最弱の神籬機
「うっ、いってぇ……っ!!」
「目が覚めたか、クロウ、クロウ……ああ、すまない。スラム街出身のお前には苗字がないんだったな。失念していたよ」
ズキズキと響く頭痛に呻きながら覚醒したクロウは、嫌味しか感じられない口振りで話しかけてきた中年男性へと視線を向ける。
小太りかつ禿げ頭をしたその人物は、ニタニタと笑いながら愉快極まりないといった様子で話を続けていった。
「自身の【神籬機】に宿る英雄との邂逅を終えた気分はどうかね? 有意義な話し合いはできたか? 相手の名前や出自を聞き出すことはできたか?」
「……いえ、残念ながら何も話せなかったっす」
「おお! そうかそうか! やはりスラム街出身の鴉と高貴なる魂を持つ異世界の英雄とでは波長が合わなかったようだな! だがまあ、気落ちするな。そんなこと、この場にいる誰もが予想していたさ」
くっくっ、と喉を鳴らして笑いながら侮蔑の視線を向けてくる男性には、クロウを励ますつもりなど欠片もないのだろう。
むしろ彼の醜態を嘲笑ってやろうという意思がありありと感じられるその態度に心の中でため息を吐いたクロウは、気持ちを落ち着かせながらその男性へと言う。
「励ましのお言葉、ありがとうございます。お陰で少し気分が楽になりました、ゴルドマン先生」
「ああ、気にすることはない。教師である私には、生徒を導く使命があるのだからな。たとえそれが、ゴミ溜めの鴉だとしても、ね……!!」
わかりやすい嫌味だなと思いながら、どの口が教師としての使命だなどとほざくのかと考えるクロウ。
いいものを食べ、いい服を着て、高等教育を受けてきたこの男にとっては、スラム街出身の自分が薄汚いゴミにしか見えないということは理解しているが……これは流石にやり過ぎだろう。
ただ、こういったゴルドマンの嫌がらせを受けるクロウの姿を見ている新入生たちの間から、クスクスと嘲笑が漏れていることもわかっている。
自分のことを見下しているのは教師だけでなく生徒たちも同じか……と嘆息する彼は、それも仕方がないことかと諦めることにした。
(そりゃあ、そうだ。俺は苗字すらないゴミ溜めの鴉。貴族と平民どころか、一般人とそれ以外くらいの格差があるわけなんだからな)
スラム街出身の自分が、こうしてピカピカの制服を着てこの『アーウィン騎士学校』に入学したこと自体が奇跡なのだ。
この程度の嘲笑など、お釣りがくるレベルの幸運であることは間違いない。
それに、立場を逆にして考えてみれば、自分のことを嗤う人々の気持ちも理解できる。
名門と呼ばれる【勇機士】育成機関にどう考えても相応しくないスラム街出身の男がいるとなったら、そりゃあ不愉快だし、憎くもなるだろう。
だからといってこの扱いを当然のものとして受け入れるつもりはないが、残念ながら今のクロウには諦めて耐え忍ぶしか取れる手段がない。
これだから貴族は嫌いなんだと、自分たちのことを見下す筆頭であるゴルドマンの顔を見つめながら小さくため息を吐いたクロウに対して、逆にウキウキ顔の彼は実に楽しそうな笑みを浮かべながらこんなことを言ってきた。
「どうだ、クロウ? これが英雄召喚を経て覚醒したお前の【神籬機】だ。感無量だろう?」
「ええ、まあ、そうですね」
曖昧に返事をしながら、ゴルドマンが指差した先を見つめるクロウ。
そこに立つ巨大な黒い影を見つめた彼は、確かにこれは感無量としか言いようがないなと思う。
禍々しいまでの黒、それが自身の【神籬機】を目にしたクロウの感想だった。
両肩と肘、膝に爪先といった部分が鋭利に尖っていることが、邪悪な印象を強めているように見える。
ただ、そういった部分や黒一色のカラーリングを除けば、その見た目は細身のプレートアーマーを纏った騎士そのもので、実にシンプルなものだった。
(
力強さは感じないその外見から、クロウは自身の【神籬機】の性能をそう予想した。
『コア・クリスタル』と呼ばれる魔結晶を核とし、その大半を特殊金属『ソウルメタル』によって形成される素体に異世界から召喚された英雄の魂を憑依させることで完成する【神籬機】は、使い手となる人間とその機体に憑依した英雄の魂によって千差万別の性能を発揮する。
戦闘スタイルや機体の形状によってある程度の区分けがされている【神籬機】ではあるが、一機体ずつに明確な差が存在しているのだ。
だがしかし、そんな情報を頭の中で振り返っていたクロウに向けてゴルドマンが発した一言は、彼の想像を超えたものであった。
「見たことがないな、こんな【神籬機】は。私も初めて見る」
「えっ……!?」
予想外の発言を耳にしたクロウが驚きに表情を歪めながらゴルドマンを見る。
