第一章 一月
一月一日 フローズン・ダイキリ
フローズン・ダイキリ。名前からしてひんやりとした、デザートのようなカクテル。純白で清楚な見た目をしていて、女性はきっと好きだろう。そんなカクテルに込められた言葉は「人を感動させる力を秘めた品格者」。
今日は元日。ほとんどの店は年末年始で閉まっているところが多い。私はいつ休んでいるのかって? それは私の気まぐれ。私に家族はいないので、この店に来てくれるお客様が家族のようなもの。
「彦田さん、遊びに来たよ」
「おや、吉川さん。今年は実家に帰らなかったのですか?」
「いやーほら、変なウイルスが蔓延してるから、年寄りに足突っ込んだ両親にうつりでもしたら大変だろ? 今年は年賀状だけで済ませた」
「それもそうですね。――そちらの女性は?」
見たことがないお客様だったので気になった。
「ああ、会社の同僚で、今お付き合いさせてもらってる小西さん」
「はじめまして。吉川さんからお噂を伺っていましたが、内装の雰囲気からもう気に入っちゃいました」
「ありがとうございます。私の趣味嗜好で作り上げた内装ですが、気に入って頂けたようで嬉しいです」
私は二人をカウンター席に通し、手拭き用のタオルとメニューを差し出す。
「そうだ彦田さん。今日ね、小西さん誕生日なんだよ」
「ちょっと吉川さんったら……」
「いいからいいから。バースデーカクテルと、俺はいつものやつ」
「かしこまりました。本日はレーズンでよろしいですか?」
「ああ。頼むよ」
吉川さんは少し横暴なところはあるが、思い切りがあって清々しい。先に吉川さんの注文を作ってしまおう。吉川さんのお気に入りはブラッディ・サム。ジンベースのトマトジュースは、かなり癖になる。もう少し刺激が欲しい人には、ペッパーを加えるといいだろう。どろりとしたトマトジュースがジンと合わさって、サテンリボンのように舌に絡みつく。
「ブラッディ・サム。お待たせ致しました」
コースターに載せ、レーズンの入った小皿を提供する。次はお待ちかねのフローズン・ダイキリ。バースデーカクテルを作る楽しさは、一度味わえば分かるだろう。私はこれを作っている時が、お客様との繋がりを感じる瞬間だ。
まずは背の低いソーサー型のシャンパングラスを用意しておく。バーブレンダーにクラッシュドアイスを四分の三、ホワイトラム、ホワイトキュラソー、ライム、ガムシロップを入れてスイッチを入れる。氷が砕けきらない程度まで混ざればよい。やりすぎると水っぽくなってしまうので注意が必要だ。グラスに移し、ミント、バースプーン、半分に切った細口のストローを飾れば完成。
「お待たせ致しました。フローズン・ダイキリでございます」
バースデーカクテル専用のコースターとともに、小西さんの前に置く。
「お酒は詳しくないんですが、かき氷みたいで綺麗ですね」
「彼の有名なヘミングウェイが愛したお酒だとか。私も作るのは好きですが、歴史までは存じておりません」
「でもこうやってカクテルを作る技術があるのは、すごいことだと思います」
「ありがとうございます」
小西さんは興味津々でバースプーンを手に取り、少量を掬って口に運ぶ。外気とフローズン・ダイキリの温度差に頭痛が走ったのか、顔が窄んだ。
「いたた……美味しい。さっぱりしてて目が冴えそう」
「へえ、俺にも一口ちょうだい」
私はすかさず、もう一本のバースプーンを吉川さんに渡す。サクッと豪快に掬っては口に放り込んだ。同じく温度差に頭痛が走ったのか、片目を瞑った。
「これは真夏の暑い日に頂きたいシロモノだ。ライムの酸味が利いてて好きだよ」
「気に入って頂けたようで何よりです」
吉川さんが持ち上げたグラスの下にあるコースターを、小西さんはじっと読んでいた。
「人を感動させる力を秘めた品格者……。これは何ですか?」
「それはカクテル言葉というもので、花言葉のようなものです。まあネットから拾ってきたものなので、それが正しいかどうかは分かりませんが」
「それでも素適な言葉ですね。私に品格なんてありませんけど」
「小西さんは品格の女神だよ」
すでに酔いが回っているのか、吉川さんは何を言っているのか分からない。
しばらくすると、吉川さんの顔はトマトのように赤くなり、気持ちが良いのか喋るスピードがマシンガンのように止まらない。小西さんもことある毎に笑っていたので、今はきっと箸が転んでもおかしいと思うのだろう。
「じゃあ彦田さん。また来るよ」
「美味しいお酒、ごちそうさまでした」
「夜道にお気を付けてお帰りください。またのご来店、お待ちしております」
二人の背中から感じる幸せを受け取りながら、私は今日の店仕舞いをする。小西さんの感性は少し独特だか、その感想から感動を生み出すのが彼女の魅力だろう。次会えるのは何時だろうか。
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