一月三日 グラスホッパー
甘口のカクテルでおすすめといえば、私はグラスホッパーを推すだろう。食後のデザートにはもってこいのこのカクテルは、ミントの爽やかな香り、カカオのコク深い香ばしさ、なめらかな生クリームのハーモニーが合わさった一杯である。バッタは入っていないのでご安心を。そんなカクテルに込められた言葉は「心の清らかな純粋なプリンセス」。
三が日も終わりに差し掛かっている夕方。開店準備中に未開封のボトルを見つけた。棚の奥の方に仕舞っていたことをすっかり忘れていたらしく、そういうボトルがないか一度全部出してみた。幸いなことにその一本しかなかったので、持ち帰ることを忘れないためにロッカーへ入れた。
ドアベルが勢いよく鳴ったのでそちらを見れば、近所の
「ちゃすー。ひこっち遊びに来たよー」
朝霞さんは繁華街にあるギャルバーのスタッフなので、いつもこんな喋り方だ。
「これは朝霞さん。今日はお仕事お休みですか?」
「うん。来週までやすみー」
「朝霞ってこんな辛気臭い雰囲気好きだっけ?」
「
「できれば内装も気に入って頂けると嬉しいのですが……」
「しょーがねーじゃん、あたしの好み一つも無いんだもん」
「それもそうですね。さあ、こちらにどうぞ」
朝霞さん一行をテーブル席にご案内し、手拭き用のタオルとメニューを置く。萌果と呼ばれた金髪美女は早速メニューを取り、アルコール度数が弱いスプモーニを注文された。
「朝霞はどーすんの?」
「あたしはバースデーカクテル。今日はそのために来たから」
「かしこまりました。スプモーニとバースデーカクテル、お作り致します。お供はいかがなさいますか?」
「お供? 犬じゃないんだから」
萌果さんは私の言い回しがツボに入ってしまったのか、ゲラゲラと笑った。
「それなー!」
朝霞さんも便乗して笑う。
「では、レーズンはいかがでしょう。スプモーニなら、きっと相性は良いかと」
「じゃあそれで」
「かしこまりました」
メニューを持ってカウンターに戻る。早速カクテル作りに取りかかるとしよう。
まずはスプモーニ。ワンフィンガー分のカンパリ、グレープフルーツジュース、トニックウォータを氷の入ったグラスに注ぎ、優しく混ぜる。シェークなど一切ない、材料さえあれば簡単に作れるカクテルなので、ご自宅で楽しまれたい方には勧めている。
さて、本日のバースデーカクテルは「グラスホッパー」。甘党な方、特にケーキが好きな方には人気があるこのカクテル。グラスホッパーとはいえど、色がバッタのような緑色をしているだけであって、実際にバッタが入っているわけではない。まずペパーミントグリーン、次にカカオホワイト、最後に生クリームを一対一対一の割合で氷とともにシェークする。シノワで
「お待たせ致しました。スプモーニとバースデーカクテル、グラスホッパーでございます」
それぞれをコースターの上に載せ、レーズンの入った小皿を添える。
「わっはー! 美味しそう!」
「嵌め外すなよ? 朝霞は酔い潰れると大変なんだから」
「わーってるて。今年も元気に生きましょう! かんぱーい!」
「乾杯」
グラスを併せると、良い響きが部屋中に反射する。
「あっっっま。でもグラスホッパーって名前いいな」
「バッタって意味だぞ」
「え、そうなの? てっきりバレエのタイトルかと思った」
「グラスホッパーの由来は、ミントの緑色から来ています」
「へーそうなんだ。――ん? このコースターの言葉は?」
朝霞さんはコースターに目をつけて私に訊ねた。
「それはカクテル言葉といって、まあ、花言葉みたいなものです。一つのエンターテイメントとしてお楽しみ頂けたら、幸いです」
「心の清らかな純粋なプリンセス……。あたしには到底似合わねーな! あはは!」
「ある意味では純粋だけどな」
萌果さんは朝霞さんを小馬鹿にしたように、鼻で笑った。
「どういう意味だよー!」
なかなか賑わいが絶えないこのテーブル席。今夜の店は眠ることを忘れるだろう。
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