第12話 同園生


「覚えてない?瑠奈だよ!瑠奈!」


 瑠奈という女の子は人差し指で自身の顔を指差した。まるで自分をいち早く知ってもらうみたいに。


 潤一は戸惑いながらも、この状況を打破するために、脳みそを必死に働かせた。


 その甲斐もあってか。記憶が潤一にあることを教えてくれた。


「もしかして幼稚園とき一緒だった瑠奈ちゃん?」


 潤一は半信半疑ながらも、瑠奈に記憶が正しいかを確かめるために問い掛けた。


「そう!そうだよ!その瑠奈だよ!!」


 瑠奈は業務を忘れ、鼻息を荒らしながら潤一の手を握った。


 幸運にも、潤一の後ろには誰も並んでいなかった。


 川崎瑠奈。それが彼女の名前だった。


 瑠奈は潤一と同じ幼稚園出身であり、当時は常に行動を共にする仲だった。


 しかし、地元の小学校に上がる前に親の事情で転勤してしまったのだ。


 その当時の悲しく複雑な感情は潤一の心に今でも深く刻まれていた。


「驚いたよ!まさか、こんなところで潤一君と会えるなんて」


 瑠奈は満面の笑みを浮かべながら、潤一の腕をぶんぶんと何度も振り上げた。


「う、うん。俺も驚いたよ」


 潤一は瑠奈のテンションに追従できないながらも、相槌だけは丁寧に打った。


「あっ、ごめんね。私ったら。ついテンションが上がっちゃって。仕事をほったらかしちゃった」


 瑠奈は潤一から手を離し、フォルダを1枚1枚めくった。


 2年A組の欄で潤一の名前を発見するなり、スキャナーを用いて名前の下に記載されたバーコードを読み取った。


 その作業が終わり、2冊の本のバーコードをスキャンしてそれらを潤一に差し出した。


「返却日は1週間後です。ありがとうございました!」


 瑠奈はニコッと微笑み、あざとく首を傾けて見せた。


「ありがとうございます」


 潤一は便乗して微笑み、2冊の本を受け取った。


「それにしても、どうして瑠奈ちゃんは図書館のカウンターにいるの?」


 潤一は気に掛かっていた事柄を解決しに掛かった。


「それはね。私が図書委員だから。図書委員は定期的に必ずカウンターの仕事をする義務があるの」


 瑠奈は女子らしい若干高い声で潤一に理由を説明した。


「へー。そうなんだ。知らなかったよ」


 初めて図書館に足を運んだ潤一にとっては初耳の情報だった。


 また、図書委員にお世話になりそうだな、と心の中でつぶやいたのは秘密である。


「潤君。また来てくれる?」


 瑠奈は懇願するような瞳で潤一を捉えた。その表情は親に助けを求める子犬のように見えなくもなかった。


「うん。明日、明後日にはまた足を運ぶと思うよ。なんせ、読む本が手元に無いと落ち着かない性だからね」


 潤一は瑠奈に背を向け、図書館の入り口に向かった。スタスタと後ろを1度も振り返ることなく。


 その彼の後ろ姿を瑠奈は名残惜しそうにただただ直視していた。

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