一月六日 グリーン・アイズ

 私のお客様の多くは創作家が多い。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。その中でも突拍子におもしろい陶芸家がいるのだが、確か今日がお誕生日だったような。その人からいつも湯呑みやら茶碗やら皿やらを頂くので、去年は一度も自宅の食器に困ることが無かった。多分、今年も困らないだろう。そんなカクテルに込められた言葉は「おもしろいものを感じとる才能の持ち主」。


 今日は一段と風が冷たく、頬にハリネズミがくっついている様に痛い。今日こそ休んでしまおうと思ったが、先ほど陶芸家の布袋さんから連絡があったので店を開けなければならない。唯一幸いだと思ったのは、買い出しに行かなくて済むことだ。この寒さで駅前の輸入商店まで出向くのはさすがに気が引ける。さて、そろそろ布袋さんも来る頃合いだし、防寒着をしっかり着込んで店に向かうとしよう。

 開店準備を手際よく済ませ、表の看板をひっくり返す。そろそろ布袋さんが見えてもいい頃なのに、まだ姿が見えなかった。その間に他のお客様をご案内し、店内はすぐ賑やかになった。この空間の人口密度が高いせいか、暖房はそこまで入れていないのに暖かい。とても良いことだ。日付が変わる手前で布袋さんがようやくお見えになった。

「彦田さんすまんなー、遅なったわ。電車が動かんくてな。いやーまいったまいった」

「布袋さん、お待ちしておりました。こちらのお席へどうぞ」

 予約席の立て札を置いていた場所に布袋さんをご案内し、いつものように手拭きタオルとメニューを置く。布袋さんは座る前に、少し重たい紙袋を私に渡した。

「今回も自慢の皿や。飾ってもええし、使てもええし、好きにしてくれ。あ、割るのだけは堪忍な」

「大切な作品ですから、懇切丁寧に使わせて頂きます」

「おう!」

「それで、ご注文は何になさいますか?」

「これな」

 メニューにあるバースデーカクテルを指差しながら私に見せた。

「かしこまりました」

 メニューを下げ、ドリンクに必要な材料を目の前に並べる。今日のバースデーカクテルはグリーン・アイズ。少々ファンタジックな名前だが、実はいつかのオリンピックの公式ドリンクとして、かの有名な企業が開発したそうな。ラムベースだが度数は強くなく、デザート感覚で楽しむ人が多い。

 まず、用意したブレンダーにラム、パイナップルジュース、メロンリキュール、ココナッツミルク、ライムジュース、それからクラッシュドアイスを入れてブレンドする。ゴブレットという脚と土台が付いた杯に注ぎ、スライスしたライムとストローを添えれば、南国行きのチケットとも言えるグリーン・アイズの完成。

「お待たせしました。本日のバースデーカクテル、グリーン・アイズでございます」

「待ってました!」

 専用のコースターの上にグラスを載せ、サービスのナッツを提供する。

「ん? ナッツは頼んどらん」

「私からのサービスです。毎年お皿を頂いていますし」

「別に気にせんでええのに。ありがたく頂戴するわ」

 布袋さんは早速ストローでひとつ啜る。先に体が温まっていたのか、気温差でブルっと震えた。

「んあー、美味い! どれ飲んでも美味いな」

「恐縮です」

「日本酒には勝てんがな。ガハハハ!」

「お酒に飲まれないように、ほどほどにしてくださいね」

「分ーっちょるよー。彦田さんは俺のお袋と同じくらい心配性やなー!」

 布袋さんはお酒が入るとテンションが異常に高くなる。賑やかすぎるのも割と困りものだ。でも布袋さんはお酒が入っても創作家である意識を常にお持ちで、よくお客様の服装を気にされる。模様やアクセサリーから着想をもらって、焼き物のデザインにしているんだそうで。正しくグリーン・アイズの言葉「おもしろいものを感じとる才能の持ち主」にぴったりのお方だ。




アスール CLOSE

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バースデーカクテル ~君を祝うために~ 彦田礼人 @ayato_hikota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