模擬戦、開始

「実践演習は一対一の決闘形式で行う。武装に関してはこちらが用意した物の中から選択、使用してもらうことになるが、相手に必要以上の損傷を負わせないことを前提に【神籬機】の固有武装を使うことを許可しよう。勝敗はどちらかが敗北を認めた場合か、【神籬機】が戦闘不能になったと審判である私が判断した場合に宣告する」


 決して快適とはいえないコックピットの中でゴルドマンの話を聞いていたクロウは、丁寧に機体の状況をチェックしながら【神籬機】に自身の魔力をリンクさせていく。

 機体の核となるコア・クリスタルはクロウの魔力を受け取ると仄かな輝きを放ち、小さな駆動音を響かせながら【神籬機】の機能を起動させていった。


(四肢への魔力及び命令伝達機能異常なし。頭部カメラも正常に起動。各部スラスターも状態は良好、と……)


 試運転とばかりに【神籬機】の両腕を胸の高さまで上げたクロウは、両手の指を小指から順番に折り曲げるよう機体を操縦する。

 まるで自分の体を操ってるかのような滑らかな動きでそれを完遂した彼は、支給された武器をバッグパックへと収納しながら一人呟いた。


「まあ、こんなもんか。機体の性能はともかく、動かすことくらいはまともにできるみたいだな」


 【神籬機】を動かすのは初めてではない。訳あって、スラム街の外れに投棄された機体を操縦したことが何度かある。

 ただ、四肢が揃った機体を操るのは初めてだなと、思っていたよりも簡単でありながらジャンク品とは段違いのスムーズな動きを見せる自身の【神籬機】の性能に小さく微笑んでいたクロウの耳に、罵声にも近しい声が響いた。


「クロウ、何をもたもたしている? 準備が終わったなら、演習場に移動せんか」


「ああ、すいません。すぐに行きます」


 チクチクとしたゴルドマンの嫌味を聞き流しつつ、機体を操縦して言われた通りに移動するクロウ。

 非常に滑らかな動きを見せる自身の【神籬機】と、これが自分だけの機体であるという事実に若干の感動を覚える彼の頭の中からは、先のステータス云々の話は消え去っていた。


(なんだよ、思ってたより動けるじゃねえか。ステータスとか、案外参考にならねえな)


 実際に戦闘を行ったわけでも、他の【神籬機】と比較したわけでもないので断言こそできないが、この段階のクロウには自機に対しての不満はない。

 思ったように動いてくれるし、スピードも想像以上に出ているし、文句なしだ。


 これでステータスが最低だということは、他の【神籬機】は尋常ならざる性能を有しているということなのだろうか?

 だとしたら、【勇機士】が民衆化から崇められるのも納得だなと思いつつ指定された位置までやって来たクロウは、そのまま演習の会場となる闘技場へとワープさせられた。


「広い……のか? 多分、広いよな?」


 【神籬機】の戦闘訓練用に建設されている闘技場は、クロウの目から見るとなかなか大きいように思える。

 ただ、自機の機動力から考えると、複数機の【神籬機】が飛んだり跳ねたりするのには少しだけ手狭に感じてしまうことも確かだ。


 そこまで考えたところで、自分の向かい側に立つ目立って目立って仕方がない巨大ロボへと支援を向けたクロウは、あれが自分の対戦相手かと思いつつ少しだけ辟易とした気分になる。


 その【神籬機】を見た正直な感想を一言でいえば、だった。

 機体そのものの形状はクロウの【神籬機】とほぼ同じ中世の騎士を思わせるフォルムをしているが、問題はそのカラーリングだ。

 黄金、ゴールド、メタリックな金……という感じで、本当に目立って仕方がない色をしている。


 それ以外は先に述べた通りそこまで目立った箇所はないその【神籬機】をじっくりと観察したクロウは、ふんふんと頷きながら一人呟いた。


「こいつがか。俺の機体と似てるけど、やっぱ別物だな」


 全高およそ八メートル。重量約十五トン。

 クロウの【神籬機】よりも全体的に丸っこく、されど細見の騎士といった風貌は酷似しているその機体の名はガッシュ。

 『アイオライト王国』にて広く普及している、近接型【神籬機】の一種だ。


 同国出身の【勇機士】見習いの生徒たちが初めて生み出す【神籬機】はこれで、癖がなく扱いやすいという特徴を有している。

 ここから各々が腕を磨き、英雄の力の引き出し方を学び、心象風景を変化させていくことで別の機体を生み出す……ということもある、『アイオライト王国』を代表する【神籬機】であるその姿を見つめ、自機の違いを見定めるクロウ。 


 すぐに気が付いたのは、腰に差さっている剣の有無であった。


 騎士のような風貌が表す通り、ガッシュを生み出した【勇機士】見習いの生徒たちに力を貸す英雄たちは騎士であった者がほとんどだ。

 その高名さにはバラつきがあるが、騎士である以上、彼らは腰に直剣を携えていたことは共通しており、その部分にわずかばかりではあるが差が存在していた。

 そして、その部分こそ、同じガッシュであっても【神籬機】に憑依した英雄によって多くな差が出る箇所なのである。


(柄と鞘、機体と同じでめっちゃ豪華。剣の長さ、通常より長め。あれ、本当に戦闘用の剣か? どっちかっていうと、儀礼用みたいな感じがするんだが……?)


 あまり教養が高くはないクロウだが、ある程度の知識とスラム街で鍛えた観察眼はある。

 その二つを組み合わせて敵機について考察を深めた彼は、異様に豪華なその機体に憑依している英雄は王族か何かではないかと予想を立てた。

 ただ、それ以上の考察を深めるだけの知識を持たない彼は、操縦席の中でぽりぽりと頬を掻きながら思う。


(相手の英雄を突き止めるだけの材料はそこそこ出揃ってる気はするんだけどな。教養がないってのはこういう時に辛いぜ)


 目立つ金色だったり、豪華絢爛な武器であったり、そういった部分を見るだけであの【神籬機】に憑依している英雄が誰であるかを判別できる者もいるのだろう。

 されど、スラム街出身のクロウにはそんなことは土台無理な話だ。そもそも、自分で召喚した英雄の名前すらわからない人間が他者に力を貸す英雄の名前を知れるわけがないだろう。


 まあ、クロウも相手の【神籬機】に憑依した英雄が誰であるかはわからないが、向こうだってそれは同じなはずだ。

 条件は同等なのだから、そこは一切気にしなくていい。純粋に、単純に……自身の実力を発揮すればいいだけの話だ。


「では、これより、アーロン・ベイ対クロウの模擬演習を行う! 両者、準備はいいな!?」


「ええ、問題ありません」


「同じくっす」


 ゴルドマンに返事をするやや気取った感じの男の声を聞いたクロウは操縦桿を握り締め、小さく息を吐いた。

 彼が集中力を研ぎ澄まし、呼吸を整える中、審判を担当するゴルドマンの声がクロウの耳に響く。


「では……試合、開始っ!!」

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