第379話 必殺の一撃

 ──バヂンッ!


 風音の右手の短剣が、ヴァンパイアの首筋を鋭く斬り裂こうとしたとき。

 その直撃部が一瞬だけ、火花を発したように強く輝いた。


 風音の短剣が深々と引き裂いたヴァンパイアの首筋からは、黒い靄がどろりと勢いよくあふれだす。


 左手の短剣によるもう一撃は、普通にヴァンパイアの肩口を軽く斬り裂いただけだったのだが。


「あれっ、何だろ今の……?」


 当の風音自身、バックステップでヴァンパイアから距離を取りながら、不思議そうな顔をしていた。


「なんか今、ヴァンパイアのHPめっちゃ減ったっすよ!?」


 弓月からもそんな証言が聞こえてくる。

 いったい何だ?


 だが今は、それを追求するべき場面ではない。


 風音を追って駆け寄っていた俺もまた、自らの神槍の間合いにヴァンパイアを捉えていた。


「俺のは【ファイアウェポン】付きだ──くらえ、【三連衝】!」


 右手にスキルの輝きを宿し、解き放つ。

 ボボボッと音を立て、炎をまとった神槍による三段突きが、ヴァンパイアに炸裂した。


 俺の神槍には、【ファイアウェポン】も容赦なく乗せてあった。

 そこまで最悪の事態を考えても逆効果だろうと思い、俺が「魅了」を受ける可能性は除外して考えたのだ。


 ヴァンパイアが、さらに大きくよろめく。


「グリフ、いったん下がれ! 弓月、やつの残りHPは!」


 俺は攻撃後、すぐさまバックステップで敵との間合いを取りつつ、味方に指示を出した。

 のだが──


「……あれ?」


 次の瞬間、俺はそんな声をあげていた。


 俺の【三連衝】を受けたヴァンパイアは、ぐらりと大きくよろめいたかと思うと、次にはその全身が黒い靄となって崩れ去ったのだ。


 黒い靄は通常のモンスターの消失時と異なり、一度は球体状に集まった。

 だがそれも、わずかにうろつく様子を見せた後、砕け散るようにして消滅していく。


 玉座の前の床に、大型の魔石が落下した。


「た、倒したのか……?」


「……だと思うっす。HPは確かにゼロになってたっす。黒い靄になってもモンスター表示が残ってたっすけど、今はそれもなくなったっす」


 半信半疑でつぶやいた俺に、弓月がそう答える。


 俺たちはしばらく少しの間、警戒を解かずにいたが、それもミッション達成の通知が出るまでのことだった。


───────────────────────


 ミッション『ヴァンパイアを1体討伐する』を達成した!

 パーティ全員が70000ポイントの経験値を獲得!


 ミッション『リッチを1体討伐する』(獲得経験値250000)が発生!


 小太刀風音が56レベルにレベルアップ!

 弓月火垂が57レベルにレベルアップ!


 現在の経験値

 六槍大地……3006404/3133157(次のレベルまで:126753)

 小太刀風音……2851236/3133157(次のレベルまで:281921)

 弓月火垂……3157951/3443048(次のレベルまで:285097)


───────────────────────


「どうやら、勝ったみたいだな。──うわっ、風音!?」


「大地く~ん! 怖かったよぉ~!」


 風音が俺に飛びつき、抱き着いてきた。

 倒れそうになり、慌てて支える。


 涙目の風音が、感極まった様子で俺に訴えてくる。


「あのね、私の体が何かに乗っ取られたみたいになって、そいつが大地くんに攻撃しようとしてて……でも、私が大地くんを殺そうとするなんて、ふざけるな、そんなのって思ったら、体を取り戻せた。怖かった、怖かったよ……!」


