演習中、気付く

「クロウ! 私が前に出る! 援護は頼んだぞっ!」


 背中にマウントされている薙刀を手に取り、機体のスラスターを点火するサクラ。

 やや前屈みの特徴的な姿勢を取った石動は、文字通り地面を滑るようにして高速移動し、迫るゴーレムたちの集団へと挑みかかっていく。


「せいやあああっ!!」


 気合一発、勇ましい叫びと共に得物である薙刀を振るったサクラが、目の前に並ぶゴーレム数体をまとめて両断する。

 ゴウッ、という轟音を響かせて更に前に進む石動の姿を目撃しているクロウは、巨体に似つかわしくない高機動性に目を丸くしながらその活躍を見守っていた。


(どういう仕組みだ、あれ? 脚を動かさないで移動してやがるぞ?)


 明らかにガッシュよりも重そうな見た目をしているというのに、ガッシュと同等かそれ以上の機動性を見せる石動に驚きを隠せないクロウ。

 魔力を用いたホバー走行という、自重をものともしない移動技術を有している【神籬機】は、【勇機士】であるサクラが言った通り、機動性も抜群であるようだ。


「はああああっ!!」


 そして更に、見た目通りのパワーも備えている石動が再び薙刀を振るえば、瞬く間に数体のゴーレムたちが土塊へとその姿を変えていく。

 機動性、重装甲、殲滅力の三つを兼ね備えた【神籬機】を駆るサクラは、その性能を存分に活かして大活躍していた。


「おっと、見てる場合じゃあねえな。後衛は後衛らしく、しっかり援護しねえと!」

 

 そんなサクラの獅子奮迅の活躍を見守っていたクロウであったが、彼女だけに働かせるわけにはいかないと思い直し、改めて武器である魔道機関銃を構えた。

 そこまで苦戦している様子はないが、サクラの石動を取り囲むゴーレムの一体に狙いを定めた彼は、昨日とは打って変わって真の威力を解放した機関銃から魔法弾をばら撒き、前線で戦う彼女を援護していく。


「オオ、オオ、オォォォォ……」


「大丈夫か? 無茶せず、ヤバいと思ったら下がっていいぞ!」


「気にするな! この程度の雑魚魔獣、私と石動の相手ではない!!」


 薙刀でゴーレムを両断し、時に太い鋼鉄の上で殴り飛ばして、次々と敵を蹴散らしていくサクラ。

 自分の実力を見定めるんじゃあなかったのかと、自分とチームを組む際に彼女が言っていたことを思い出したクロウは、このまま自分の出番がないまま演習が終わったら、その目的も果たせないではないかと苦笑していたのだが――


「むっ!?」


「ん? どうした?」


 突如、ゴーレムの集団を相手に大立ち回りを繰り広げていたサクラの石動の体が、ガクンと沈んだ。

 それは一瞬のことであり、彼女はすぐに体勢を立て直してみせたのだが、その動きに違和感を覚えたクロウは眉をひそめながら機体の安否を問いかける。


「何かトラブルか? なら、一旦下がれよ。ここからは俺が……」


「いや、気にするな! 私はまだやれる!」


 クロウの申し出を拒否し、再び戦い始めるサクラであったが……その動きは今までのものと比べると、明らかに様変わりしていた。

 つい先程まで見せていた巨体をものともしない素早い移動は鳴りを潜めており、今は鈍重な動きで敵を迎撃している。

 しかも、馬力に関しても何か異常があったのか、数体のゴーレムを纏めてなで斬りにしていた力強さが嘘であるかのように、一体の魔獣を屠るのにも苦戦している有様だ。


「くっ! これは……!?」


 サクラも明らかに自機の異常を察知しているようだが、それでも頑なにその場から下がろうとしない。

 そんな彼女のことを援護しつつ、少しずつ距離を詰めていったクロウは、異変の原因について考えを深めていった。


(張り切り過ぎて魔力が切れたか? いや、それにしたって活動時間が短過ぎる。やっぱり、【神籬機】のどっかにトラブルがあったんじゃねえのか?)


