第15話 共寝


「おにぃ!部屋来て!いつものやつ」


 薄緑色のパジャマを身に付けた彩香が潤一の自室に突撃した。


「またかよ。いい加減そのお願いは勘弁してくれよな!」


 潤一は読んでいたライトノベルを閉じながら、実の妹に悪態をついた。


「無理だもーん!だっておにぃにお願いを受け入れてもらわないと、私の生活に支障が出るんだもん」


 彩香は不機嫌そうにぷくっと頬を膨らませた。


「はーー。本当にそうなのか。でも、彩香が現在の生活を保てなければ、家は回っていかないんだよな」


 潤一は溜め息を吐いた。


 彼の自宅には父親も母親も毎日、定時に仕事から帰ってくる。


 しかし、2人共に体力が著しく不足しているため、仕事と家事の両立が不可能らしい。


 だから、家事は彩香と潤一が担当していた。


 その割合としては彩香が9割、潤一が1割だった。そのため、彩香は掃除、洗濯、料理を全部日常的な仕事として担っていた。


「わかったよ。じゃあ、すぐ行こうか」


 潤一は勉強机に途中のライトノベルを置き、彩香と一緒に自室を後にした。


「さっ!入ろ!」


 彩香の自室のドアには「あやか」と書かれた看板が立て掛けられていた。


 彩香の部屋は電気がオフであったため、真っ暗であった。


 そのせいで、彩香の部屋の内装は明瞭に視認することはできず、せいぜいベッドと勉強机といったインテリアがあることしか認識できない。


「おにぃ来て」


 彩香はベッドに寝転がり、ぽんぽんと敷布団を軽く叩いた。彼女は潤一を誘っているのだろう。


「ほいほい」


 潤一は慣れた動作で彩香のベッドに入った。


 その瞬間、彩香の身体や布団に付着した青リンゴの香ばしい匂いが潤一の鼻の穴を強く刺激した。


「へへっ。やっぱりおにぃの隣が落ち着く・・・」


 彩香は仰向けで寝転がる潤一の身体にまるですべての身を委ねるかのように抱きついた。


「全く。いい加減に兄離れしてくれよ」


 潤一は口を尖らせた後、満面の笑みで彼の身体に触れて脱力する彩香に顔を向けた。


 そう。彩香のお願いは潤一にベッドで隣で寝てもらうことだった。しかも、必ず彼女の部屋のベッドで寝る、といった条件付きだ。


 潤一と彩香は1つしか歳が離れていないが、小さい頃からずっと共に生活していた。


 そのため、2人は寝る時間も共に過ごしていた。


 その結果、幸か不幸か。彩香は潤一無しでは寝れなくなってしまった。


 だから、潤一は嫌々ながらも毎日、彩香と共寝する羽目になるのだ。


 そのため、潤一は自身の部屋で寝ないのだ。


「へへっ。おにぃは中々寝れないかもしれないけど、私はすぐ寝れちゃうもんね〜」


 彩香は意図的に潤一と視線を合わせ、白い歯を露わにし、まるで幼稚園の子供のような意地悪な笑みを浮かべた。


 心底この状況を楽しんでいる様子が窺えた。


 潤一はその彩香の表情を目に捉え、再び長い溜め息を吐いた。


 しかし、不思議なことに彼は安心感も心のどこかでやんわりと感じていた。

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