第373話 出立

 クエストを受託して、すぐに出立した俺たち。

 しばらく歩いて、まだ朝と呼べる時間のうちに、事件現場であるミドナ村へとたどり着いた。


 まずは村人たちから簡単に話を聞いて回る。

 その後、俺たちは村を出て、西の森林地帯へと踏み込んでいった。


 というのも、その方角にしばらく進んだところに、打ち捨てられて廃墟となった古城があると聞いたからだ。

 ヴァンパイアは過去の出現例で、そういった建物を好んで根城にしていたらしいとも聞いていた。


 夜まで待てば、村に再びヴァンパイアが現れる可能性も低くはないと思う。

 だが敵にイニシアティブを持たせておくのは面白くないし、今のうちにできることはやっておきたい。


 それにヴァンパイアが持つ特性を踏まえると、村にやってきたヴァンパイアを首尾よく倒せたとしても、根本的な解決にはならない可能性が高い。


 鬱蒼とした森の中をぷらぷらと歩きながら、弓月がふと口にする。


「それにしても、ヴァンパイアってのはホント厄介なモンスターっすね。HPを0にしても討伐にならないとか、チートかって話っすよ」


「まあチートだって言うなら、今の俺たちもそこそこチートな気はするけどな」


 俺は苦笑しつつ、そう答える。

 そこに風音が、横から口を挟んでくる。


「でも厄介だっていうのは、火垂ちゃんの言うとおりだよ。そいつ専用の棺桶を見つけて、壊さないといけないんでしょ?」


「だな。そうしないと、ヴァンパイア本体を倒したところで、何度でも復活するって話だし」


「めんどくせーっすよね。モンスターならモンスターらしく、HPが0になったらおとなしく魔石になっとけって話っすよ」


「クアーッ……」


「あ、グリちゃんの話じゃないっすよ。グリちゃんはうちらの大切な仲間っすからね♪」


「クアッ、クアーッ♪」


 グリフ(今は本来サイズに戻してある)が哀しそうな声で鳴くと、弓月が近付いていってモフッと抱き着き、その毛並みをなでる。

 わが従魔は、嬉しそうに幾度か鳴いた。


 ヴァンパイアにはやたらとたくさんの特殊能力があるのだが、そのうちの一つに「不死」という能力がある。


 なんとHPを0にしても、消滅して魔石になってくれないらしいのだ。

 HPが0になったヴァンパイアは、黒い靄になってどこかに飛んでいってしまうのだという。


 そして倒したはずのヴァンパイアは、次の日にはまた、完全な状態で人々の前に現れる。

 倒しても倒しても、この繰り返しなのだそうだ。


 ただでさえ、25レベルの熟練冒険者パーティを三つ以上はかき集めないと太刀打ちできない難敵なのに、ようやく倒したと思っても不死の能力によって何度でも蘇る。

 情報が不十分だった頃には、そんな悪夢のようなモンスターを前にして、冒険者たちの士気が崩壊して大惨事になったこともあるという。


 ただそれも、今では攻略法が確立されている。

 どこかにそのヴァンパイア専用の「棺桶」があるので、それを見つけ出して破壊しておけば、もはや復活することなく魔石へと変わるという話だ。


 その棺桶がどこにあるかは分からないが、過去の事例ではいずれも、そのヴァンパイアが根城としている場所かその近辺に安置されていたという。


 あとヴァンパイアを一度倒すと黒い靄になって飛んでいくのだが、それが向かう先に、くだんの棺桶があるのだという。

 靄が飛んでいく速度は相当なもので、並みの冒険者では完璧な追跡は困難だが、飛んでいった方向から棺桶の在り処にあたりをつけることはできるとのこと。


「風音の速さだったら、飛んでいく靄を完璧に追跡できたりしないもんかな」


「どうだろ。実際の相手の動きを見てみないと、なんとも言えないけど」


「今の風音さんだったら、高速道路を走ってる車だって追い抜けそうっすよね」


「それもやってみたことないから、分かんないなぁ。【クイックネス】を使うかどうかもあるし」


 そんな話をしながら森の中を進んでいくと、やがて周辺の木々が、奇妙に姿を変え始めた。


 ある樹木は腐り落ち、別の草花は枯れ果て、やがては毒々しい色の花を咲かせた不気味な植物の姿も見えてくる。


 さらにはうっすらと霧が立ち込めてきて、視界を遮りはじめた。

 すぐ近くが見えないほどではないが、遠くになると真っ白い霧で覆われて先が見通せない状態になった。


 怯えた弓月が、俺にしがみついてくる。


「な、7万ポイントのモンスターのくせに、雰囲気出しすぎじゃないっすかね……? 7万ポイントのモンスターのくせに、な、生意気っすよ」


「いや、7万ポイントは普通、結構な大物モンスターだからな?」


 エアリアルドラゴンやファイアドラゴン、アースドラゴンといった一般的なドラゴンが討伐経験値3万ポイントだ。

 それだってSランクのモンスターとして、一般の冒険者からは恐れられている。


 この間のロック鳥も5万ポイントだったが、これも相当に恐れられていたし。


「こ、コケ脅しだよ、こんなの。……ね、大地くん?」


「ふふふっ、どうかな……。二人は俺が、ヴァンパイアの『魅了』にやられて襲い掛かってきたらどうする? ──ほぉら弓月、こんな風に!」


「ぎゃぁああああああっ! せ、せせせ先輩……! い、今はそういうの、冗談になんねーっす! あっ……ダメっす、先輩……今、そんなの……」


 俺は怪物のようなポーズで弓月につかみかかり、後輩の首筋に噛みつくような仕草を見せる。

 弓月の抵抗は弱々しく、棒立ちになって俺の行為を受け入れようとして──


「……大地くん。ふざけすぎじゃないかな」


 風音の絶対零度の声が聞こえてきて、俺はびくりと背筋を震わせた。

 弓月を放しておそるおそる振り向くと、風音は笑顔だった。


「真面目にやろうね、大地くん?」

「……はい」

「あと火垂ちゃんに襲い掛かるなら、私のことも平等に襲ってね?」

「……はい。……はい?」


 風音はにこにこ笑顔だった。

 真意が分からなさ過ぎて怖い。


 小芝居を終えて、再び歩きはじめる俺たち。


 しかし実際、ヴァンパイアの「魅了」の能力は、ちょっと怖いんだよな。

 過去の記録では、「魅了」の効果を受けた冒険者が、ほかの冒険者と同士討ちを始めたのだとか。

 スキルなどは使わず、純粋に物理攻撃を仕掛けたり、つかみかかったりしてくるだけらしいが。


 これまでの経験上、この手のモンスターの特殊能力は、こちらの魔法防御力が高ければ無効化できる可能性が高いのだが。

 討伐経験値7万ポイントのモンスターの特殊能力が、そこまで強制力が強いとは思いたくないが、これもやってみないと分からない部分はある。


 万が一のときは、それなりの対処をするしかないだろう。

 同時に魅了状態に置いておけるのは一人だけらしいから、万が一誰かが魅了状態に陥っても、なんとかなるとは思うが。


 と、そんなことを考えながら、不気味な森の中を進んでいると──


「……あ。大地くん、お出迎えが来たみたいだよ」


 風音がそう口にした、少し後。


 俺たちの前方、視界を遮る霧の奥から、大型の獣のようなモンスターが複数体、ゆっくりと姿を現した。

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