第39話 理由


「なに言ってんだ。異世界に中森を送ったー。そんなことできるわけないだろ?」


 担任は潤一とアリスを交互に見た。


 しかし、アリスは頷きもせず、ただ真顔で担任を見つめていた。


 一方、潤一は驚きと困惑から反応を示すことができなかった。


 それほど衝撃的な言葉をアリスは口にしたのだ。


「そんなことできるわけないですか。異世界の存在自体は否定しないんですね?」


 アリスは顔色を変えず、普段の落ち着いた口調で担任に問い掛けた。


 ただ、口調は同様でも不思議と彼女からは凄みとプレッシャーを感じた。


「あ、ああ。俺は高校生の頃にラノベに夢中になっていたからな。異世界があるだろうとは個人的に思っているからな」


 担任は両手を忙しなく動かしながら、理由を説明した。


「そうなんですね。確かに、異世界が存在すると信じている人はいるでしょう。しかし、それ以外にも、私が潤一君を異世界に送った犯人が先生であると確信した理由があるんです」


 アリスはちらっと潤一の様子を窺った。


 だが、潤一は平常心を完全に失っているため、アリスの視線に気付きもしなかった。


「理由は2つあります。1つはここ最近、いや潤一君が異世界から帰還してから先生が潤一君に絡む回数が増えたこと。もう1つは、潤一君が変わっていない点に気が付いたことです」


 アリスは右手の指をぴんっと2本立てた。


 担任は沈黙してアリスだけを眺めていた。


「1つ目の理由は潤一君から聞けばすぐにわかりました。先生は潤一君が異世界から帰ってきたからたまに絡むようになったらしいですね。以前は1度も話したことも無かったのにかかわらず」


「それは、俺の気分だろう。その時期にたまたま中森とある程度親しくなりたかったんだよ」


「そうでしょうか。人間はそんなものなのでしょうか。・・・まぁ、いいでしょう。しかし、重要な2つ目の理由を私が口にして、同じように誤魔化せるでしょうか」


 アリスは目を細め、睨みつけるように担任を視界に捉えていた。


「・・・」


 一方、潤一はアリスと担任の会話を呆然と眺めることしかできなかった。


「2つ目の潤一君が変わっていない点に気が付いたことがですが、これは文化祭の時に聞かれたんですよね?ねぇ、潤一君?」


 アリスは視線は変更せず、いきなり潤一に問いを投げ掛けた。


「・・・あっ、ああ。そうだ。それはあってるぞ」


 潤一はアリスの問い掛けによって我に返り、脳内で記憶を想起させて、問いに答えた。


「そう、ここで文化祭で先生が発した言葉が重要です。そのとき、確か、潤一君の目つきが変わったと先生が言ったと潤一は口にしていました。そこで、質問です。なぜ、そんなことが分かったんですか?彼と大して触れ合ってもいなかったのに」


「それは、俺の洞察力がすごいんだよ。触れ合いが無いと言われても、何回か顔は見てるんだ」


「いや、それは無理があります。それに、私は潤一君のクラスメイトや彼を長い間ずっと見てきた家族である、潤一君のお母さんと妹さんにも聞いてみました。しかし、クラスメイトは愚か家族でさえも潤一君の目つきの変化に気付いた人はいませんでした。これでわかりますよね?潤一君の目つきは変わってなどいなかったんです。先生が吐いた適当な嘘なんです」


「・・・」


 担任は黙ったまま、目線を下方に保っていた。


「無言は事実を認めた印ですね。ちなみに、潤一君は運動能力や護身術の能力は増加したかもしれませんが、目つきなんて一切変化していませんよ。これは異世界に初めて来たときから潤一君を見てきた私が断言するのですから間違いありません」


 アリスは担任に接近し、彼の身体に触れようとした。


 しかし、それはかなわなかった。


 なぜなら、触れようとした瞬間、アリスの顔に鈍い痛みが走った。


 そして、その直後、彼女は床に強く叩きつけられたためだ。

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