第375話 根城

 古びてボロボロになった門をくぐり、古城の中へと入っていく。


 村人たちの話によると、この古城がどういう由来のものなのかも、いつからあるものなのかもよく分からないという。

 とにかく不気味で、周辺にはモンスターも頻出するため、今や村人たちは誰もこの城には近寄らないのだそうだ。


 城の入り口をくぐると、玄関ホールがあった。

 あちこち崩れ落ちており、天井には朽ち果てたシャンデリアの残骸がぶら下がっている。

 床や壁のあちこちには蔦が蔓延っており、いかにも廃墟といった様子だ。


 ホールには、二階に続く上りの階段と、地下へと向かうらしき下り階段がある。

 正面の壁には、扉が一つあった。


「うううっ……城の中も、不気味っすよぉ……」


 相変わらず俺に引っ付いた弓月が、震える声でつぶやく。

 こんな調子でも戦闘になるとちゃんと仕事をしてくれるので、まあいいかと思いつつ。


「この玄関ホールには特に何もいないみたいだな。進路は二階、地下、正面の扉の三択か。さてどこから当たるか」


「このぼろぼろのお城のどこかに、ヴァンパイアがいると考えていいんだよね? あと棺桶と、『しもべ』にされちゃったアイラさんもこのお城にいるのかな」


「どれも、おそらくだけどな」


 途中でヴァンパイアウルフの群れに襲われたこともあるし、この古城が完全な「ハズレ」であることはまずないだろう。

 ここがヴァンパイアの根城であると考えていいと思う。


 であればターゲットは、この城の中のどこかにいる可能性が高い。

 あと、その不死性の拠り所である棺桶もどこかにあるだろうし、『しもべ』にされた冒険者のアイラさんも潜んでいる可能性も高い。


 外観から察するに、この古城は三階建てと思われる。

 敷地面積もそれほど広くない。

 すべての階を総当たりで探索しても、さほど手間取らないはずだ。


「『しもべ』になってるアイラさんは、倒しちゃダメなんすよね……?」


「ああ。元に戻る可能性が少しでも見えている以上は、できる限り必要な手順を踏もう。ロアくんとも約束したしな」


 ──お姉さんのことは、俺たちが必ずなんとかする。だからキミはこの街で待っていてくれ。


 俺自身が口にしたその言葉が、責任感として重くのしかかってくる。


 無理な約束をした自覚はある。

 俺たちにできるのは、できる限りをやること。

 あとは祈るしかない。


「理想は、まず棺桶を見つけて破壊、次にヴァンパイアを見つけて倒す、だな。アイラさんにはノータッチが望ましいが」


「そううまくいくかだね。ヴァンパイアと棺桶の順番は逆でも良さそう。黒い靄が逃げていったら、私が全力で追いかけるよ。どうせ復活してくるのは翌日でしょ。今日中に棺桶を壊せればこっちの勝ちってことだよね」


「ああ、頼りにしてるよ風音。とにかく俺たちの任務は、『しもべ』になったアイラさんを倒さずに、敵のボスであるヴァンパイアを滅ぼすことだ。行こう」


 ひと通り、目的の確認を終えてから、俺たちは城内の探索を始めた。


 選択肢は二階への階段、地下への階段、ホールの奥の扉。

 どこから当たっても結局のところ当てずっぽうなので、あまり考えずに総当たりしていくことにした。


 まずは同じ階の、玄関ホールの奥にある扉から。

 扉はやや建て付けが悪かったものの、鍵などが掛かっていることもなく、素直に開いた。


 ギィィッと音を立てて開いた扉の先には、まっすぐに進む廊下があった。

 右手の壁と左手の壁にそれぞれ扉が二つずつあって、廊下は少し進むと行き止まり。


 俺たちは左右の扉の先をひとつずつ当たっていったが、どれも外れだった。

 台所や便所、食糧庫だったと思しき部屋などがあったが、どこも最近使われた様子はなく、モンスターの姿もなかった。

 部屋によっては悪臭が酷かったりもして、俺たちは早々に退散した。


 外観から確認した敷地面積から考えて、一階はこれで全部のはずだ。

 あとは上の階か、地下の二択になる。


 俺たちは次に、地下を当たってみることにした。

 薄暗い石造りの階段を、ランプの灯りで照らしながら下っていく。


 階段を一階分ほど下っていくと、扉に突き当たった。

 俺は慎重に扉に手をかけ、押し開ける。


「あっちゃー、こう来たかぁ」


 扉の先の光景を見て、そう口にしたのは風音だった。


 ランプの灯りに照らされた、薄暗い地下室。

 幅五メートル、奥行き十メートルほどの石造りの部屋で、飾り気のようなものはあまりない。

 床から天井までは二メートルほどしかなく、部屋の中には圧迫感がある。


 その部屋の最奥には、いかにも特別感のある棺桶が一つ、安置されていた。

 黒地の棺桶の蓋には、銀製に見える十字架や縁取りなどの装飾が施されている。


 地下室にあったのがそれだけなら、万々歳だった。

 おそらくあれは、話に聞いたヴァンパイアの棺桶だろう。

 あれを破壊すれば、ヴァンパイアはもはや復活できなくなるはずだ。


 問題は、その棺桶を守るようにして、一体の怪物──あるいは一人の元冒険者の姿があったことだ。


 白銀の狼耳と尻尾を生やした、二十歳ほどに見える狼牙族の女性。

 その口元には鋭い牙があり、目は赤く爛々としている。

 手にするのは巨大な戦斧。


「ウウウウウッ──ガァアアアアアアッ!」


 ヴァンパイアのしもべとなり果てた狼牙族の冒険者は、唸るような咆哮とともに、俺たちに向かって駆けてきた。

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