【神籬機】の力
「あ~、もう! 面倒だな、お前! いちいち粘るんじゃないよ! どうせ勝ち目なんてないのにさぁ!!」
操縦席にキンキンとした耳障りなアーロンの叫びが響く。
どうやら彼は、予想以上にクロウが粘っていることに苛立ちを募らせているようだ。
まあ、一方的に弾丸を浴びせられた上に、ようやく懐に潜り込んで望み通りの接近戦ができたと思ったら、こちらの攻撃を全て捌かれているのだからそれも当然だろう。
アーロンにも圧倒的に地位が下であるスラム街出身のクロウに良いようにやられているという自覚はあるようで、それが彼の苛立ちを加速させているのかもしれない。
この調子で冷静さを失って、とんでもない隙を生んでくれないかな……と、淡い期待を抱くクロウであったが、その期待は悪い方向で裏切られることとなった。
「……いいや、使っちゃおう。一度味わってみたかったんだよね、英雄の力を使う爽快感ってやつをさぁ!」
「はい……?」
どこか興奮を抑えきれていないアーロンの声を耳にしたクロウが顔を顰める。
なにか途轍もなく嫌な予感がする……と、警戒を強める彼の目の前で、バックステップをして距離を取ったアーロンのガッシュが剣を構えながら魔力を解放してみせた。
「あはははは! 凄い! 凄いぞ! なんてパワーなんだ!」
「おいおいおいおいおい、何やってんだよ、あいつは? これ、演習だぞ?」
全身から迸る黄金のオーラが、アーロンが発している魔力の量を物語っている。
正確には、彼のガッシュの内部にあるコア・クリスタルを活性化させることで機体の魔力を増幅しているわけだが、そんなことはどうだっていいだろう。
ゆらり、と揺らめいた魔力で作られた覇気が直剣へと収束していく。
黄金の闘気を纏った剣がその見た目に相応しい凄まじいまでの力を目覚めさせると共に、それを振りかぶったアーロンが愉快極まりないといった声でクロウへと言う。
「光栄に思えよ、ゴミ。お前なんかには勿体ない、本物の【神籬機】の力ってやつを見せてやる」
「やべ……っ!!」
上段から下段へ、大きく振り下ろされる剣の動きを目にしたクロウが大慌てで回避運動を取る。
最小限の動きで最大限の運動ができるようにコンパクトなステップで右方向へと移動した彼は、その寸前に自分へと迫る黄金の輝きを瞳に焼き付けていた。
「くらえっ! 『
コックピットに響くアーロンの甲高い叫び。それを掻き消す、獣の咆哮。
その音が高濃度の魔力を纏った剣を振ることでうねった空気が響かせる唸りであることを理解するクロウの前で、黄金の魔力が獅子の形へと変貌する。
大きく口を開け、牙を剥き出しにし、獲物を食らわんと襲い掛かるライオンの形を模した魔力の奔流をすんでのところで回避したクロウは、今しがた自分が避けた攻撃が着弾すると共に大爆発を起こす様を見て、顔を青ざめさせた。
「ざっけんなっ! あんなもんが直撃したら、どう考えたってただじゃ済まねえだろうがっ!!」
「そう思うなら降参すればいいじゃないか? ゴルドマン先生も僕を止めないってことは、反則じゃあないって認めてるってことだしね」
「クソ、ふざけんなよ……!? 普通、ここまでやるか?」
「なんとでも言えよ、ゴミ。これが【神籬機】が持つ、真の力だ。お前には到底真似できない芸当だろうさ! あはははは!」
自身に宿る英雄の力を借り、それを顕現する。【神籬機】を使った正しい戦い方を披露したアーロンは、その全能感に心を弾ませているようだ。
黄金の機体色や実戦よりも儀礼向きに見える武器から、彼のガッシュに宿った英雄を戦いには向かない王族の人間だと考えていたクロウであったが……先の一撃を見るに、その考えは間違ってたと認めざるを得ないだろう。
「これが我が【神籬機】に宿る英雄、リチャード一世の力だ! 獅子心王の力、とくと味わうといい!」
「リチャード一世、だぁ……? 誰だよ、そいつ?」
リチャード一世……十二世紀のイングランドを治めた王であり、その勇猛さから
王ではあるものの治世よりも武勲や冒険譚が有名な人物であり、在任期間の大半を戦争に費やしたことで有名な国王でもある。
そんな戦争屋であり、高名な騎士でもある英雄が憑りついたのだから、そりゃああんな金ぴかで派手な機体にもなるだろう。
あるいは、堂々と自身が召喚した英雄の名を宣言するアーロンの自尊心が前面に出ているのかもしれないが……今はそんなことを考えている暇はない。
獅子心王とまで呼ばれた騎士としての勇猛、誇り、そして力を剣に込め、その名の通りの獅子の形をした魔力弾として放つ必殺技『
あれだけの爆発を起こし、地面を大きく抉るだけの威力を誇る一撃を、盾のような防具を所持していないこの機体で受ければ大破は必至だ。
「最後のチャンスだ。降伏しろ。敗北を認め、僕に情けなく許しを請え」
「………」
圧倒的な力を見せつけたアーロンの降伏勧告を押し黙ったまま聞くクロウ。
暫しの沈黙の後、彼は微塵も怖れを感じさせない声で答える。
「……獅子心王、だっけか? いや、まったく……その名前を聞いて楽しみになったよ」
「楽しみ? 何がだ?」
「お前を負かすことに決まってんだろ。ライオンの吠え面なんて滅多にお目にかかれるもんじゃねえからな。楽しみで楽しみで仕方がねえ」
「……馬鹿がっ! その不敬、己が身を以て償えっ!!」
わかりやすく挑発に乗ったアーロンが再び機体の全身から黄金の魔力を放出し、必殺技の構えを取る。
こうして、相手の動きを誘導したまではよかったが……ぶっちゃけた話、クロウはここから打つ手を何も考えていなかった。
(さて、どうすっかな? 相手の魔力が切れるまで逃げ回るって方法もなくはないが、馬鹿みたいにあの技を連発してくれるとは限らねえし……)
英雄の力を引き出しての攻撃は、少なからず【神籬機】やその【勇機士】の魔力を消耗する。
コア・クリスタルにも大きな負担がかかるし、あれほどの大技をそう何度も連発できるわけではないはずだ。
ただ、それでもアーロンが調子に乗って【神籬機】が動かなくなるまで必殺技を出し続けるとは限らないし、少しでもクロウがミスをすれば、強烈な一撃をくらって戦闘不能どころか機体ごとおしゃかになりかねない。
この状況を覆す方法を見つけなくては……と、技を出す構えを取るアーロンの姿を目にしながらクロウがその方策を考えていると……?
「苦戦してるわね、私の最強。少し、手を貸してあげるわ」
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