第58話 玄関
「ピーーンポーン」
夜19時頃、珍しく愛莉の自宅のドアファンが室内に鳴り響いた。
「誰だろう?こんな時間に」
愛莉はソファから起き上がり、玄関に足を運んだ。
そして、訪問者の姿を確認せずにドアを開放した。しかし、それが彼女の大きな失敗だった。ドアに設置されたスコープから訪問者を確認すべきだったのだ。なぜなら。
「やっほー!わざわざ来ちゃったよ~」
愛莉の視界に飛び込んだのは香蓮で美しい笑みを浮かべた遥香だったのだから。
「ひっ!」
愛莉は遥香を視認すると、勢い良く後方に後ずさった。
「相変わらず、教科書みたいなびびり方をするよね。でも、仕方ないか。だって、私はそうなるほどのことを愛莉ちゃんにしてきたんだもんね。昔は暴力も振るってたしね」
遥香は顎に軽く手を添えながら、意地悪な顔を作った。このような彼女の行動は、意図的であるように見えた。
遥香は愛莉の心境など全く考慮せず、ずんずんっと家に入り、ドアを優しく閉めた。
これで、密室な空間に愛莉と遥香だけが身を置く事態になった。
「さて、おじゃましますっと」
遥香は律儀に入室の挨拶をして、玄関に足を踏み入れた。
「な、なんで・・・なんで・・私の家がわかったの?」
愛莉は恐怖から足をすくませながらも、必死に遥香に向けて言葉を投げ掛けた。
愛莉は懸命に足を動かして立とうと試みたが、残念ながらそれは叶わなかった。
「なんでわかったって?ばかだなぁ~。ちょっと考えればわかるじゃん!」
遥香は床にへたっと座り込んでいる愛莉の頭をちょんっと触ろうと試みた。
遥香の手が徐々に愛莉に接近した。
しかし、愛莉は反射的に顔をわずかに動かして、遥香の手を間一髪かわした。
「・・・ちょっと、なに。今のはむかついたね・・」
遥香はむっとした表情を浮かべ、先ほどの様子とは打って変わった。
「っ!?」
愛莉は遥香の雰囲気の変化に伴い、さらなる恐怖を覚え、身体を無意識に硬直させた。これからひどい仕打ちを受ける未来の光景を想像でもしたのだろうか。
「・・・まあ、いいや。ここでキレて愛莉ちゃんを殴っても仕方ないもんね。だって、今日ここに来た目的は別にあるんだから」
遥香は先ほどと同じような雰囲気に戻った。どうやら、彼女が自身で気分を変化させたようだ。
愛莉は遥香の変化の様子を認識するなり、ほっと内心では安堵した。
「まず、なんで愛莉ちゃんの家がわかったかを答えますね」
遥香はぴんっと人差し指を上方にあげた。
「スーパーに簡単なことだよ。私達のお母さんに聞いたんだよ。ほら、すごいイージーでしょ?そうしたらさ、すぐに教えてくれたんだよ。それは当然わかるよね。だって、愛莉ちゃんの住む家の家賃はお父さんとお母さんが払ってるんだもんね。場所ぐらい把握してないとおかしいよね」
遥香は長々と言葉を紡ぎながら、愛莉の疑問を丁寧に解決した。
「はい!愛莉ちゃんの疑問解決は終了!!それではこれから本題に入ります!!!」
遥香はパンっと両手を叩いた。
「愛莉ちゃん、申し訳ないけど、彼氏さんの中森潤一君と別れてくれないかな?そうすればさ、愛莉ちゃんが苦しまなくて済むよ?」
遥香は微笑みながら、今日、潤一にした提案を愛莉にも同様に持ち掛けた。
「私が欲しいものを手に入れて、愛莉ちゃんは今後、苦しまなくても済む。どちらもwin-winになれる名案だと思うけどな〜」
遥香は愛莉から反応が得られないことから、不思議そうに頭をこてんっと傾けた。
愛莉はこれまで一切声を発することができなかった。
しかし、潤一の話が出た瞬間、急に電撃が走ったかのように、身体に力が入り始めた。
「いやだ!潤一君は渡さない!!だって、だって、・・潤一君は私のものだからー!!」
愛莉は両拳を力強く握りしめながら、立ち上がり、珍しくありったけの大きな声を出した。
彼女の真剣な瞳はただただ遥香の顔を捕まえていた。
遥香は愛莉の意思表示に数秒ほど目を剥いたが、すぐに唇を歪めて、澄んだ瞳を作り出した。
「へぇ〜。いいんだね〜!どうなっても知らないよ」
遥香は普段の温厚で落ち着いた口調とは打って変わり、低く冷たいものになった。
「か、関係ない!・・・お姉ちゃんはすごく恐いけど、だけど、潤一君をあげるよりは断然そっちを選ぶ!」
愛莉はきつく目を瞑り、威嚇するように精一杯叫んだ。
「「・・・」」
2人の間で思い沈黙が誕生した。
愛莉は息を荒し、遥香は逆に落ち着いたオーラを放ちながらも、鋭い目つきを露わにしていた。
「そっか。わかった。愛莉ちゃんは数年ぶりに私に反抗するんだね。そうなんだ。そんなに、彼氏さんが大事なんだ〜」
遥香はうんうんっと何度か頭を小刻みに縦に振った。
「わかった。じゃあ、これから頑張ってね!まぁ、私には勝てないと思うけど」
遥香は「これから面白くなりそうだね」とつぶやきながら、愛莉の自宅を退出した。彼女は投げるようにドアを閉じた。
遥香の姿が消えてしばらくして、ドアのカチャッと閉まる音が愛莉の鼓膜を静かに刺激した。
そして、その音を合図に愛莉はドサっと床に力尽きるように座り込んでしまった。
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