第374話 漆黒の狼

 霧の奥から姿を現したのは、オオカミに似た大型の獣だった。

 大きさはちょっとした馬ほどもあり、毛並みは漆黒、目は赤く爛々らんらんとしている。

 数は五体。


「『ヴァンパイアウルフ』っすね。データもモンスター図鑑にあった通りっす」


 弓月がフェンリルボウを構え、引き絞りながら【モンスター鑑定】の結果を伝えてくる。

 モンスターが出てきたら逆に、怯えが引っ込んだようだ。


 ちなみにヴァンパイアに関連するモンスターは、俺もあらかじめモンスター図鑑で確認済みだ。


「ヴァンパイアウルフ」もその一つで、データはひと通り頭に入っている。

 通常のAランク冒険者パーティであれば、五体もいれば相当ヤバいぐらいの相手だ。


 モンスターのほうも俺たちの姿を確認したらしく、こちらに向かって速度を上げながら駆けてきた。


 俺は神槍と盾を構え、迎撃の姿勢を取る。

 風音とグリフもそれぞれに身構えた。


「先手必勝──フェンリルアロー!」


 弓月の声とともに、光り輝く氷の矢が、曳光とともに高速で飛んでいく。


 矢は、駆け寄ってきていた漆黒オオカミの一体に直撃。

 その個体は命中部から氷柱の華を咲かせると、すぐさま黒い靄となって消滅し、魔石に変わった。


 残るは四体。怯んだ様子はない。

 うち二体はまっすぐに駆けてくる。

 残る二体はそれぞれ左右に散って、回り込むような動きを見せた。


「俺が中央の二体を受け持つ! グリフは左! 風音は」

「右だね、了解!」


 風音が右手前方に向かって、おそろしい速度で駆けていく。

 さらにグリフが左手側に向かったのを確認しつつ、俺はまっすぐに走った。


 数秒と待たず、俺は二体のヴァンパイアウルフと激突する。


「当たれよ──【三連衝】!」

『──グォオオオオオオッ!』


 まずはいつものスキル攻撃を発動。

 スキルの輝きを帯びた神槍による三連撃が、二体の漆黒オオカミのうち一体を捉え、穿つ。


 一瞬のうちに三度の刺突を受けたそいつは、断末魔の咆哮をあげて消滅、魔石へと変わった。


 その間にもう一体が、地面を蹴って跳躍、俺に向かって飛びついてくる。

 俺はその飛びつき攻撃を盾で防御、押し倒されないように踏ん張り、はじき返した。


 そのヴァンパイアウルフは地面に軽やかに着地したかと思うと、すぐさま巨体に似合わない俊敏さで左右ジグザクに跳躍し、俺を翻弄しようとしてきた。

 一体目の二の舞にならぬよう、あるいは再び盾で防御されないよう、俺の隙を誘おうとしたのかもしれない。


 だがそんな動きも、うちのシューターからは見え見えだったようだ。


「先輩、そこでステイっす! フェンリルアロー!」


 二度目の氷の矢が、俺のすぐ横を通過し、ジグザグ軌道を見せていたヴァンパイアウルフの着地タイミングに直撃した。

 そいつもまた氷華を咲かせて消滅、魔石へと変わる。


 さらに周囲を見れば、風音とグリフもそれぞれ一体のヴァンパイアウルフを片付け終えたようだった。

 五体いたモンスターは、すべて消滅していた。


 俺は足元に転がった魔石を拾いつつ、背後にいる後輩のほうへと向き直る。


「にしてもステイはなくないか、弓月」


「にへへっ、つい出ちまったっす。先輩オオカミさんは、ちゃんと躾けておかないと怖いっすからね」


「ほほう、俺をペット呼ばわりするか。どっちがご主人様か、立場を分からせるときが来たようだな」


「くっくっく……いいっすよ。うちがいかにペットに相応しいか、先輩にご主人様の立場ってものを分からせてやるっす」


「ん……? 今お前、自分がペットって言わなかったか?」


「全面降伏ってことっす。前から言ってるじゃないすか。先輩がご主人様で、うちはそのペットっすよ。先輩はうちに首輪をつけて、うちのことをたくさん躾けてかわいがるといいっす。ワンワンッ!」


 俺を躾けるとか言った後輩が、秒で前言を翻しやがった。

 どこまで本気なんだこいつ。


「ほんっと、ちょっと目を離すとすぐイチャイチャするね、二人とも。羨ましいから混ぜてっていつも言ってるのに」


 風音が呆れた様子でやってきた。

 さらにグリフも、クチバシに魔石をくわえて戻ってくる。


 風音も混ぜるということは、ご主人様と愉快なペットたち……?

 でも風音にそれをやるのは犯罪の匂いが……いや弓月でも普通にヤバいか……。

 本人らの言い草がおかしいと、感覚が狂ってくるな。


 とまあ、そんなわけで特に障害にもならない障害をクリアした俺たち。

 ダメージもグリフが一撃をもらっただけで、その負傷もすぐに治癒魔法で回復した。


 なおヴァンパイアウルフは、一体につき900ポイントの撃破経験値だった。

 すずめの涙と言うほど貧相でもない。

 このぐらいあると、ちりも積もればなんとやらの実感があるな。


「けどまあ、どうやらこっちがヴァンパイアの根城の方角ってことで間違いなさそうだな」


「だね。居場所を教えてくれて助かるよ」


「ううっ……それはいいとして、早くこの気味の悪い森から出たいっすよ。モンスターがいなくなったら、また怖くなってきたっす」


「お前の恐怖感は一体どうなっているんだ」


 俺たちは移動を再開する。

 不気味な雰囲気の森の中を、ガタガタ震える弓月をひきずりながら歩いていく。


 霧が濃くて方向が分からなくなりがちなので、時折グリフにまたがって上空に飛び、目的地の方角を確認しながら進んでいった。


 そうしてしばらく進んでいくと、やがて目的の場所にたどり着いた。


「こ、ここが、ヴァンパイアの根城っすか……? やっぱ雰囲気出しすぎじゃないっすか……?」


 相変わらず俺にへばりついた弓月が、震える声で言う。


 森が一部開けて広場のようになったその場所には、石造りの建物がそびえ立っていた。


 古びた石壁に囲われたその建物は、やや小規模ながら、確かに古城と呼びたくなる雰囲気を持っていた。

 石壁や建物の外観はあちこち崩れ、奇妙なツタ植物が無数に這いずっている。


 何匹かのコウモリがあたりを飛び回り、ネズミが物陰に隠れたりちょろちょろと駆け回ったりしている。

 それらにモンスターらしき気配はなく、危険はなさそうだ。


 かつて門扉だったと思しき朽ちた木材が、門前の地面に倒れ、半ば雑草に埋もれている。

 必然的に門は開け放たれており、建物の中に入るのに障害はない。


「よし、行くか。ここから先は真面目にやらないとな」


「クアーッ!」


「ずっと真面目でもよかったと思うけど」


「ま、まあ、ずっと張り詰めてても、クエストの成功率が上がるわけでもないっすから──ヒィイイイッ!」


「弓月も真面目にやれよー」


「う、うちは今は怖いだけで、真面目っす!」


 俺たちはそんな軽口を叩きながら、古城の門をくぐって建物内へと入っていった。

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