第56話 愛莉について


「うん。ありがとう。潤一君のおかげで少し元気になれたよ」


 愛莉はにこっとを薄く笑い、潤一にお礼を述べた。


「いや、そんなお礼なんていいよ」


 潤一は彼女からのお礼が嬉しかったのか、照れ笑いを浮かべた。


「優しいね。もうちょっと誇ってもいいんだよ?」


 愛莉は感嘆したような顔を示したが、即座に真剣な表情に変貌させた。


「いきなりだけど、私から潤一君に伝えたいことがあるの?」


 愛莉はソファに座りながら、姿勢を綺麗に正した。


 潤一は彼女から放たれるオーラから真面目で大事な話をするのだと理解した。


「話の内容は今日が体調が悪くなったのと関係があるの」


 愛莉は目を伏せた。


 潤一は黙って愛莉の次の言葉を待った。


 今は反応してはダメだと直感が彼に命令していた。


「昨日、昇降口前の廊下で私が対面した人は私の実姉で、名前は那須遥香」


 愛莉は深刻な顔で潤一に衝撃的な事実を伝えた。


「・・・うん」


 潤一は驚きを必死に抑え、表情として露にならないよう努めた。


「お姉ちゃんは私の1つ年上で違う中学校に通っていた。すごい有名な名門の中学校に。でも、なぜかお姉ちゃんは私が籍を置く学校に転校してきた。知ってる?私の実家はここから1時間も離れた場所にあるんだよ」


 愛莉は溜まっていた膿を取り出すように、言葉と自身の率直な感情を吐露した。


「私は、お姉ちゃんに何をやっても勝てなかった。勉強、運動、人脈、好感度、喧嘩、すべてにおいて小さい頃からお姉ちゃんのほうが上だった。正直言って勝てる気しないくらい実力差もあったの。だから、お父さんとお母さんは私なんか相手にせず、お姉ちゃんだけを可愛がってる」


 潤一は愛莉の過去を初めて知った。彼は平静さを保つため、生唾を喉に通した。


「そして、お姉ちゃんは私の大事なものを何度も奪ってきた。友達、大切な物財、自由な時間。それらを全部、自分が欲しいときに取ってきた。だからね、私、恐いの。お姉ちゃんがこれから、私の大事な人である潤一君を奪ってしまうんじゃないかって。昔のように、私からすべてを力づくで奪っていくんじゃないかって、不安だったの」


 愛莉は瞳に涙を溜め、ぶるぶると身体を震わせて俯いてしまった。


「大丈夫だよ!」


 潤一は居ても立っても居られなくなり、大きな声をあげて愛莉を抱きしめた。 


「えっ!?」


 愛莉は涙が溜まった目を大きく見開いた。


「俺は絶対に愛莉を裏切らないから!お姉さんに奪われることはないから」


 潤一は正直な気持ちを口にしながら、抱きしめた腕により力を込めた。


「・・本当に?」


 愛莉の声は並外れて弱弱しかった。


「本当だよ。今の行動が証拠だと思わない?」


 潤一は愛莉の身体の温もりを覚えながら、安堵させるために彼女の耳に向けて囁いた。


「本当の、本当に?」


「ああ、本当の本当にだ」


 潤一は愛莉のサラサラで艶のある髪を撫でてあげた。彼女は吐息を漏らし、気持ちよく安心しきった表情に変化した。


「・・・信じてみる・・・」


 愛莉は力を抜き、潤一の身体に覆いかぶさるように前方に軽く倒れ込んだ。


 愛莉は身体を潤一に委ねたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る