ツバキ先生による英雄召喚についての解説

 そう言いながら、ノートを広げるツバキ。

 クロウも上から覗き込むようにして彼女が書く文字を見ながら、説明を聞いていく。


「まず第一に、英雄たちにはその人が生きた歴史というものがあるわよね? どこで生まれ、どんな功績を成し、その結果どういった存在になって、どんなふうに死んだのか。私たちが呼び寄せる英雄の魂には、その記憶全てが刻まれている。そして、召喚に応じる際、その記憶の中から召喚者の心象風景に適した部分が引っ張り出されるのよ」


「う、うん? どういう意味なんだ?」


「大元の魂から、【勇機士】との相性に合わせた一部分が切り取られてる……って言えばわかる?」


「いや、全然。物分かりが悪くて申し訳ねえ」


 かなり噛み砕いた説明をしてくれているような気がするが、何がなんだかちんぷんかんぷんなクロウはツバキへと頭を下げて謝罪した。

 そこで見ていられなくなったのか、サクラが彼女に代わって解説を始める。


「クロウ、弁慶さまは幼少期は乱暴が過ぎる傍若無人な性格をしておられたが、主君となる源義経との決闘に敗れてからは彼に忠誠を誓う立派な武人となった御方だ。言ってしまえば、大きく違う二つの顔を持つ御仁だとも呼べるだろう」


「ああ、なるほど! 俺に読み書きを教えてくれたスラムの爺ちゃんみたいなもんか! その爺ちゃん、今はこうして落ち着いたが、昔は悪童として鳴らしたもんだ~ってうるさくってよ。何回も同じ話を聞かされたもんだぜ」 


「ふふふ……! 愉快なご老人だな。いや、話を戻そう。英雄の召喚というのは、大元の魂からそういった一部分が抽出されて行われるんだ。例えば、粗暴であり乱暴な性格をしている人物が弁慶さまを召喚したとしたら、その者の心象風景に合った若き日の乱暴な弁慶さまの魂が呼び寄せられることになるだろう。逆に、礼儀正しく堂々とした武人が弁慶さまを召喚した場合、源義経殿と出会った後の弁慶さまの魂が顕現なされる、ということだ」


「ははあ、ようやく理解が追い付いてきたぞ。【神籬機】と一緒で、英雄の魂も召喚した奴によって少しずつ差があるわけだ。あくまで大元となる魂は一つだけで、そこに刻まれている記憶の中から、召喚した奴と相性がいい部分が引き出される。だから同じ英雄の魂を持つ【神籬機】が複数機存在できるわけだ」


 合点がいった、と頷いたクロウの言葉に、大体認識は合っているとばかりにサクラも頷く。

 同じ英雄の魂を持つ、別の【神籬機】が存在できる理由を理解した彼は、そこでふと抱いた疑問を口に出した。


「んじゃあよ、基本的に英雄の魂っていうのは、できる限り死ぬ前の功績を立てに立てまくった時期のやつを呼び出した方がいいわけだ。そっちの方が使える武器とか技とかをいっぱい持ってそうじゃねえか?」


「う~ん……それもまた半分は正解ね。でも、そうじゃない場合もある。確かに長い時間を生きた記憶を持つ英雄の魂を呼び寄せれば、【神籬機】もその分多彩な技や武器を使えるようになるけど、逆にその英雄の弱点を継承することもあるのよ」


 再びサクラから解説役のバトンを受け取ったツバキは、クロウへと英雄召喚のデメリットを説明する。

 彼女はそのまま、この話の発端となった追加装甲を取り付けた理由についての話もしていった。


「さっきサクラちゃんが話したと思うけれど、武蔵坊弁慶さまは主君となる源義経に敗れ、忠誠を誓うことになったんだけど……その際、脛を強く打たれて負けたっていう話があるの。異世界では脛のことを『弁慶の泣き所』と呼ぶこともあるみたいで、そのくらい弁慶さまの弱点として脛は有名ってわけね。まあ、本当はそこが弱点じゃないって説もあるけれど、人々の記憶が英雄の魂に影響を及ぼすこともあるわけで、そのせいで色々と歴史がこんがらがるから、それを調査する側としては本当に面倒なことになってるのよね」


「脛、弁慶の泣き所、弱点……ああ! じゃあ、その追加装甲ってのは、弁慶の弱点をカバーするためのものだったんだな!」


「そういうことだ。別に狙われる場所ではないだろうが、防御は固めておくに越したことはない。長く生きた分、私が召喚した弁慶さまは多くの逸話を持ち、それを反映した武器や技を使用できるが、逆に弱点も抱えてしまっているわけだ」


「なるほどな……義経って奴に会う前の乱暴な弁慶なら、その弱点を継承してないってことか。そう考えると面白いな、英雄の召喚って」


 ようやく全てを理解できたと、清々しい笑みを浮かべて頷き続けていたクロウであったが……そこで彼の頭の中に二つほど気になることが生まれてしまった。


 一つは昨日のアーロンとの決闘の際に、自分に助言をくれた謎の女性のこと。

 今の今までつい頭からすっぽ抜けていたが、彼女は明らかにアーロンのガッシュに宿っていたリチャード一世の弱点を知っていた。

 そしてクロウのことを「私の最強」と呼んでいたことから考えるに……彼女は、クロウの【神籬機】に宿っている英雄の正体にも気付いているはずだ。


 いったい、彼女は何者なのか? どうしてクロウが知らない様々なことを知っている上に、力を貸してくれるのか?

 もしかしたらスラム街出身の自分がこのアーウィンに通うことになった理由にも一枚噛んでいるかもしれないと考えるクロウであったが、二つ目の疑問と比べれば、こちらはかなり些末な問題であった。


「なあ、今の話を聞く限り、【勇機士】に召喚された英雄っていうのは、そいつと相性がいい奴が呼び出されるんだよな?」


「ん? ああ、そういうことになると思うが……?」


 サクラの返答を耳にしたクロウが複雑な表情を浮かべ、がっくりと肩を落とす。

 急にどうしたんだと彼の反応に驚く女性陣たちの前で実に暗い表情を浮かべているクロウは、彼女たちへとこう問いかける。


「じゃあさ、素っ裸の英雄を呼んじまった俺って、もしかして露出狂の気があるってことか?」

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