 高い馬力と防御力を持つ重装型【神籬機】だが、魔力の消費量が多いという欠点も抱えている。

 最初はその欠点が発露してしまったのかと考えたクロウであったが、戦闘開始から十分も経っていない状況でここまで性能が落ちてしまうというのは流石に妙だと思い直し、また別の可能性を探り始めた。


 次点で考えられるのは、【神籬機】自体がなんらかの不調をきたしたという線。

 整備不良か、あるいは昨日戦ったアーロンのガッシュのように、弱点と思わしき場所を攻撃されてしまったのか……詳しいことはわからないが、こちらの可能性の方が高そうだ。


 クロウ以上に自機の状態を把握しているはずのサクラがどうしてそのことを言わないのかは気になるが、今はそれよりも彼女の救援を優先した方がいい。

 そう判断したクロウは【神籬機】の右手に銃を、左手に直剣を構えた両手武装状態でゴーレムを蹴散らし、石動へと接近していく。

 弾が切れた魔道機関銃を放り投げた彼は、目の前に現れたゴーレムへと突進するとその胴体に剣を突き刺し、蹴り飛ばしてからサクラへと声をかけた。


「おい、明らかに動きが悪くなってんぞ? 無理しないで、一旦下がれって」


「くっ……!」


 自分が足を引っ張っている自覚があったのか、クロウに窘められたサクラが悔しそうに呻く。

 反論をしないことから考えても、やはり自機の調子がおかしいことには気が付いていたのだろう。

 どうしてその不調を訴えなかったのかという疑問は残るが、今は迫るゴーレムを迎撃しなければならない。


「ポジションチェンジだ。今度は俺が前に出るから、お前が援護を――」


「すまない。私は射撃が苦手で、遠距離攻撃用の武器を持ち込んでいないんだ……」


「はぁ!? マジかよ!? おいおい、やべーぞ、こりゃあ……!?」


 銃の類を持ち込んでいないというサクラの告白に素っ頓狂な声を出すクロウ。

 彼女と役割を交代しようにも、援護が一切ない状態で自分が前衛を張ることに対する困難さを想像した彼は、表情を引き攣らせた。


 幸い、サクラの奮戦のお陰でゴーレムたちも残り数体というところまで数を減らしてはいるものの、これを自分一人で迎撃できるかと聞かれるとやや怪しい。

 かといって、調子のおかしい【神籬機】に乗ったサクラを戦わせ続けるというのもそれはそれで危険が伴うだろう。


「なあ、何か俺でも使えそうでゴーレムたちを一発で撃破できそうな武器とか、持ってないか?」


「それもすまん。私が持ち込んでいる武器は重装型アーマータイプ用の武器ばかりだから、馬力が違うお前の【神籬機】では扱えないと思う」


「だよな。さ~て、どうすっか……?」


 わかり切っていたが、一応……というふうな質問に対しても予想通りの答えを返されたクロウは、この状況をどう打破すべきか必死になって考えを巡らせ始めた。

 別にこれは訓練なのだから失敗しても構いはしないのだが、ゴルドマンに絶好のいびりネタを提供するのも癪な彼は、懸命に頭を働かせて策を模索していく。


 現状、自分が使える武器は訓練用の直剣のみ。

 切れ味が鈍いこいつでは、サクラのようにゴーレムを一刀両断というわけにはいかず、何度か攻撃しなければならない。

 その間に防衛線を突破される可能性は十分にあるし、動きが鈍くなったサクラの石動がどの程度相手に対応できるかがわからない以上、魔獣たちに自分の後ろを抜かせることは極力避けるべきだ。


 とはいえ、腐っても大型魔獣であるゴーレムは、そう易々と倒せてしまう相手ではない。

 特に性能が最低クラスである自分の【神籬機】でどう奴らを処理すべきかと、その方法を考え続けていたクロウであったが、そんな彼のことをゴーレムたちが待ってくれるはずもなく、気が付けば攻撃が届く範囲まで接近を許してしまっていた。


