サクラの英雄

「ここだ、入ってくれ」


「あ、ああ……」


 授業終了後、約束通りサクラに付き合うことになったクロウは、彼女に連れられてアーウィンの女子寮を訪れていた。


 そこの住人が同伴してくれているとはいえ、女だらけの場所に脚を踏み入れることに対してちょっとだけ緊張しているクロウは、サクラに続いて彼女の部屋の中に入る。

 自分に割り当てられた部屋と比べて随分と広く、内装も和風にまとめられている部屋の様子に驚いたクロウであったが、入ってすぐのところで頭を床に擦り付けて土下座している少女というさらに驚くものを見てしまったために、そこで思考停止して硬直してしまった。


「サクラさま、大変申し訳ございませんでした。私のせいで、とんだ恥を……」


「いい、気にするな。私も確認が足りなかった。それよりも頭を上げてくれ、客人が驚いている」


「はっ! これは、とんだ失礼を……」


 謝罪の後、サクラの言葉に反応して顔を上げた少女は、どこか闊達そうな雰囲気を覚える顔立ちをしていた。

 そばかすが目立つ短髪の少女に対して小さく頭を下げて会釈したクロウは、そこでこの部屋にもう一人の女性がいることに気が付く。


「ごめんなさいね。驚かせちゃったでしょう?」


「あ、いや、別に……」


 その女性から声をかけられたクロウはしどろもどろになって曖昧な返事をする。

 どうにも緊張が治まらないなと思う彼に対して、サクラが二人の女性たちを紹介し始めた。


「紹介しよう。桐生きりゅうツバキと東海林しょうじハスミだ。二人は我が東雲家に仕える使用人で、私と一緒にアイオライト王国に留学している」 


「はじめまして、情報研究学科に通ってるツバキよ。演習ではサクラちゃんを庇ってくれてありがとうね」


「ご紹介にあずかりました、技師学科の東海林ハスミです! この度は、私の不手際であなた様にもご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした!」


「う、うっす、クロウっす。どうぞ、よろしく……」


 知的かつ大人びた雰囲気のツバキと、礼儀正しく元気いっぱいなハスミ。

 そこにサクラを加えたタイプが違う美少女たち三人に囲まれたクロウはやはり落ち着かない気持ちになりながら固い挨拶をする。


 どうしてサクラは自分と彼女たちとを引き合わせたのか? と疑問に思う中、サクラは未だに正座を続けているハスミに近寄ると、自身のコア・クリスタルを彼女へと手渡した。


「早速で悪いが調整を頼む。脚部の魔力回路の状況に注意を払いつつ、最上の状態を目指そう」


「はいっ! お任せくださいっ!」


 桜色の結晶を受け取ったハスミは、大きめのアタッシュケースを開くとその中央にあった窪みへとサクラのコア・クリスタルを嵌め込んだ。

 そこから、サクラと共に細心の注意を払いながら何かの作業を始めた彼女の姿をぼんやりと見つめていたクロウに対して、ツバキが声をかける。


「あれはね、【神籬機】の整備をしているのよ。縮小の魔法によってコア・クリスタル内部に収納されている【神籬機】は、ああやって専用の道具を使って整備するの。まあ、通常サイズでやった方が色々と確実ではあるんだけど、簡単なメンテナンス程度なら、こうして一人でできるミニサイズでの作業がうってつけってわけ」


「へえ、なるほど……!」


 掛けている眼鏡のブリッジを中指で押しながら、解説を行うツバキ。

 彼女の話を聞いたクロウは大きく頷くと共に、そのまま会話を続ける。


「ははあ、読めてきたぞ。あのハスミって技師は、昨日もサクラの【神籬機】を調整したわけだ。どっこい、それで今日の演習中に異変が起きちまった。だからそれを自分のせいだって言ってるんだな」


「そういうことね。でも、うん……仕方がないといえば、仕方がないのよ。サクラちゃんの【神籬機】の場合、ちょっと事情が特別だから」


「???」


 意味深なツバキの言葉に、きょとんとした表情を浮かべるクロウ。

 いったい、何が特別なのかと彼が疑問を抱く中、ハスミに自身の機体を預けたサクラがその答えを告げる。


「私の【神籬機】は脚部に追加装甲を重ねているんだ。本来の装甲の上に魔力で接着する形で取り付けたんだが、知っての通り、石動の脚部はホバー移動のために精密な魔力回路が組まれていてな。どうやらその部分に追加装甲を取り付けるために施した術式が干渉してしまったせいで、機体の調子がおかしくなってしまったらしい」


「石動の脚部は、文字通り機体を支える最重要機関。そこに異常が起きぬよう、細心の注意を払って調整を行ったつもりでしたが……不甲斐ない技師で申し訳ありません」


「仕方がないさ。ハスミだって、【神籬機】の整備を行うのは初めてなんだ。少しずつ機体の性能や状態に差がある【神籬機】に完璧な調整を施すには、相応の技術と経験が必要になる。失敗もやむなしだろう」


 自身の腕の未熟さを責めるハスミに対して、サクラがフォローを入れる。

 そんな彼女たちの会話を聞いたクロウは、当然の疑問を三人へとぶつけてみた。


「なあ、ちょっと疑問なんだけどよ。そんなに大事な脚に、どうしてわざわざ追加の装甲なんて取り付けたんだ? 重装型の【神籬機】なんだから、そんなことしなくっても防御力は十分だろ?」


 石動の脚部は精密かつ重要な箇所であることを知っていながら、どうしてわざわざトラブルが起きるリスクを背負ってまで追加装甲を取り付けたのか?

 そんなクロウの質問を受けたサクラは、ツバキと顔を見合わせた後で小さく頷くと、その理由を説明する。


武蔵坊弁慶むさしぼうべんけい、それが私の【神籬機】に宿る英雄の名だ。我が東雲家の人間が召喚を行った場合、必ずといっていいほど弁慶さまが召喚に応じてくださる。そのため、機体もそれに応じた調整を行うようにしてあるんだ」


「ん……? 待てよ。その言い草だと、弁慶って英雄が何人もいるみたいじゃねえか。お前も、お前の親も、そのまた親も、【神籬機】に弁慶の魂を宿してるんだろ? それだとお前んちには、弁慶の魂が世代分存在してるってことにならねえか?」


 いまいち英雄召喚や【神籬機】についての知識に乏しいクロウが再び抱いた疑問を口にしてみれば、今度はツバキの方がその質問に答えてみせる。


「クロウくんの言っていることは半分は正解ね。確かにあなたの言う通り、東雲家には弁慶さまの魂が宿った【神籬機】が複数機存在しているわ。でも、武蔵坊弁慶という名の英雄は一人しかいないのよ」


「うん? なんか、矛盾してるような……?」


「う~ん、そうね……生きた人間を呼び寄せてるんじゃなく、死した英雄の魂を召喚しているってところが話の肝かしら? 召喚する英雄のどの時期の魂が宿ったかによって、【神籬機】の性能も変わるの。ここは話をわかりやすくするためにも、少し武蔵坊弁慶さまを例に解説をさせてもらうわね」



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