英雄、二度目の邂逅
「まあ、それしかないような気もするんだけどよ……そもそも話ができねえからなあ……」
今、手元にある情報だけではクロウの【神籬機】に宿る英雄の正体を特定することは不可能だ。
彼との相互理解を深めるためにも、自分たちの疑問を解消するためにも、そして何より、クロウの今後の学園生活のためにも……ここは改めて、謎の全裸騎士と話をするべきだろう。
問題は、その英雄とまともに会話できないことなのだが……と、複雑な表情を浮かべるクロウへと、サクラたちが助言を送る。
「何も今回の話し合いだけで相手の素性を解き明かせだなんて言わないさ。一歩ずつ、着実に正体に迫っていこう」
「ある程度の意思の疎通が可能であれば、そうね……まずはその英雄さまが本当に騎士かどうかを確認してみるのがいいんじゃないかしら?」
「いいですね、それ! それが肯定されれば一気に正体に近付きますし、そうじゃなかったとしても騎士の線は消えるんだから進歩なのは間違いないですもんね!」
「なる、ほど……それもそうか……」
色々と案を出し、自分のために力を貸してくれるサクラたちの言葉に頷いたクロウは、三人に対して深々と頭を下げた。
突然の彼の行動にサクラたちが驚く中、クロウはたどたどしい口調で言う。
「えっと……こんな俺のために頭を悩ませてくれて、ありがとう、ございます」
「別に、そんなに気にすることでもないだろう。お前には借りもあるし、私たちもお前に力を貸す英雄さまの正体が気になっている部分もあるからな」
「それでもだ。スラムのばあちゃんも言ってた、世話になった人には感謝を忘れるなって。今日会ったばかりの俺のためにここまでしてくれるだなんて、あんたたちはいい人だな」
「大和の人間は礼節を重んじる性分だからね。クロウくんも、礼儀正しい部分はあるじゃない。言葉遣いはイマイチだけれどもさ」
「うっ……! そこは、すまねえ。スラムじゃああんまりお上品な言葉を使ったりしねえから、どうにも身につかないんだ」
ツバキからのからかいの言葉を受けたクロウが気まずそうに頬を掻きながら応える。
クスクスと愉快気に笑う女性陣の態度に少しだけ羞恥を覚えた彼は、それをごまかすようにして懐から自分のコア・クリスタルを取り出すと、深呼吸を行ってからそれを心臓の位置に押し当てた。
「んじゃあ、行ってくるよ。とは言っても、あんたたちにとっちゃあ一瞬のことなんだろうけどさ」
「ああ、ゆっくりと話してこい。英雄さまのことを知り、お前自身のことを知ってもらえるようにな」
サクラの言葉に大きく頷いた後、クロウは瞳を閉じる。
深呼吸で気持ちを落ち着けながら精神を集中させていった彼は、自身の内側に深く潜るようにして意識を集中させ、そして――
「……んんっ、くあぁぁ……!!」
二度目の精神世界への侵入を果たしたクロウは、伸びをしながら大きなあくびを放った。
精神世界なのに体が凝るだなんて妙な話だなと思いつつ、彼は自身が召喚した英雄の姿を探す。
まあ、探したりなんかしなくとも奇声を上げて踊り狂うあの男は嫌でも目立つのだから、すぐに見つけることができるだろう。
クロウはそう考えていたいたのだが……ここで少しばかり、彼にとって予想外の出来事が起きた。
「あ、あら……?」
想像通り、裸の騎士(?)はすぐに発見できた。
だが、今日の彼は前に顔を合わせた時と違って、実に静かだ。
以前の奇声を上げて踊り狂う賑やかさはどこへやら、今回は親に怒られた子供よろしく膝を抱えて地面に座り込んでいる。
どこか落ち込んでいるようにも見える彼の背中を見たクロウはその様子を訝しく思いながらも、英雄の下へと近付いていった。
「あ、あの~……? 英雄さん? 騎士さま? なんか今日は静かですけど、どうかしたんですか?」
「………」
もしかしたらこれは彼のいたずらで、自分が接近したタイミングで一気に踊り始めるのではないかと思ったクロウであったが、今回の英雄はどこまでも静かで、無言だ。
これは本当にどうしたんだろうかと明らかに様子のおかしいその態度に困惑し始めたクロウの目の前で、彼が予想外の行動を見せる。
「……君は凄いな、クロウ。出会ったばかりの少女のために、自分の名誉を捨てることができるのか」
「え……? あ、あんた今、しゃ、喋った……?」
前回、初めて顔を合わせた時には謎の踊りと共に咆哮を上げるだけしかしなかった全裸の騎士が……喋った。
しっかりと意味のある言葉を、しかも自分への賞賛の言葉を口にした彼のことを信じられないとばかりに唖然とした表情で見つめるクロウに対して、背中を向けたまま膝を抱える騎士が言う。
「私もそれができたなら、きっとこんなことにはなっていない。堂々と君に名を名乗り、この力を振るってくれと剣を差し出していただろう。だが……今の私にはそれができない。私は臆病者だ、卑怯者だ、愚か者だ。ちっぽけな自尊心のために何もかもを犠牲にしてしまった私には、君に合わせる顔を持ち合わせていないんだ」
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