色以外は実にシンプルな見た目をしている自身の【神籬機】によく似た汎用機があったはずでは? と問いかけるその表情を目にしたゴルドマンはふんっ、と鼻を鳴らすと、口の端を釣り上げた不機嫌そうな表情でこう語った。
「確かにカラーリングを除けば、お前の機体は一般的な汎用【神籬機】であるガッシュと似ているが……それとは大きく違う部分がある」
「大きく違う部分? どこなんですか、それは?」
「簡単な話さ。性能だよ、性能」
今日一番の嫌味ったらしく、そして愉快極まりないといった笑みを浮かべたゴルドマンは、人差し指を振ってメカニックの一人が手にしていたタブレットをクロウの手元へと呼び寄せた。
自分の下へ飛来したそれをキャッチし、その画面に映っているものを目にしたクロウは、ゴルドマンとが真逆の険しい表情を浮かべて呆然とした呟きを漏らす。
「これって……!?」
「そう、その通り! お前の【神籬機】は、全てのステータスが最低なのさ!!」
魔法によって計測された自身の機体の性能を数値化したグラフを見たクロウは、同時にとても大きな声でその結果を告げるゴルドマンの声に本日三度目の眩暈を覚えた。
信じられないその結果を耳にした他の生徒たちもひそひそ声で話を始め、彼に聞こえるか聞こえないかといった声量でクロウのことを馬鹿にし始める。
「全ステータスが、最低? そんなことってあり得るの?」
「やっぱあいつ、スラム街出身なだけはあるよ。ゴミじゃん、ゴミ」
「本当は【勇機士】としての才能なんてないんじゃないの? ゴミ溜めから抜け出したくて、違法な手を使ったんじゃない?」
「実際そうでしょ。普通に考えて、スラム街出身の人間がアーウィンに通えるわけないじゃん」
冗談じゃない、と叫びたくなる気持ちをぐっと堪えるクロウは、ここでどんな反応を見せても侮蔑と嘲笑の対象になるだけだと理解していた。
だがしかし、その胸中は当然ながら穏やかであるはずもなく、目の前のタブレットに表示されている事実を受け入れるのに必死だ。
「……まあ、そういうことだ。こんなに低レベルな【神籬機】は、私も初めて見た。こいつと他の機体を同じ種類として扱うなんて、機体の開発者にも英雄たちにも失礼極まりない。簡潔に言ってしまうならば……お前の機体は、エセ【神籬機】という名がぴったりということだ」
ぐっ、と唇を噛み締めてその侮蔑の言葉を耐えるクロウ。
そんな彼の悔しそうな表情を目にして満足気に笑ったゴルドマンは、彼の肩を叩いてから愉快さがにじみ出ている明るい声で言う。
「そう気落ちするな、クロウ。ゴミ溜めの鴉であるお前がこうなることなんて、誰だってわかっていたさ。高望みしていたのはお前だけだ。早い段階で現実を知ることができて、本当によかった」
「………」
「それに……ある意味では幸運かもしれんぞ。先程私はお前のようなスラム街出身の人間と高貴な魂を持つ英雄では波長が合わないと言ったが、この性能を見るに、どうやらお前に力を貸す英雄もお前同様のゴミのようだしな。ゴミ同士、仲良くできそうじゃあないか。本当によかった!!」
嘲りと侮蔑がふんだんに込められた嫌味をクロウへとぶつけたゴルドマンは、何も言い返せないでいる彼のことを思い切り笑い飛ばした。
そして、次の生徒の様子を見に行く前に、彼へとこう言う。
「三十分後に他の新入生たちと模擬演習を行ってもらう。そこで自分の場違いさを知ったら、そのまま退学してくれても構わないぞ。そっちの方が、お前も幸せかもしれんからな。あははははは、あははははははははは!」
クロウの手からタブレットを取り上げ、高笑いしながら離れていくゴルドマン。
他の生徒たちがクスクスと彼のことを嘲笑し、教師に従ってその場を離れていく中、徹底的にコケにされたクロウは意気消沈するどころか拳を強く握り締めながら、闘志を燃やした声で呟く。
「……いいぜ、燃えてきた。どうせ失うものなんてないんだ。やってやろうじゃねえかよ」
嗤われることも、見下されることも、予想してこの学園にやって来た。この程度の扱いなど、屁でもない。
むしろあとはここから這い上がっていくだけなのだから、楽しみとしか思えないではないか。
「家柄も、出自も、英雄の力も……知るか。俺は、俺の力でのし上がって、この世界を変えてやるんだ」
何も持っていない自分だが、自分を信じる強さと諦めない心だけはある。
今はそれだけで十分だと思いながら、クロウはゴルドマンの言葉を思い返すと共に、模擬演習に向けての準備を開始するのであった。
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