第380話 結末

 親玉のヴァンパイアを倒した俺たちは、来た道を引き返し、階段を下っていった。


 三階から二階に下り、玄関ホールの大階段を下りて一階まで来ると、最後には地下へと向かう階段を下っていく。


 俺は狼牙族の少年に、お姉さんを必ず救うと約束した。

 それが本質的に空約束であったとしても、俺たちにできること、やるべきことはやったはずだ。

 あとは祈るばかり──


 地下室の扉の前にたどり着いた。

 俺はおそるおそる、ゆっくりと扉を開いていく。


 地下室には、ロープでぐるぐる巻きに縛られた、狼牙族の女冒険者の姿があった。

 唸り声とともに身をよじり、もがいている。


 向こう側を向いていて、瞳の色が赤いかどうかなどは分からない。

 だがもがき方が、どこか人間的なものであるように感じられた。


 俺たちは警戒しながら近付き、縛られた人物の顔を見た。

 瞳の色は、ヴァンパイアのしもべであることを示す深紅ではなく、理性が宿ったライトグリーンだった。


 まず猿ぐつわをほどいてやる。

 狼牙族の女冒険者は、堰を切ったように喋りはじめた


「ぷはぁっ。──あ、あんたたちは? ここはどこなの? あたしはいったい……あの黒コートのモンスターの力に操られて、噛みつかれて……あたし、生きてるの? いったい何がどうなってんのさ」


 モンスターの反応ではない。

 彼女は間違いなく、人に戻っていた。


 俺は歓喜し、同じく喜びにあふれた様子の風音、弓月とともに抱き合った。

 それから、困惑している狼牙族の女冒険者アイラさんを、彼女を縛っているロープから解放してやった。


 特別ミッション達成の通知も出ていた。


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 シークレット特別ミッション『冒険者アイラをモンスターから人に戻す』を達成した!

 パーティ全員が30000ポイントの経験値を獲得!


 現在の経験値

 六槍大地……3036404/3133157(次のレベルまで:96753)

 小太刀風音……2881236/3133157(次のレベルまで:251921)

 弓月火垂……3187951/3443048(次のレベルまで:255097)


───────────────────────


 シークレットの意味がよく分からなかった。

 どうしてこれ隠されていたんだろう。


 まあミッションさんの考えることなんて分からないし、気にするだけ無駄かと思ってあきらめた。

 3万ポイントもらえたので、得したということでいいだろう。


 その後、俺たちは救出したアイラさんとともにヴァンパイアが棲みついていた古城を出て、村へと帰還する。


 古城のまわりにあった霧が、嘘のようになくなっていた。

 植物が不気味なのは変わらないので、弓月は相変わらず怯えていたが。


 帰り道ではアイラさんが、何か重要なことを思い出したようで、慌てた様子で「今日って何日!?」と聞いてきた。

 時系列的に、アイラさんがヴァンパイアにやられた日の翌日であるはずだと伝えると、彼女はひどく安堵した様子を見せた。


 やがて村に帰還した俺たちは、村人たちに原因であるモンスターを退治した旨を伝える。

 村人たちは一斉に歓喜し、宴を開いて俺たちをもてなしたいと言ってきた。


 俺たちがどうしようか迷っていると、アイラさんが自分はすぐに街に戻りたいと伝えてきた。

 その流れで、俺たちもまた村人たちからの誘いを辞退し、街へと直帰することにした。


 街──都市ツェルケへとたどり着いた頃には、夕刻を過ぎていた。

 夜が訪れようとする中、市門をくぐり、冒険者ギルドまで帰還する。


「姉ちゃん!」


 冒険者ギルドでは、狼牙族の少年が待ち受けていて、帰還した姉の姿を見るなり彼女に駆け寄って抱き着いてきた。

 アイラさんもそんな弟を強く抱きしめ、涙を流した。


 俺たちはそんな姉弟きょうだいの姿をほほえましい気持ちで横目にしながら、ギルドの受付でクエスト達成の報告をし、報酬を受け取った。


 ミッション「Sランククエストを6回クリアする」(獲得経験値200000)の達成回数も、「4/6」から「5/6」になっていた。

 今回は直接の経験値獲得にはならなかったが、あと1回Sランククエストをクリアすればミッション達成になって経験値を獲得できる。


 俺たちがギルドでひと通りの手続きを終えた頃には、狼牙族の姉弟もいくらか落ち着いたようだった。


 姉のアイラさんが、弟を後ろに連れて、俺たちの前までやってきた。

 そしてあらためて、感謝の言葉を述べてきた。


「あんたたち、本当に助かったよ。ありがとう。おかげで弟に、一人の誕生日を迎えさせずに済んだ。明日がこの子の誕生日なんだよ。それまでに必ず帰るって約束してたのに、知っての通りのザマでさ」


「ちょっと姉ちゃん! そんなことより、姉ちゃんの命が助かったことの方が、百万倍大事だろ!」


 後ろの弟から、ツッコミが入った。

 アイラさんがバツの悪そうな顔をする。


「いや、そりゃそうだけどさ。『そんなこと』って言い方もないだろ」


「『そんなこと』だよ! 僕の誕生日なんて、姉ちゃんの命と比べられるわけないだろ、バカ!」


「バ、バカとはなんだよ、バカとは!」


 姉弟がきゃんきゃんと仲良く喧嘩しはじめたのを見て、俺と風音、弓月はくすくすと笑い、ペット姿のグリフが楽しそうに「クピッ、クピーッ♪」と鳴いた。


 狼牙族の姉弟は、二人して恥ずかしそうに顔を赤らめ「ほら笑われた。ロアのせいだぞ」「姉ちゃんのせいだ!」と互いに戦犯をなすり付け合っていた。


 俺たちはその後、狼牙族の姉弟とも別れ、酒場に繰り出して俺たちだけの宴会を楽しんでから、宿に入った。


 その夜はベッドの上で、いかがわしい吸血鬼ごっこに興じた。


「あっ、先輩、ダメっす……そんな風に噛みつかれたら、うち……」


「ふふふっ、後輩よ……もはやお前の身も心も、俺のものだ……観念するがいい」


「ねーっ、火垂ちゃんばっかりじゃなくて、私のことも襲ってよ~! そうじゃないと私、嫉妬に狂っちゃうよ~!」


「はっ……! せ、先輩! 早く風音さんを襲うっす! ヤンデレ化する前に!」


「お、おう、そうだな。──くっくっく、風音も覚悟しろ。お前たちはもはや、俺の牙から逃れることはできないのだ」


「きゃーっ、大地くんに噛みつかれるーっ♪ 大地くんのしもべにされちゃうよぉ~♪」


 ……とまあ、そんな感じで、とても楽しい一夜を過ごしたのであり。

 翌朝は三人とも、だいぶ寝坊してしまったことを付け加えておきたい。

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