東雲サクラ
「反則勝ち、だってよ」
「どんな方法を使ったのかは聞いてないけど、相当エグいことしたらしいわよ」
迎えた翌日、自身の
話の内容は昨日の模擬演習に関するもので、噛ませ犬であったはずのクロウがアーロンに勝利したことは既に広く知れ渡っているらしい。
本来ならばあの試合はアーロンとその【神籬機】の力を見せつけるためのデモンストレーションであって、新入生たちはその内容を見ることはできなかったが、教師や保護者、一部の上級生たちは試合を観戦していたから、そこから話が漏れたのだろう。
というよりかは、アーロンの醜態が広まらないように教師(ゴルドマンだ)がクロウが反則で勝利を掴み取ったという話を広めているようにも思える。
大半の生徒たちはそれを信じた。クロウは試合に勝ちこそしたが、それは卑怯な手段を使って得た醜い勝利だと思っている。
まあ、普通はそう考えるだろう。なにせ自分の【神籬機】の性能は最低ランクだとゴルドマンが大声で吹聴してくれたし、そもそもスラム街出身の自分がこの学校に通っている時点で何らかの不正が働いているのではと、彼らは疑っているのだから。
仮に彼らがこの話に違和感を覚えたとしても、それを口にすることなんてない。
薄汚いスラム街出身の男を庇って、教師や名門一族の面々に目をつけられるリスクを考えれば、口を噤む方が賢いというものだろう。
とまあ、そんなわけで入学二日目からぼっち状態になってしまったクロウであったが、当の本人にはそんなことを気にしている様子は一切見受けられない。
割と冗談抜きに、快適な王都での生活を満喫しているようだ。
スラム街での生活と比べれば、まともな壁と屋根がある学生寮での生活は天国そのもので、他の生徒たちよりも一段質素に見える部屋もクロウにとってはホテルのスイートルームのように思えている。
備え付けのベッドに横になり、温かい毛布を被ってぐっすりと眠ることができる生活が如何に素晴らしいものかを理解している彼は、ほくほく顔で初授業の日を迎えていた。
(座学ねえ。正直苦手だけど、こいつを学ばないと【勇機士】なれないってんだからしょうがねえか)
読み書きに関しては元軍人を名乗るスラム街の老人から習ったから問題ない。
最低限の学というものを身につけておいて損はないと言っていた彼の言葉は正しかったなと、先人の言うことを素直に聞いておいてよかったと改めて思うクロウ。
学校での勉強という初めての経験はそれはそれで面白いもので、彼は授業の内容をぐんぐんと吸収していった。
「割と面白いな、勉強って」
午前の授業が終わり、一人ぼっちで昼食の時間を迎えたクロウは、ペラペラと教科書を捲りながらそんなことを呟く。
アイオライト王国と【神籬機】との歴史を紐解くその書物をふんふんと鼻を鳴らして読み進めていた彼は、午後のカリキュラムを思い出すと再び独り言を漏らした。
「午後、実技演習か。確か二人一組のチームを組めとか言われてたな……」
その事実を思い出した途端、クロウの顔がくしゃりと歪んだ。
いつの時代も、どこの世界でも、先生による「二人一組のペアを作って」という悪魔の一言がぼっちの心を抉るだけの威力を誇っていることは変わらないらしい。
周囲の生徒から避けられている自分には誘う相手もいないし、誘われるような境遇でもないよな……と、考えたクロウが頬を掻く。
この感じだと、余った生徒とぼっち同盟を組む羽目になりそうだなと、彼がそんな物悲しい想像を膨らませていると――
「すまない、ちょっといいだろうか?」
「あん……?」
背後から聞こえた声に振り返ったクロウは、こちらを見つめる女性の姿を見て、首を傾げた。
艶やかな黒髪を後ろで纏めたポニーテールの髪形。すらりと長い脚と腕。凛とした佇まいと顔立ち。
どこか武士然とした雰囲気を持つその女性は、クロウの顔を見つめながら口を開き、自己紹介をする。
「お初にお目にかかる。私の名は
「はあ……それで、俺に何の用なんだ?」
「午後の授業、二人一組となっての実習と聞いているが、貴殿さえ良ければ私と組まないか?」
「え……?」
予想だにしていない展開に驚き、目を見開くクロウ。
サクラからの申し出に戸惑いながらも彼女を見つめ返した彼は、少しだけ躊躇いがちにこう問いかける。
「……いいのか? 俺と組んだら、お前も周りの奴らから白い目で見られるかもしれないぜ?」
「気にしないさ。先程は格好つけた言い方をしたが、我が東雲家は弱小貴族と呼ばれる家。己を取り繕っても虚しいだけだ。それならば私は、自分の思うがままに振る舞ってみたい。その第一歩として、貴殿がどのような人物かを確かめてみようと思った」
「俺を? どうして?」
「どうやら貴殿は平民よりも下の身分であるようだ。そんな貴殿がこの名門校に入学し、しかも性能が最低と格付けされた【神籬機】で上位の機体を打ち破ったと聞く。皆が言うように、貴殿は卑怯な手を使ってここにいるのか? それとも、我々が知らない何かを持っているのか? 私は是非とも、この目でそれを確かめてみたいのだ」
どこまでも真っ直ぐなサクラの言動に若干気圧されたクロウであったが、逆にその実直さに惹かれてもいた。
アーロンやゴルドマン、他のクラスメイトたちと違って裏表のないサクラの態度に好感を抱いた彼は、丁寧に理由を述べた彼女へとこう答える。
「そんな大した人間じゃないさ、俺は。だけど、誘ってもらえたのは助かる。喜んで、あんたと組ませてもらうよ」
「ありがとう。急な申し出を受けてくれたこと、感謝する」
小さく微笑みながら、感謝の言葉を告げながら、クロウへと右手を差し出すサクラ。
真新しい制服のズボンで手を拭ったクロウは、彼女からの申し出に応えて握手を交わす。
「ああ、そうだ。丁寧なのはありがたいけど、その貴殿とかいう呼び方は少しむず痒くなる。普通に名前で呼んでくれ」
「了解した。では、お前も私のことを名前で呼んでくれ。改めて……よろしく頼むぞ、クロウ」
「こっちこそよろしく、あ~……サクラ」
ぎこちなさを見せつつも、サクラのことを名前で呼ぶクロウ。
初めてできた友人らしい友人の存在に感謝しながら、彼は彼女と共に午後の実習に挑むのであった。
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