「オオオオオオオオッ!!」


「げえっ!? ど、どうすりゃいいんだ!?」


 これ以上、サクラに無理をさせるわけにはいかない。だがしかし、自分一人でゴーレムたちを相手取る作戦があるわけでもない。

 状況を打破する方法が見つからないままにサクラと一緒に数体のゴーレムに取り囲まれたクロウは、包囲網に加わらなかった魔獣が先へと進軍する様を見て、大慌てで敵を追うべく目の前の魔獣へと斬りかかる。


「だーっ! クッソ!! 少しは考える時間をよこせっつーの!!」


 スラスターを吹かして大ジャンプをすれば包囲網を突破できるとは思うが、サクラをゴーレムたちの輪の中に取り残すわけにもいかない。

 どうにかして自分たちを取り囲む魔獣たちを撃破してから敵の後を追わなければと焦るクロウは、懸命に岩と土で構成されたゴーレムへと直剣を振り下ろしていく。

 だがしかし、やはりそこは低性能と切れ味の鈍い訓練用直剣の威力が重なってしまったお陰か、思うように敵を撃破できずにいた。


「くっ……! クロウ、私のことは気にするな! 防衛エリアに向かう魔獣を追え!」


「んなことできるかよ! 畜生が、誰だか知らねえけど本当に役に立たねえ英雄様だなっ!!」


 ステータスは低い、固有の武装もない、どんな能力を持っているかどころか名前すらわからない。

 折角、力を貸してもらうために召喚したというのに、これでは何の意味もないではないか……と、自身の【神籬機】に宿る裸の騎士の姿を思い浮かべたクロウは、彼との邂逅の際に目撃した珍妙な舞いを思い返すと共に彼に対する怒りを募らせていく。


 自分をおちょくるような踊りを披露して、名前すら教えようともしないで、苦悩と疑問だけを残してお気楽に振る舞いやがって……と、苛立ちをピークまで高めたクロウは、そのタイミングで襲い掛かってきたゴーレムへとその怒りをぶつけるようにして八つ当たり気味に【神籬機】の右腕を振りかぶった。


「此畜生がっ!! マジでてめえ、どこのどいつなんだよっ!?」


 緩慢な動きのゴーレムの顔面目掛けて右拳を繰り出すクロウ。

 これは半ばヤケクソとなった自分の苛立ちを発散するための無意味な行動であり、本来はこんなことをしている余裕などあるはずがないのだが、ここまで知らず知らずのうちに溜め込んでいたストレスを爆発させた彼は、思わずそれをどうにかするための行動を取ってしまったのである。


 だが……その行動が、他ならぬクロウに予想外の成果をもたらした。


「ゴオオオオオオオッ……!?」


「あ、あら……?」


 ゴシャッ、と鈍い音を立ててゴーレムの顔面へと【神籬機】の右拳が直撃した途端、その肉体が一瞬にして砕け散ったのである。

 てっきり、相手を数歩後退させるくらいのものだと思っていたクロウは、先程まで剣でいくら斬りかかっても倒せなかったゴーレムがパンチ一発で消滅したことに驚きを隠せずにぽかんとしていたのだが――


「あれ、もしかして……?」


 ――そこでとある可能性に思い至った彼は、唯一の武器である剣を地面に突き刺すと、手近なゴーレムへと挑みかかっていく。

 先程と同じように敵の反撃を潜り抜け、思い切り振りかぶった拳を無防備な胴体に叩き込んでやれば、そのゴーレムもまた一撃でただの土塊へと肉体を変貌させ、消滅してしまったではないか。


「あ、あっれぇ? もしかしなくてもなんだけど、こいつ……」


 もう間違いない。二度も同じように魔獣を撃破したのだから、これは偶然ではないのだ。

 剣を使った時には苦戦していたゴーレムが、素手で戦った途端にあっさりと倒せるようになってしまった。

 このことから導き出される結論はたった一つ。つまり、この【神籬機】は――


「武器を使わない方が、強い?」

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