第5章

第52話 お姉ちゃん


 冬休みが終了して新学期が始まった。


 潤一は愛莉と付き合い始めたため、冬休みは彼女とデートをしたり、共に初詣に足を運んだりもした。


 お互いに初めて彼氏と彼女ができたため、初々しさが隠し切れなかった上、デートもぎこちないものになった。


 信じられないことに、潤一も愛莉も最初の辺りはお互い名字で呼んでいた。


 しかし、徐々に両者も慣れ、今ではお互いを下の名前で呼ぶ関係性に進展している。


「潤一君。一緒に帰ろ」


 いつも通り、愛莉が潤一のクラスの教室まで足を運び、迎いに来た。


「うんっ。あと少しで帰りの支度が終わるから。ちょっと待っててくれない?」


 潤一は愛莉に視線を向けたまま、手を器用に稼働させていた。


「うんっ。わかった」


 愛莉は潤一の目の前に存在し、誰も座っていない席に腰を下ろした。


 そして、素早く手を動かす潤一の姿を微笑ましく眺めていた。


「どうしたの?」


 潤一は支度を終え、愛莉の異常な視線に気づき、率直な疑問を口にした。


「いやー、私のためを思って行動してくれるな~って思って」


 愛莉は喜びを感じたのか、にっこりと薄い笑みをこぼした。


「当然だよ。だって待ってもらってるんだよ」


 潤一は意味が理解できなかったため、首を斜めに傾けた。


「本当に優しいね。そういうことも好きだよ」


 愛莉は上目遣いで潤一の瞳を覗き込んだ。


 潤一がドキッと心を動揺している間、周囲では愚痴をこぼしたり、羨望の眼差しを向けていた。


「周囲の注目もあるし、そろそろ行こっ」


 愛莉は潤一の手をパッと取るなり、手を強引に引きながら2人で教室を退出した。





「潤一君、今日はどうする?」


 愛莉は階段を降りながら、仲良く隣を歩く潤一に問い掛けた。


「う~ん。どうしようかな。俺はパッとは浮かばないかな。愛莉は何かあるの?」


「あるわよ。私は潤一君の家に1度行ってみたいかな。だって、私達、付き始めてから1回もお互いの自宅に滞在したことないでしょ?」


 愛莉は階段を降り、潤一よりも前に進んだ。


「確かに、言われてみれば」


 潤一は共感してコクコクっと何回か首肯した。


「いいね!そうしようよ!!」


 潤一は前方の昇降口前に身を置く愛莉に同意の意向を示した。


 しかし、数秒ほど経過しても、愛莉から返答は来なかった。


 彼女は目を剥き、驚愕した顔で佇んでいた。


「どうしたの?こんなところで立ち止まって」


 潤一は愛莉の元に辿り着き、何気なく声を掛けた。


「なんで、・・・なんで・・・」


 愛莉は前方を見つめながら、わなわなと体を震わせていた。


 潤一は愛莉の無反応な反応が気にかかり、彼女の視線を追跡するように目線を推移させた。


 そこには、桃色のセミロングにやや薄い赤色の瞳を保持した、背が愛莉よりも10センチ程度高い制服の女子生徒があった。


「久しぶりだね。愛莉ちゃん」


 その女子生徒はにこっと破顔した。


 一方、愛莉はビクッと両肩を持ち上げた。


 そして、声を震わせながら、小さく搾り出すようにつぶやいた。


 「お姉ちゃん」っと。

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