第376話 しもべと棺桶
「ウウウウウッ──ガァアアアアアアッ!」
ヴァンパイアのしもべとなり果てた狼牙族の冒険者が、唸るような咆哮とともに、俺たちに向かって駆けてきた。
十メートルなんて距離は、目と鼻の先だ。
考える時間は、数秒も与えられない。
どうする。
いったん扉を閉めれば、ひと息つけるか?
いや──
俺は部屋の中に踊り込んで、襲い掛かってくるヴァンパイアのしもべに真正面から立ち向かった。
「俺がこいつを抑える! 風音と弓月、グリフは棺桶を壊してくれ!」
ヴァンパイアのしもべが戦斧を振り上げ、叩きつけてくる。
俺はその攻撃を盾で受け止め、力いっぱい押し返した。
元・狼牙族の女冒険者は、俺の力に押されてよろめく。
「「了解!」」
「クアーッ!」
風音とグリフが俺たちの横を通り過ぎて、棺桶のほうへと向かっていく。
後方では弓月も、遠隔攻撃の準備をしているだろう。
ヴァンパイアのしもべの注意が、その左右を通り過ぎていく、風音とグリフのほうへと向く。
そいつはわずかに戸惑った様子を見せたあと、すぐさま振り向いて棺桶を守りに行こうとする動きを見せた。
「よそ見とは、ずいぶん余裕だな!」
俺は神槍を放り、盾のグリップからも手を離して、ヴァンパイアのしもべに掴みかかった。
まずは斧を引っ掴んで、力づくで奪い取り、放り捨てる。
それから、戸惑いの様子を見せるヴァンパイアのしもべを取り押さえ、これまた力づくで押し倒した。
「グァアアアアッ! ガァアアアアアッ!」
地べたに押し倒された元・狼牙族の女冒険者は、どうにか俺の手から逃れようと暴れ狂う。
だが筋力はこちらが上だ。
ヴァンパイアのしもべになってもパワーが上がるわけではない。
今の俺が25レベル冒険者相当の力を相手に、後れを取ることはない。
なお相手の体は女性なので、押し倒した姿勢には少し思うところもあるが、さすがにそんなことを気にしていられる場面ではない。
「よしよし、そのままおとなしくしてろよ──って、痛っ!」
「グァアアアアッ!」
両手を俺に押さえ込まれたヴァンパイアのしもべは、その鋭い牙で俺の首筋近くに噛みついてきた。
牙はガイアアーマーをわずかに貫通したようで、少しの痛みが走る。
「グゥゥッ、ガゥウウウウウッ!」
噛みつかれた部分からどくどくと、生気のようなものが吸われていく感覚。
だがこの程度のダメージなら、おそらく分単位で耐えられるだろう。
ヴァンパイアのしもべは、どうにかして俺に大ダメージを与え、俺の手から逃れたいようだった。
必死な様子でもがき、何度も噛みついてくるが、組み伏せた俺の力から逃れることはできない。
「先輩、終わったっす!」
弓月の声が聞こえてくる。
噛まれたまま前方を見れば、風音たちの足元にあった棺桶の残骸が、黒い靄となって消滅していったのが確認できた。
「よし、冒険者用のロープだ! こいつを拘束する!」
「了解!」
風音が【アイテムボックス】を呼び出し、冒険者拘束用のロープを取り出す。
そしてロープを手に、俺のほうへと駆け寄ってきた。
それからもちょっとした格闘はあった。
だが何しろこっちは、55レベル超えの
25レベル相当一人を相手に大きく手間取ることはなく、ロープを使っての拘束に成功した。
ほとんどぐるぐる巻きの姿になって芋虫のように暴れるヴァンパイアのしもべを前に、俺たちは安堵の息をついた。
「先輩、首のところ、大丈夫っすか? 先輩がヴァンパイアになったりしないっすよね?」
弓月が心配そうな様子で聞いてくる。
物理的なダメージのほかに、生気が吸われたような感覚はあったが。
俺はステータスを開いて、自分のHPの状態を確認する。
普段とは違い、HPの値が点滅していて「443/456」と記されていた。
「大事はないな。ヴァンパイアになったりはしないから、安心してくれ」
「それならいいっすけど……うきゅっ」
弓月の頭を帽子の上からなでてやると、後輩はかわいい鳴き声をあげる。
なお俺の現在の、本来の最大HPは468である。
ヴァンパイアやそのしもべは「吸血」という特殊能力を持っていて、その牙による噛みつき攻撃を受けると、通常のダメージに加えて最大HPがいくらか減らされてしまうのだ。
この最大HPの減少は、一時間ほど休めば元通りになるらしいが。
ちなみに「吸血」と言っても、実際に血を吸われるわけではないようだ。
どちらかというと、エナジードレインといった印象のほうが強い。
特殊能力のネーミング、これはちょっとした詐欺なのではないか。
「どうする、大地くん? 探索を再開するの、一時間ぐらい休んでからにしたほうがいいかな」
風音が聞いてくる。
俺は少し考えてから、答える。
「いや、このぐらいなら問題ないと思う。ここで時間をかけるほうが、いろいろ心配だ」
何しろ不確定要素が大きい。
棺桶が破壊されたことが、親玉のヴァンパイアに伝わっているのかどうかも分からない。
敵がどこにいて、どう動くかも分からないので、ここはなるべく時間をかけずに一気に攻めてしまいたいと思った。
俺はまず自分に治癒魔法をかけて、わずかなダメージを回復する。
最大HPは減ったままだが、それは仕方がない。
その後、芋虫状態で暴れるヴァンパイアのしもべが、自力で拘束を解けないことを再度しっかりと確認。
ひとまずそいつを地下室に置き去りにして、俺たちは一階へと戻っていく。
幸か不幸か、懸念事項のうち二つが一気に解消された。
あとはヴァンパイア本体を叩くだけだ。
そのヴァンパイア本体は、二階か三階に潜んでいる可能性が高い。
緊張感は、嫌が応にも高まっていた。
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