スラム街の鴉、英雄を屠る

「はあ? 急になんだよ? ってか、あんた誰!?」


 全く聞き覚えのない女性の声がコックピットに響いたことに驚き、思わずその声の主に質問を投げかけてしまうクロウ。

 しかしその女性は、飄々とした態度で彼の問いかけを無視し、一方的に話を続ける。


「私が誰かだとか、今はそんなことどうだっていいでしょう? あなたがすべきことはあの【神籬機】に勝つこと。違う?」


「っ……!!」


「……一つだけ、あなたにヒントをあげる。それを活かすかどうかはあなた次第。私の期待を裏切らないでね、クロウ」


 彼女がどうして自分に肩入れするのか、どうして名前を知っているのか、そんなことはどうでもよかった。

 彼女の言う通り、今のクロウがすべきことはアーロンを倒し、彼やゴルドマンの鼻を明かすことなのだから。


 謎の声の主はそんなクロウの考えを読み取ったかのように小さく笑うと、彼へとこう告げる。


、そこにあなたの勝機があるわ。頑張ってね、私の最強」


「肩ぁ……? ざっくりとし過ぎじゃねえか?」


 プツン、と音を鳴らして通話が切れた後、やや大雑把なそのヒントにクロウが顔を顰める。

 彼女のことを信用していいかもわからないし、このヒントの意味もわからないが……すべきことを決めたお陰で頭がすっきりしたことも確かだ。


 ああだこうだと考えを巡らせなくて済むのはいい。機体の操縦に集中できる。

 モニターに映るアーロンのガッシュを睨み、獰猛な笑みを浮かべたクロウは、黄金の機体が構えた剣を上段から振り下ろす様を目にしたその刹那に動きを見せる。


「吹き飛べっ! 『獅子心王の咆哮ライオンハート』ッッ!!」


「今だっ!!」


 威力に関しては抜群だが、挙動が見え見えなお陰である程度は攻撃の軌道やタイミングは読みやすい。

 攻撃を繰り出すと同時に脚部に魔力を伝達させ、思い切り【神籬機】を宙へと舞わせたクロウは、眼下に見える黄金のガッシュへと狙いをつける。


「馬鹿がっ! 落下地点で待ち受ければ僕の勝ちだっ!! その機体をスラムのスクラップにしてやるよ!!」


 そう叫び、剣を構えるアーロン。このタイミングでは『獅子心王の咆哮ライオンハート』の連発は間に合わないと冷静に判断したようだ。

 だがしかし、クロウの方も冷静に相手の機体を観察し、気になる個所を発見する。


(見つけたっ! あの部分かっ!!)


 謎の人物の助言通りに肩を観察してみれば、そこに黒いシミのような円形の跡があることがわかった。

 あまり大きいわけではなく、上から確認しないと見つけ出すことができない位置にあるその跡だが、金色に染まっている機体の中では、その部分は明らかに目立っている。


 一か八か、ここに賭けるしかない。

 そう判断したクロウが取った行動は、落下の勢いを活かした攻撃……ではなく、投擲の構えだった。


 これまで相手の攻撃を受けることだけに使っていた直剣の柄を握り、右腕を大きく後ろに引く。

 ガッシュの肩に見える黒い跡へと狙いをつけたクロウは、気合を込めた叫びをあげながら最後の武器である剣を思い切り投げつけた。


「いっけぇぇぇっ!!」


「なっ!? なんだっ!?」


 ヤケクソとしか思えない剣を投げつけるという攻撃に驚いたアーロンは、それを回避することができなかった。

 クロウの狙い通り、真っ直ぐに飛んだ直剣はガッシュの肩にある黒点に直撃し、その装甲に阻まれて大きくバウンドする。


 通常ならば、この程度でゴルドマンが試合を止めるはずがない。

 訓練用に刃を潰された直剣が直撃したところで、アーロンのガッシュが行動不能になってさえいなければ戦闘を続ければいいだけの話だ。


 ……そう、アーロンのガッシュが戦闘不能になってさえいなければ、だ。


「ど、どうした? 何が起きたっ!? どうして僕の言うことを聞かないっ!? 動かないんだっ!?」


 最初に異変に気が付いたのは、他の誰でもないアーロンだった。

 操縦桿を動かそうとも、魔力を注ごうとも……ガッシュが、一切反応を示さないのである。


 豪華な剣を握っていた腕もだらりと垂れ下がり、全身から発せられていた魔力も完全に消え去っていて、機体から覇気というものが感じられない。

 コックピットの中でありとあらゆる操作を行い、試し、なんとかして機体を動かそうとするアーロンであったが、その全てが無反応ということでパニック状態に陥ってしまっていた。


