あからさまな贔屓
合図と共に、相手が動く。
背部スラスターを点火した黄金のガッシュは腰の直剣を引き抜くと、真っ向からクロウの【神籬機】へと突進し、接近戦を挑んできた。
「おいおい、焦り過ぎだろうが。盾もないのに真っ向から突っ込んでくるなよ」
無謀としか思えない敵の行動にぼやいたクロウは、動じることなく迫る敵機に向けて学園から貸し出された銃を向けた。
魔道機関銃……魔力を塊とした弾丸を連続して放つそれは、アイオライト王国にて広く扱われている基本武器の一つだ。
今回は演習ということで出力を下げられているが……それでも射撃武器であることに変わりはない。
右腕で掴んでいる機関銃の狙いをつけ、そのままトリガーを引く。
銃口からばら撒かれた魔力の塊は無防備に突っ込んでくる敵機に直撃し、砕け散った。
本来ならばこれで終わりとなるはずだ。
これが実戦ならば、弾丸の直撃によって敵の【神籬機】は行動不能になっているのだから。
だが、戦いは終わらない。ゴルドマンも決着がついたというアナウンスをしない。
その不自然さに違和感を覚えながらも今は目の前に迫る敵機をどうにかするのが先決だと考えたクロウは、機体を屈めて大きく跳躍すると共に、無防備な黄金のガッシュの背中にもう一度銃弾を雨あられのように食らわせたのだが――
「おいおい、おかしいだろ? 背部に弾丸が直撃だぜ? 普通はもう、終わりになってるはずだよな?」
それでもゴルドマンはクロウの勝利を宣言しない。敵機もまた、当然のように振り返るとクロウへの突撃を再開する。
着地後、どうにか二度目の突進を捌いたクロウは、明らかに不公平なゴルドマンのジャッジに気が付くと同時に、この演習の真の目的を理解した。
(なるほどね。俺は噛ませ犬ってことか)
入学早々に行われる、実戦さながらの模擬演習。しかしこれは、ただの演習以上の意味を持っている。
各国から集った王家、名家、その他優秀な【勇機士】たちの力を見せつけるためのデモンストレーションがそれだ。
少し難解な話ではあるが、高名な【勇機士】を輩出している一族の人間の【神籬機】には強い英雄が憑依することが多い。
中には父や兄と全く同じ英雄が力を貸してくれるといったこともあるようで、名門と呼ばれる一族の【神籬機】はそのお陰で例外なく強力な機体に仕上がると決まっていた。
この演習は、そうして出来上がった【神籬機】を駆る名家の人間たちの力を教師や上級生、そして同じ新入生たちに見せつけるためのお披露目の場なのである。
名門出身の人間や学校側が期待している者たちは勝ち馬のグループへ、そうでないものは噛ませ犬のグループへ……というように二つの集団に分けられた新入生たちは、これから結果が見えている勝負に臨むことになる、というわけだ。
スラム街出身のクロウが振り分けられたのは、当然ながら後者。
噛ませ犬としてこの戦いに敗北することが、彼に与えられた役目なのだ。
だからこそ、ゴルドマンは明らかに勝負が着くだけの攻撃を黄金のガッシュがくらったとしてもそれを有効打とは認めない。
王族や貴族といった高い地位に在る人間が、スラム街出身のゴミクズに負けることなどあってはならないからだ。
(本当、腐ってるな! これが王国随一の【勇機士】育成機関の内情ってことかよ!!)
三度目の突撃も何とか捌き、至近距離から敵機に銃弾を浴びせるクロウ。
出力が抑えられているとはいえ、何度も何度も魔力の塊による銃撃を浴びせられた黄金の装甲は所々傷付き、凹んでいる部分も見える。
だが……やはりゴルドマンは演習を止めない。戦いを続けさせようとする。
あからさまな贔屓に舌打ちを鳴らし、機関銃の弾が切れたことに対して再び舌打ちを鳴らしたクロウの耳に、敵【神籬機】を操るアーロンの挑発が響いた。
「どうした? もう終わりか!? ならば今度はこっちから行くぞっ!!」
もう何度も攻撃を仕掛けて、それを捌かれながら撃墜されてるじゃねえか! という言葉をクロウはギリギリのところで飲み込む。
どうせ何を言っても無駄だし、ゴルドマンに咎められるような真似はしない方がいいと思いながら弾切れになった機関銃を放り投げた彼は、この後のプランを必死に考え始める。
(このまま負けて堪るかよ! どうにかして、あのクソ教師に一泡吹かせてやる!)
こんな贔屓を良しとする学園やゴルドマンの思惑通りに敗北してなるものかと奮起するクロウであったが、状況はかなり悪い。
遠距離用武器である機関銃が弾切れになった今、自分が持っている武器はこれまた学園から支給された訓練用の直剣のみだが、これで黄金のガッシュとやり合うのは分が悪すぎる。
同じ直剣でもこちらは訓練用にこしらえられた並の武器で、向こうは英雄の力を秘めた固有武装なのだ。
そもそも、機体の性能自体に大きな差があるだろうし……と思いながらも、こうなったら接近戦を行うしか道がないということも理解しているクロウは、覚悟を決めて突っ込んでくる敵を迎撃する構えを取った。
「その首、貰ったっ!!」
「ぐぅ……っ!?」
巨大な鉄の塊同士がぶつかり合う鈍い音。
【神籬機】の両手に握られている剣の柄から伝わる衝撃を感じたクロウは、ビリビリと響くそれを歯を食いしばって耐える。
結構なスピードで突撃してきたガッシュだが、それを受け止めたクロウの【神籬機】が大きく背後に吹き飛ばされたりすることはなかった。
踏ん張った地面から僅かに後ろに押し込まれ、滑る羽目になったが……体勢を崩したり、戦えなくなるだけのダメージを負うこともなく初撃を防いだクロウは、そのまま連続して繰り出される敵機からの斬撃を直剣で必死に受け続ける。
「そらっ! そらっ! そらあっ! これでどうだっ!? スラム街のゴミめっ!!」
「クソがっ! 調子に乗りやがって……っ!!」
得意になって剣を振り回すアーロンに毒づきながら、彼が繰り出す斬撃を受け流し続けるクロウ。
時折(というよりほぼ毎回なのだが)、アーロンが剣を振った後に大きな隙が生まれているのだが、ここを突いても何の意味もないことはわかっていた。
訓練用の剣では大したダメージは与えられないし、仮に攻撃を直撃させたところでゴルドマンは見て見ぬふりをするだろう。
その後、攻撃を受けながら堂々と反撃をしたアーロンがクロウの【神籬機】に斬撃をぶち当て、それを見たゴルドマンが彼の勝利を宣言する流れが見えている。
どうにかして、ゴルドマンが無視できない状況を作るしかない。
その上で、アーロンのガッシュを徹底的に追い詰めなければ自分が彼に勝利することはできない。
大嫌いな上流階級至上主義を濃縮したかのような演習の在り方に苛立ちを覚えながら、クロウが必死に逆転の方法を探っていた、その時だった。
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