第367話 狼牙族の女冒険者

 狼牙族の女冒険者、アイラ。

 人間でいうところの二十歳ほどに見える獣人女性で、愛らしくも強気さが伝わるルックスと、白銀色のふさふさの尻尾や狼耳がチャームポイントだ。


 アイラはソロ活動を主とする冒険者で、レベルは25。

 普段はCランクやDランクのクエストをソロでこなし、日銭を稼いでいる。


 そんなアイラがふらりと冒険者ギルドに立ち寄ると、クエスト依頼受付の窓口で何やら揉めているらしき状況を目撃した。

 村人と思しき男が、新人の受付嬢に食ってかかっていたのだ。


「皆様そうおっしゃられるのですが、今すぐにと言われましても、こちらとしてもなかなか対応のしようがなく……」


「だども、今夜にもまた村の誰かがゾンビにされちまうかもしれねぇだぞ! なんとかできねぇだか!」


「そうおっしゃられましても、今日はもう多くの冒険者は出払ったあとですし……」


「どうしたの? ゾンビって言ってたけど、クエスト依頼?」


 そこにアイラが歩み寄り、話に割って入った。


 アイラは当の新人の受付嬢といくらかの面識があり、彼女のことを好ましく思っていた。

 ギルド職員として未熟な彼女が詰め寄られているのを、黙って見ていられなかったのだ。


「あ、アイラさん。その……こちらミドナ村の方なんですが、村にゾンビが出たとのことで。すぐに冒険者を派遣してほしいという話なんですが、適正ランクの冒険者パーティはみんな、今日はもうクエストに出た後で……」


「ふぅん。クエストランクはいくつになりそう?」


「ゾンビ討伐なのでEランクになると思います。村が出せる報酬額も相応ですし。ただ、少し気になることがありまして……」


「『今夜にもまた村の誰かがゾンビにされちまう』とか言ってたね。気になることってそこ?」


「はい。この方によると、『ゾンビに噛みつかれた村人がゾンビになった』とのことで……」


「はあ? ゾンビに噛みつかれた人がゾンビに? ないない。何かの勘違いでしょ」


 アイラはけらけらと笑う。

 ゾンビを生み出す力を持った闇魔術師にでも目を付けられたのかと思えば、とんだ与太話が飛び出してきたからだ。


 ゾンビは数あるモンスターの中でも最弱クラスであり、比較的初級の冒険者パーティでも問題なく対応できるとされている相手だ。

 その討伐クエストの難易度は通常、ゴブリン討伐などと同格のEランクに相当する。


 もちろんゾンビに噛みつかれたら、一般人なら大怪我をするし、死ぬこともある。

 冒険者でもレベルが低いうちは、それなりのダメージを受けるだろう。


 だがゾンビに噛みつかれた人がゾンビになるなどという怪奇現象は、少なくともアイラは聞いたことがなかった。


「お、おら嘘は言ってねぇだ! ゾンビに噛みつかれたトマスのやつが、ゾンビになっちまっただよ! おらこの目で見ただ! 村のモンだって見てる!」


「そんなこと言われてもね。……いや、待てよ。そういう特殊能力を持った変異種のゾンビ、とかかな」


 アイラが新人の受付嬢に視線を送ると、向けられた少女もこくりとうなずく。


「分かりませんけど、いくらかのイレギュラーの可能性は想定に入れる必要があるかもしれません。ただ、いずれにせよ報酬額はEランクぶんしか用意できないとのことで……」


「これでも村のモンから掻き集めてきただよ! うちは裕福でもねぇ小っせぇ村だから、これ以上は無理だぁよ!」


「え、ええ。事情はよく分かっているんですが……」


 困り顔の営業スマイルで、依頼者の村人をなだめる受付嬢。


 それを見たアイラは、口元に手を当てて少し考える。

 しばしの後、彼女はこう言った。


「ん、いいよ。それじゃあたしが引き受けるよ、その依頼クエスト


「ホントですか!? それは助かりますけど、いいんですか? アイラさんに受けてもらうには、報酬額が少なめになってしまいますけど」


「ま、たまには少し軽めの仕事をするのもいいさ」


「た、助かるだ。よろしく頼むだよ!」


「あいよ。家に戻って準備してくるから、ちょっとだけ待っててよ」


 アイラはそう言って、冒険者ギルドを出ていった。



 ***



 冒険者ギルドから徒歩五分の場所にある自宅に戻ったアイラは、クエストのための簡単な準備を始めた。


 居間で【アイテムボックス】の中の道具を確認していると、エプロン姿の少年がお玉を片手にやってくる。


 アイラと同じ白銀色の尻尾と狼耳を生やした見た目十歳ほどの少年は、呆れたようなジト目を年長の女冒険者に向けた。


「姉ちゃんさあ、しばらくうちにいられるって言ってたのに、また仕事なの?」


「ごーめんごめん。ちょっと急用が入っちゃってさ。多分明日の朝までには帰ってこれるから」


 拝むように片手を立てて片目をつむるアイラ。

 実の姉を前に、少年は大きくため息をつく。


「本当? 明日の朝までに帰ってくるの?」


「多分ねー。現地のミドナ村までは片道三時間ぐらいだからさ。ちょちょっと片付けて、すぐに帰ってくるつもり」


「分かった。じゃあ明日の、姉ちゃんの分の朝食は用意しとく?」


「んー……でも、どうなるか分からないからな。何か予定が狂って間に合わなかったときに悪いから、それはいいや。ありがとね、ロア」


 アイラは少年の頭をわしわしとなでる。

 少年は頬を赤らめながら、おとなしくなでられていた。


 アイラが出立の準備を終えて立ち上がると、少年が声をかける。


「あ、あのさ、姉ちゃん。明後日が何の日か、覚えてる……?」


 そう問われたアイラは、きょとんとした顔を見せる。

 それから少年の前に戻って、かわいい弟をぎゅっと抱きしめた。


「バカ。あんたの誕生日を忘れるわけないだろ」


「そ、そっか。覚えててくれたんだ」


「当たり前だろ。どんなに遅くても、明後日までには絶対に帰ってくるから。そりゃもう仕事ほっぽり出してでもさ」


「ならいいけど……って、それはそれでダメなんじゃない?」


「あははっ。そうかもね」


 二人は顔を見合わせ、くすっと笑い合う。


 その後アイラは、家の前で手を振る弟に見送られて、ゾンビ討伐の仕事へと出立した。

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