第27話 朝


「おにぃ!おにぃ!!」


 彩香はどたどたと階段を駆け上ると、強引に潤一の自室のドアを開け放った。


「おにぃ!おにぃってば!!お客さんだよ」


 彩香は冷静さを失っているためか、いつものようにのしかからず、ベッドで小刻みに寝息を立てる潤一の身体を力いっぱいに揺すった。


「ぅぅ~ん。どうしたんだ彩香?まだ時間は大丈夫だろ?」


 潤一は眠そうにわずかに目を開けながら、呻くような声を漏らした。


「おにぃ、私の言葉聞いてた?おにぃにお客さんなんだって!しかも、雪のようなホワイトロングヘアで芸能人以上に顔が整った女の人がだよ!?」


 彩香は切羽詰まった様子で潤一を強制的に起こした。


「は?雪のようなホワイトロングヘア?まさか!」


 潤一は彩香の伝言を解釈するなり、目を覚醒させた。


 即座に事態の深刻さに気付き、即座にパジャマから制服に着替えた。


 そして、どたどた階段を駆け下り、玄関に走った。


 靴箱から靴を物色し、ドアの取っ手を軽く引っ張った。


「・・・やっぱり・・・」


 潤一は目を細め、目の前に佇む制服の女子生徒に唖然とした表情を示した。


「ふふっ。いきなり来ちゃいました!」


 アリスは落ち着いたゆっくりな口調で、人差し指と中指を上げて、整ったきれいな顔の隣でピースした。


「来るのは自由なんだが、早すぎるよ・・」


 潤一は未だ眠い目を擦った。彼の手にまつ毛が軽く当たる感触が生まれた。


「だって。潤一君、前から朝弱かったから。心配になって早めに来ちゃった」


 アリスはテヘっと両手を合わせながら、片目を瞑った。


 うん、まったく反省した様子は見られない。


「うっ。俺だって頑張ったら起きれるわ!」


「どうだか。だって、私達の世界にいたときは毎日、私が起こしに行ってたんだからね」


「それは・・・大変お世話になりました・・」


 潤一は突如、表情を変化させ、申し訳なそうにアリスから視線を逸らした。


 潤一は異世界で生活していたときから、アリスに頭が上がらなかった。


「とにかく、すぐに準備に取り掛かるから。ここで待っててくれないか?」


 潤一はアリスを自宅に通し、玄関の床を指した。


「だめだよおにぃ!こんなきれいな人を玄関で待たせちゃー!早くリビングに入ってもらって!!」


 彩香が腰に両手を添えながら、潤一の後方からアリスに対する提案をたしなめた。


「あ、彩香は関係ないだろ。それに今からリビングに歓迎できるのかよ?」


 潤一は振り返り、不満げに口をとがらせた。


「大丈夫だよ。家(うち)は基本的に朝ならリビングに人を通せるんだよ!」


 彩香はなぜか誇らしげにえっへんと胸を張った。


 潤一は交互に彩香とアリスの胸に視線を行き来させた。


 両者ともに絶壁だった。


「潤一君・・・。今、良くないこと考えてたでしょ?」


 アリスは頬が引きつり、ついでに目が笑っていない微笑を浮かべた。


「い、いや。なんでもない」


 潤一は只ならぬ恐怖を覚え、そそくさと玄関を去って行き、自室に帰還した。


「潤一君の妹さん。上がらせてもらっても いいですか?」





「おかあさん。お兄ちゃんがあんなきれいな人と仲が良いだなんて。驚愕だね」


「ええっ。我が子がね。まさかね。これは家族会議を開く必要があるわね」


 彩香と母親が食卓でひそひそと話していた。


 2人は同じく食卓で味噌汁を啜る潤一の前でうわさ話をするように口元に手を添えてこそこそしていた。


「なんだよ。家族なんだから。別にそんな隠れるようにしなくてもいいだろ」


 潤一は唖然としながら、味噌汁を一気に飲み干した。


「それに、お母さん仕事は大丈夫なの?」


 潤一はアリスが食卓と繋がるリビングにいるため、居心地の悪さを感じながらも、台所のシンクに味噌汁用の器を置いた。


「それは大丈夫。だって、私が遅刻することなんて万が一にもありえないから」


 母親はキリッと目を輝かせた。


「ははっ。そうですか」


 潤一は乾いた声を漏はしながら、器をスポンジで磨いた。


 一方、アリスはというと。


 リビングに設置されたソファに姿勢を正して座りながら、物珍しそうにテレビを見つめていた。


 その光景はアリスを良く知る潤一にとってシュールな光景だった。

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