「……そうか。でも、よかった。ありがとう、風音」


「うん。よかった……本当に、よかったよぉ……!」


 風音は俺の胸で嗚咽し、涙を流していた。

 俺は風音を軽く抱いて、その頭を優しくなでる。


 風音が落ち着くまで、そうしていた。

 少しすると風音は、俺のもとから名残惜しそうに離れていく。


 俺は子供をあやすようにもう一度、風音の頭をなでつつ、思っていたことを口にする。


「でも風音が頑張ってくれたおかげで、予想外にあっさり倒せたな。『魅了』対策でこっちの火力も制限されていたし、もう少しかかるかと思っていたけど」


 ヴァンパイアの最大HPは、ファイアドラゴンと同じ1200だ。

 火力制限がかかった状態で秒殺できるとは、正直思っていなかった。


「さっきの風音さんのあれ、何だったんすかね? 明らかに【ファイアウェポン】が乗ってないダメージじゃなかったっすよ。普段の風音さんの倍ぐらい──右手の攻撃だけだったら、三倍ぐらいのダメージが出てたと思うっす」


 俺たちの前までやってきて、風音の様子を羨ましそうに見ていた弓月が、そう疑問を口にする。


 それから後輩はなぜか魔導士帽を外して胸に抱え、俺に何かを訴えかけるような目を向けてきた。

 上目づかいで見つめてくるその姿は、愛らしいチワワのよう。


 その魅力に負けた俺が、なんとなく弓月の頭もなでてやると、後輩は「うきゅっ」と声をあげて心地よさそうな表情を見せる。


 なお風音の右手というと、今装備しているのは、ヤマタノオロチの宝箱から出てきた「天叢雲剣あめのむらくものつるぎ」だ。

 しかし以前に効果を聞いたときには、そんな妙な特殊能力はなかったはずだが。


「あ、それね。分かったかも」


 普段の調子を取り戻した風音が、そう口にする。

 そして風音は自らのステータスを開き、修得済みのスキルリストを見せてきた。


「多分この【必殺攻撃】の効果じゃないかな。前に大地くんにも話したことあると思うけど、稀に『クリティカルヒット』が出て、大ダメージを与えられるっていうスキル。防御力無視の上に、ダメージが二倍になるみたい」


「あー。なるほど、それか」


 以前にヤマタイの国でステータスを見たとき、何やら物騒な名称のスキルがあるなと思ったが、その存在をすっかり忘れていた。

 スキルを修得した風音から、効果を聞いてはいたのだが。


「風音さんの怒りの一撃ってわけじゃなかったんすね」


「それでもいいかも。あのときはホント許せないと思ってたし」


「でも風音が『魅了』されていたらと思うと……怖っ」


 俺はその光景を想像して、ぶるりと震える。


 感情のない目をした風音の短剣が、こっちの防御を突破して急所を掻き切ってくる姿……怖すぎる。


「こ、怖くないよ大地くん! 私、怖くないから!」


「いや、その……はい、怖くないです」


「嘘! 大地くん絶対、私のこと怖いと思ってる!」


「風音が怖いというか、『魅了』を受けていたら怖かったなという話で……」


「じゃあ、私が大地くんと火垂ちゃんの仲に嫉妬して……『ヤンデレ』だっけ? ああいうのになっても怖くない?」


 え、何それ。

 脳内の恐怖映像が追加されたんだけど。


「待って、それは怖いすごく怖い」


「ほらぁーっ!」


「え、風音さん、ヤンデレになる予定あるんすか? うち風音さんに殺されるっすか?」


「ううん、それは大丈夫だよ。火垂ちゃんが節度を守ってくれているうちは」


「……うち今、今日イチ怖いっす。殺さないでほしいっす……」


 弓月はガタガタブルブルと震え、それを見た俺と風音が思わず吹き出す。

 グリフも「クアッ、クアーッ♪」と楽しそうな声をあげていた。


 でも、楽しんでばかりでもいられない。

 倒すべき相手は倒したが、確かめなければならない重要事項が一つ残っているのだ。


 その結果に関してはもう、祈ることしかできないのだが。


 俺たちはヴァンパイアの魔石を回収すると、来た道を戻り、階下へと下っていった。

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