「動けえぇぇっ! 動けよぉおっ!! どうして動かないん、がああっ!?」


 闇雲に操縦桿を動かし、半狂乱になって叫び続けていたアーロンは、自機を襲った激しい衝撃に悲鳴を上げる。

 空中から降下してきたクロウの【神籬機】に圧し掛かられ、完全にマウントを取られた体勢になってしまったことに気が付いたアーロンは、モニターに映る漆黒の機体が握り締めた拳を振り下ろす様を目にして、恐怖におののいた。


「やっ! やめろぉっ! やめてくれぇぇっ!!」


 カメラがある顔面へ、コックピットに近い胴体へ、弱点と思わしき箇所がある肩へ……と、【神籬機】の至る所に次々に拳を振り下し、打撃をくらわせるクロウ。

 モニターに映る映像と、自身を襲う激しい衝撃の連続に怯え竦むアーロンは、既に機体の操縦桿から手を離して縮こまっていた。


「はっ、離れろぉぉっ! こんなやり方、なしに決まってるだろぉっ!!」


「知らねえよ。審判が止めに入らなきゃ問題ないって言ったのはお前だろうが」


「うっ、うわああっ!? ひいぃいいっ!!」


 バキン、バキンとガッシュの装甲が凹む。

 握り締められた鋼鉄の拳を振り下ろされる度に火花が散り、強い衝撃がアーロンを襲う。


 ゴルドマンたちも事の異常性には気付いているのだろう。しかし、あまりにも予想外の展開過ぎて思考が停止しているのだ。

 自分が勝つためには、彼らに介入される前にアーロンの心を折るしかないと、唯一の勝ち筋を辿って戦うクロウは、全力で彼の【神籬機】に拳を振り下ろし続ける。


「オラッ! オラッ! オラァッ!!」


「や、やめろぉっ! やめろぉっ! もう、十分だろうっ!?」


「このっ、金ぴかがっ! 悪趣味、なんだよっ!!」


「助けて! ここから出して! ママーッ! パパーッ!!」


「はははははっ! 泣けっ! 喚けっ! 誰も助けちゃくれねえがなっ!!」


 傍から見れば、クロウは悪役以外の何者でもない。

 無抵抗な相手に全力でマウントを取り、拳を叩きつけ続けているのだから。


 しかし、そういった振る舞いを見せることでアーロンの心に恐怖を植え付けることこそがクロウの目的だった。

 機体に響く衝撃、抵抗できないという状況、自分を襲う敵意剥き出しの相手、それら全てが組み合わさった時、彼の心には途轍もない恐れが生まれる。


 どこまでも巨大に膨れ上がった恐怖は思考能力を完全に停止させると共に、アーロンの心を完膚なきまでに粉々に打ち砕いてしまった。


「ま、負けたっ! 僕の負けだっ!! だからもう止めてくれっ! もう殴らないでぇっ!!」


 狂ったように泣き叫ぶアーロンの敗北宣言を耳にした瞬間、クロウは振り下ろしていた【神籬機】の腕をぴたりと静止させる。

 そのまま、何事もなかったかのように立ち上がった彼は、ようやく通信が繋がったゴルドマンが怒りのあまり顔を真っ赤にしている様を見て、鼻を鳴らした。


「先生も聞いたよな? こいつは自分の負けを認めた。勝負は俺の勝ち、そうだよな?」


「く、クロウ……! スラムのゴミ溜めで育った貴様が、なんという真似を……!!」


「そんなに睨まないでくれよ。別に俺、反則行為はしてないだろ? むしろ、もっと早くに試合を止めてくれてれば、こいつだって怖い思いをしなくて済んだんだから、先生の責任だろ?」


「ぐっ、ぐぅ……っ!!」


 抵抗できない相手を一方的に殴りつけるというダーティな戦い方こそしたものの、クロウの行動は反則行為とは言い難い。

 逆に試合の中で自分が見せたアーロンへのえこひいきを当て擦るような嫌味で返されたゴルドマンは、更に顔を赤らめながらもぐうの音も出ない様子でクロウを睨むしかなかった。


「まあ、一応、言わせてもらうぜ」


 未だに闘技場の地面に倒れ、微動だにしない黄金のガッシュを見下ろしながら、モニターに映るゴルドマンに対して不敵な笑みを見せつけながら……クロウは、堂々と彼に言い放つ。


「俺の、勝ちだ」


 ゆでだこのように顔を赤くするゴルドマンも、未だに【神籬機】のコックピットの中で震えているアーロンもその宣言に反論することはできない。

 こうして大番狂わせを演じたクロウは、意気揚々と闘技場の出口に向かうと、掴み取った勝利に心を昂らせるのであった。


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