

「君、お酒飲むと人が変わって何か気持ち悪いし怖いね。あたし、そういうのムリ。別れよ」

彼女が僕に残したものを無理やり絞り出すならその言葉くらいだ。


大学3年生。現在22歳。そんなこんなで勝手に人生を波乱万丈にして、勝手に自爆した僕は他人との関わりを失ったまま自暴自棄になった。

なったのでスピリチュアルに頼ることにした。だって、どうやっても現実は助けてくれないし。虚しくても、無意味だと罵られてもこのまま現実に期待するよりはポジティブだろうと僕は思う。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


「は?間違えてるに決まってるだろ。現実に期待するよりもポジティブだぁ?どう考えても道を違えてるだろうがよ。そういうのは現実逃避って言うんだよ。逃げだ、逃げ。まあ、それでオレたちはメシが食えるんだから別にいいけどよ。お前、そんなんだから地雷女なんかに引っかかるんじゃねーの?ご愁傷さま」

ここは占いの館じゃない。地獄だ。もしくは奈落だ。間違いない。

どこの世界に悩みを相談しに来た人に対してここまでの暴言を吐く占い師がいるだろう。いっそその言葉がトドメだぞ。

目の前にいるのが悪魔か鬼なら辻褄が合う。やっぱり外見がラブホの時点でおかしいと思うべきだったんだ。ネットの噂なんてアテにならない。何がよく当たります★5だ。占い師の当たりが強すぎです★1の間違いだろう。

普通なら殴りかかられても仕方ない。今僕がそうしないのは二つの理由からだ。

ひとつ、スピリチュアルにも裏切られてそんな気力がない。

ふたつ、目の前の占い師の男の顔が良すぎる。

後者の方が比重は重い。なんだ、その無駄にいい顔は。ロングの黒髪を後ろで緩く適当に束ねてるだけで絵になる奴なんて中々いないぞ。ジャラジャラ付けてるアクセサリーも様になっている。煙草を吸うだけで映画のワンシーンみたいになるのはおかしいだろう。

こんな顔を殴るなんて出来ない。傷一つでも付けようもんなら呪われそうだ。

「しゃあねぇな、お前みたいな奴には勿体ないくらいだけど占ってやるよ」

「いや結構です自分の愚かさは身に染みて分かりましたいやあ、やっぱりよく当たるって噂の占い師さんは違うなぁ失礼します」

「待てよ」

捲し立てて逃げようとすると、間髪入れずにガッチリ腕をホールドされる。

無駄に力が強い!逃げられない!痛い!

「痛い痛い痛い!いやほんと勘弁してくださいお金なら払いますから許してください!」

「馬鹿野郎。ここに入った時点で料金は発生してる。席料ってヤツだ。その分の金を払うのは当たり前だろ?何言ってんだお前」

どこのぼったくりバーだ!席料が発生する占いの館なんて聞いたことないぞ!何言ってんだはこっちのセリフだ!

「アナタ何なんですか!占い師って嘘でしょう!」

「なーに言ってんだ。この「六芒星」の大人気占い師、千真ちま様とは俺のことだぞ」

「ちま…は!?千真!?」

それはネットの評判で何度も見かけた名前だ。よく当たる、顔がいい、六芒星の看板占い師。目の前にいる、この顔のいいだけのチンピラが?

いや、間違っちゃいないけど確実に何かを間違えているだろう。

「初対面の人を呼び捨てにするなよ。失礼なヤツだな」

「えっ、アナタが言いますか?ねえ、アナタがそれを言うんですか?」

切実に逃げたい。目の前にいるのがNo.1占い師だとしても人格にどっかしらエラーが起こっているのは確かだろう。

「それはまあいいか。後から矯正すれば。何はともあれ、とりあえず名前だな。名前言え、お前」

「な、名前?」

教えたくない。教えたいという思いが微塵も湧いてこない。

「占いの館に来といて個人情報の漏洩を防げると思うなよ。オラ、マイナンバーカード出せよ」

「作ってません…」

「は?あんなに作成を推奨されてるのに?作っとけよ、ここに来るために」

「ここに来るためには作りませんし、作ったとしてもアナタには見せたくないですよ」

「何でだよ。一番人気のマイナンバー占いしてやろうと思ったのによ」

「占いの館の中でもマジでヤバいとこに来ちゃったんですね、僕は」

後悔が尽きない。何から間違えたんだろう僕は。人生からかな?

「とりあえずなーまーえ!はよ言え!」

「分かりました、分かりましたよ…僕の名前は雪駄せったといいます」

「雪駄ァ?珍しい名前だな。苗字と名前どっちだよ…まあ、どっちでもいいか。どっちにしろ占えるし」

雪駄という名前が珍しいとはよく言われるし、苗字なのか名前なのかと聞かれることもよくあることだ。

しかし、千真さんは勝手に納得するとタロットカードをゆっくりとシャッフルし始めた。

「…お前、冬生まれだろ。だから雪駄なんて名前か。へえ、兄貴が一人いるみたいだな」

十分に混ぜたタロットカードをまとめてテーブルに三つの山にする。そこから何枚かを捲り、並べていく。

デスタワー戦車チャリオット

「地元は関西の方だな。小さい頃、ネコが苦手だった…どうだ?当たってるだろ?」

千真さんはドヤ顔で僕の顔を見た。顔がいいので、とても眩しかった。

僕は占い結果に戦々恐々としながら何とか口を開く。

「全然当たってません…ひとつも、全く、全然、微塵も当たってません…」

「あ゛あ゛?」

一瞬で距離を詰められ、首根っこを掴まれながらガクガクと揺さぶられる。

「んなわけねーだろ!舐めてんのか!?」

グルグル混ざる脳味噌で何とか思考を紡ぎ出す。

よく当たるって噂なのになあ。ここ。

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